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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第2章:駆け出し編

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第25話:浪速の説法と、1000のマブイの使い道

 2028年7月10日。下関の夜。

 SG『マブイ開花賞』は、ついにクライマックスへと向かう準優勝戦の前夜を迎えた。西日本の猛暑が残る整備室。人影のまばらになった空間には、金属が擦れる硬質な音と、キャブレターを洗浄する揮発油の刺激的な匂いが漂っている。速水誠は、たった一人で39号機の心臓部を分解し、その奥底にあるマブイ導入部と向き合っていた。

 彼の脳裏には、数日前に坂田結衣に最短距離を差し切られた瞬間の光景が、逃れられぬ呪縛のようにリプレイされていた。跳ね上がったチルト3.5。水面から離れたことで得た圧倒的なスピードと、他者を見下ろすような全能感。だが、その足元――揚力によってガラ空きになった「懐」を、51歳のベテランは嘲笑うかのような精度で通過していったのである。

 指先が、わずかに震える。

 「……今のままじゃ、ダメだ。飛ぶだけじゃ、一生届かない場所がある」

 その時、静寂を切り裂くように、迷いのない重い足音が整備室に響いた。

 「なんや、えらい幽霊みたいな顔してんな、誠くん」

 顔を上げると、首に使い古したタオルをかけ、不敵な笑みを浮かべた坂田結衣が立っていた。伝説の女傑が放つオーラは、整備室の空気を一瞬にして「大阪の勝負場」特有の殺気と熱量に塗り替えていく。

 「坂田さん……。先日のレース、完敗でした。僕のチルト3.5、坂田さんには完全に見透かされていたんですね」

 誠は作業の手を止め、正直な胸の内を吐露した。S級に上がり、名だたる格上をなぎ倒してきた自信が、坂田のたった一刺しの「基本」によって無惨に崩れ去っていた。

 「曲芸としては100点や。でもな、競艇は空を飛ぶ距離を競うもんちゃう。1マークを最短で回った奴が一番偉いんや。あんた、自分のマブイが少ないことを理由に、『外に逃げる』癖がついてへんか?」

 坂田は誠の手から無造作にスパナを奪い取ると、39号機のエンジン、そのマブイ導入部を金属音を立てて叩いた。

 「あんたのコアマブイは1,000。明奈や私ら名門の連中と比べたら、正直カスみたいなもんや。でもな、1,000しかないからこそ、『一点』に凝縮した時の貫通力は、散漫な数万のマブイよりよっぽど高いはずや。あんたは今、その貴重な1,000を機体を浮かせるための『揚力』に広げすぎてるんや。だから、肝心の水面を掴むグリップ力がスカスカになる。懐がガラ空きになるんや」

 坂田は誠の目をじっと見据えた。その瞳には、幾多の修羅場を越えてきた者だけが持つ、冷徹さと慈愛が同居していた。

 「いいか、誠くん。明日の準優、一回だけでええから、飛ぶのを我慢してみ。その1,000のマブイを、機体を浮かすために使うんやなくて、旋回する時の右舷……水面と激突する『エッジ』の一点だけに注ぎ込むんや。そうすれば、あんたの3.5は単なる『飛び道具』やなくて、あらゆる相手を切り裂く最強の『刃』になる」

 「エッジに……一点に、凝縮……」

 誠の脳内で、新しい旋回軌道が火花を散らした。これまではマブイの少なさを揚力という「回避」で補っていた。だが坂田の教えは、その少なさを極小の焦点に変え、正面から水面を切り裂けという、あまりにも過酷で魅力的な提案であった。

 その時、誠の足元で丸くなって眠っていたシロがパチリと目を覚まし、坂田の足元にトコトコと歩み寄った。

 「おっ、この子が噂の……ええマブイしとるな。不純物がない、真っ白な魂や」

 坂田はシロの頭を豪快に撫で回した。シロも嫌がるどころか、坂田の持つ淀みのないマブイを気に入ったのか、嬉しそうに尾を振って応えている。

 「あんたが一点に集中する時、この子が周囲のノイズを消してくれる。最高の相棒やないか。自信持ち。あんたは『持たざる者』やない、余計なもんを『削ぎ落とした者』なんやから」

 「……一点に、凝縮。ありがとうございます、坂田さん。進むべき道が見えました」

 誠の瞳に、再び光が戻った。迷いは消え、純粋な闘志が1,000のマブイをじりじりと熱くしていく。

 「礼はいらんわ。その代わり、明日の準優でヘボいレースしたら承知せえへんで。明奈と一緒に、あんたをボコボコに沈めたるからな! 大阪支部の底力、思い知らせてやるわ!」

 坂田は豪快に笑いながら、暗いピットの奥へと去っていった。その後ろ姿を見送りながら、誠はシロを抱き上げ、静かに告げた。

 「シロ、明日……俺は飛ばない。水面を切り裂く刃になるんだ」

 2028年7月11日、SG『マブイ開花賞』第12レース。

 波乱含みの予選を勝ち抜き、優勝戦への切符――上位2枠を争うのは、まさに因縁の6人となった。

| 艇番 | 選手名 | 支部 | 特徴・マブイタイプ |

| 1 | 鎌倉 明奈 | 大阪 | 70,000マブイによる「絶対静止」。1コース死守を誓う女王の誇り。氷属性で一番強力な氷華(ひょうか)属性を持つ

) |

| 2 | 瓜生 俊樹 | 山口 | マブイ0の「ステルス」。誠の隣で静かに「無」の差しを狙う相棒。 無属性。|

| 3 | 速水 誠 | 山口 | 坂田の教えによる「一点凝縮」。空を捨て、水面を切り裂く刃。金属性 |

| 4 | 坂田 結衣 | 大阪 | 「極限の平滑化」。弟子の前で再び「深淵の差し」を狙う浪速の女傑。龍属性 |

| 5 | 守屋 あおい | 岡山 | 執念の「備前ペラ」。誠への想いを乗せた重厚な捲り差し。氷属性 |

| 6 | 神田 真琴 | 長崎 | 3,500の外付けマブイと軽量装甲。大外から「南国の嵐」を呼ぶ。晴嵐(せいらん)属性 |

 「大時計、始動まで……18時間」

 ピットに響く無機質なアナウンスが、最終決戦のプロローグを告げる。山口の持たざるコンビ、大阪の女王と師匠の師弟、そして誠を巡る執念の女子レーサーたち。

 下関の水面が、かつてないマブイの激突によって沸騰しようとしていた。

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