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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第2章:駆け出し編

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第28話:豊後の逆襲、下関「地獄の門下生」合宿

 2028年7月15日。下関競艇場を襲った「瓜生俊樹、SG制覇」の衝撃波は、山口支部のみならず、日本全国のからくり競艇界を揺るがし続けていた。マブイ0という、本来ならばレーサーとして致命的な欠陥を持つ者が頂点に立ったという事実は、既存の概念を根底から覆したのである。

 特に、その事実に最も激しく打ちのめされていたのは、大分支部を本拠地とする大峰グループの若手たちであった。

 「……納得いかん。マブイ0に、誠さんに、あかりちゃんにまで先を越されて……俺たちは今まで何をしよったんか!」

 声を荒らげるのは、大峰の秘蔵っ子・宮地明(24歳)。コア18,000、外付け20,000という、からくりレーサーとしても超一流の恵まれたマブイを持ちながら、山口の「持たざる者」たちに完全に主役を奪われた現実が、彼のプライドを切り裂いていた。

 「宮地さん、落ち着いてください。でも……確かに、あの瓜生さんの『音のない旋回』は異常でした。スタートで僕たちが圧倒していても、道中で気配を消されたら(ステルス)、もう防ぎようがありません……」

 スタート巧者の安貞雄一も、あの時の恐怖を思い出し、機体を点検する指先を震わせていた。そんな意気消沈する弟子二人を、師匠・大峰幸太郎は不敵な笑みを浮かべ、一枚の乗船券を差し出しながら見つめた。

 「およよ、悔しいなら直接乗り込んでくるのが一番ばい。下関へ行って、速水と瓜生に『稽古ばつけてくれ』って頭下げてきなさい。恥をかいた分だけ、マブイは強くなるもんよ」

 数日後、下関競艇場のピットには、佐賀弁の咆哮が響き渡った。

 「速水誠さん! 瓜生俊樹さん! 今日からここで合宿させてもらいます! 俺たちのマブイが通用するまで、一歩も引きませんから!」

 宮地と安貞の突然の来訪に、誠は目を白黒させる。

 「え、えぇ!? 九州のトップランカーの二人が、うちに修行に……?」

 困惑する誠をよそに、一番弟子の野田あかりがタピオカミルクティーを片手に、ギャル全開で煽りを入れる。

 「うっわ、大峰グループの負けず嫌い組じゃん! あたしに負けた安貞クンもいるし〜、マジ修行とかエモいんだけど! 歓迎会はパフェ一択っしょ!」

 「野田……っ! 今日こそスリットで置き去りにしてやる! 汚名返上だ!」

 安貞のマブイが怒りで逆流し、周囲の気温が数度上昇する。だが、それこそが誠たちが身につけつつある精密制御の格好の餌食であった。

 瓜生は、宮地と安貞を水面に連れ出すと、静かに言った。

 「……お前たちのマブイは、出力は高いが雑音が多すぎる。強すぎる光は、逆に『真実のライン』を隠すノイズになるんだ。一度、マブイを完全に遮断オフにして走ってみろ」

 「そんなの、機体が止まっちまう!」と反発する宮地に対し、瓜生はシロを膝に乗せて練習走行を始めた誠の走りを指差した。誠は1,000のマブイを機体のキャブレター一点に絞り、余計な波動を一切出さずに、まるで氷の上を滑るように走っている。

 「……マブイを『出す』んじゃない。水面の声を『聴く』んだ。水がどこを走れと言っているか、機体がどこを曲がりたいと言っているか。それに応えるだけでいい」

 誠の言葉に、二人は言葉を失った。自分たちが今まで誇っていた膨大なマブイが、実は恐怖や功名心の塊であり、それが逆にマシンのポテンシャルを殺していたことに気づかされたのだ。

 2028年7月20日。山口・大分の若手たちが泥まみれで競り合っていると、ピットの入り口から周囲の空気を一瞬で凍りつかせるような、凄まじい密度のマブイが流れ込んできた。

 そこに立っていたのは、長期のG1遠征から帰還した、誠の師匠――黒田瑛人(49歳)。その重厚な声一つで、騒いでいた宮地も安貞も直立不動になった。鋭い眼光、一切の無駄を省いた立ち居振る舞い。山口支部の精神的支柱であり、現在、全レーサーの中で最高位「SSスペシャル・スター」に最も近いと言われる伝説の男だ。

 「黒田師匠! お帰りなさい!」

 駆け寄る誠に対し、黒田は誠の39号機を一瞥しただけで、その内部状態を完全に見抜いた。

 「マブイ1,000の使い方は坂田に教わったようやな。……だが、甘い。お前の旋回にはまだ『迷い』がある。一点に絞ったはずのマブイが、着水の瞬間に恐怖で逃げとる」

 黒田は自らの愛機、漆黒の機体にクジラの紋章が描かれた「白鯨」の整備を始めると、若手全員に水面に出るよう促した。「瓜生も、大分の若造どもも来い。俺が『本当の旋回』を見せてやる」

 黒田の機体がスリットを抜けた瞬間、周囲のマブイの粒子が真っ白に弾け飛んだ。彼のマブイは膨大だが、その全てが機体の部品一つ一つ、ボルト一本一本と完全同調している。第1マーク。黒田の「白鯨」は、荒波を切り裂くクジラのように、最短距離を、最高速のまま、寸分の狂いもなく旋回した。

 「……速すぎる。あんなスピードで、なんで外に吹っ飛躍(飛ば)ないんだ……!」

 誠の「飛び」や瓜生の「消失」をも凌駕する、物理限界ギリギリの「絶対速度」。ピットに戻った黒田は、息一つ切らさずに誠に告げた。

 「誠。1,000のマブイしかないのなら、その1,000を『一瞬』ではなく『旋回中ずっと』維持しろ。シロの浄化に甘えるな。お前自身の魂で、機体と、水と、俺をねじ伏せてみろ」

 2028年7月22日。黒田瑛人の帰還を聞きつけ、大分支部のボス・大峰幸太郎がプライベートヘリで下関に強行着陸した。

 「およよ、瑛人さんがおるなら、俺も黙っとられんばい。山口対大分、どっちの若手が伸びるか勝負しようや!」

 こうして、公式戦ではないが世界中の競艇関係者が注目する「非公式・関門決戦」の幕が開いた。

 黒田は並走練習の中で、誠に徹底的に「血管の感覚」を叩き込む。

 「誠、ええか。マブイを『使う』と思うな。マブイは『血管』や。機体の隅々まで魂の血を通わせろ。そうすれば、3.5のチルトは空を飛ぶ翼やなく、水面を掴む指先になる」

 一方、瓜生は自身の師匠である平野一貴から、「消失」の次の段階を伝授されていた。「俊樹、お前の『消える』技術は、瑛人さんのようなSS級には通用せん。マブイを消すのではなく、相手のマブイの『流れ』に同化し、一部になれ」

 ピットでは、誠のシロ、堀尾の源助、坂田の小鉄に加え、黒田が連れてきた寡黙なドーベルマンが並んでいた。その4匹が同時に、何かに呼応するように吠えた瞬間。誠の39号機から漏れていた微かなマブイの霧が、まるで磁石に吸い寄せられるように機体内部へと収束した。

 「……見えた。これが、師匠の言っていた『血管』の感覚だ……! エンジンが、俺の身体の一部になったみたいだ!」

下関・合同合宿「最終模擬レース」出走表(進入固定戦)

| 枠 | レーサー名 | 支部 | 戦法・マブイ特性 |

| 1 | 黒田 瑛人 | 山口 | 「白鯨旋回」。SS候補の絶対速度。一切の隙がない王道。 |

| 2 | 大峰 幸太郎 | 大分 | 「鳳凰の舞」。変幻自在の旋回。瑛人の終生のライバル。 |

| 3 | 瓜生 俊樹 | 山口 | 同化する「無」。消えるのではなく、水面そのものになる。 |

| 4 | 速水 誠 | 山口 | 「新スカイ・ハイ」。血管が通ったチルト3.5。飛翔と切断の融合。 |

| 5 | 宮地 明 | 大分 | 執念の突進。合宿で磨いた「一点集中」の捲り差し。 |

| 6 | 野田 あかり | 山口 | 「ギャル・スピン」。高回転マブイで大外から嵐を呼ぶ。 |

 「大時計、始動!」

 12秒計の針が動き出す。誠の隣で、シロが静かに、しかし力強く「ワン!」と吠えた。それは、山口の若武者が真のプロフェッショナルへと覚醒する合図であった。


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