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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第2章:駆け出し編

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第23話:S級への門、群馬の貴公子と「無」の極致、それぞれの昇級試験

 2028年6月20日。梅雨の晴れ間、山口県・ボートレース下関は、いつになく張り詰めた緊張感に包まれていた。

 G3での劇的な勝利、そして広島の帝王・堀尾大輔を破った功績が認められ、速水誠と瓜生俊樹に、競艇界の最高エリート集団である「S級」への特別昇級審査の機会が巡ってきたのである。通常の昇級ルートをいくつも飛び越えるこの特例レースは、合格すれば即座にSGスペシャルグレードへの常連枠、すなわちトップレーサーの仲間入りを意味していた。

 しかし、その「門番」として用意された相手は、あまりにも巨大であった。

 「久しぶりだね、速水くん。君の『ジャンプ』、動画で何度も見たよ。山口の新しい風……といったところかな」

 ピットに現れたのは、群馬支部の至宝、山崎征也。かつて誠が負傷欠場した際、空席となったトップ争いを制し、白銀の頂点に立った男だ。彼は10,000という決して多すぎないマブイを、極限まで磨き上げられた指向性エネルギーとして機体の周囲にオーラのように纏わせている。

 「でも、S級のスピード感は動画ほど甘くないよ? 君の翼が、本物の光に追いつけるか試させてもらおう」

 山崎が優雅に微笑むと、周囲の空気が一瞬で凍りついた。対する瓜生は、相変わらずマブイ0のまま、黙々と機体のボルト一本一本を確認している。

 「……スピードなら、山崎さんより誠の方がある。俺は、そのスピードが死なないための道を作るだけだ」

 審査レース、号砲と共に6艇が飛び出した。第1マーク、山崎征也がその真価を発揮する。一切の減速を感じさせないまま、水面を鋭利なナイフで切り裂くような「白銀旋回」。

 「速い……! ターンマークに吸い込まれるみたいだ!」

 ピットで見守る弟子の野田あかりが悲鳴を上げる。山崎の機体は、まるで磁石に引き寄せられるように最短コースを旋回し、一気に先頭を奪った。

 誠はチルト3.5の揚力を使い、外から捲り差しを狙う。しかし、山崎のマブイが作り出した「白銀のバリア」が水面に強力な反発力を生み出し、誠の機体の底面を激しく叩いた。揚力が仇となり、誠の機体は外へと弾かれそうになる。その時であった。山崎の背後に、気配もなく張り付く一筋の影があった。瓜生俊樹だ。

 山崎の華麗な旋回は、周囲のマブイを激しく撹拌し、後続艇を寄せ付けない嵐を作る。しかし、マブイを持たない瓜生には、その嵐も撹拌もただの「水の流れ」に過ぎない。むしろ、マブイの乱れが、進むべき抵抗ゼロの道を瓜生に示していた。

 「……そこだ」

 山崎が第2マークに入り、次の加速に移ろうとしたコンマ数秒の隙。瓜生が「無」の機体で山崎のバリアをすり抜け、その懐に音もなく滑り込んだ。存在を感知できなかった山崎の回避行動が、わずかに遅れる。瓜生がその身体を張ってこじ開けた、わずかな空白。

 「今だ、俊樹! ――山口・一閃!!」

 誠の39号機が、瓜生が開いた道へと弾丸のように飛び込み、山崎の白銀を内側から食い破った。

 結果は1着瓜生、2着誠。二人は揃ってS級への切符を掴んだ。

 「……負けたよ。君たちのコンビネーション、もはや芸術だね」

 山崎征也は清々しく誠たちに右手を差し出した。「S級で待ってるよ。次は、個人戦で決着をつけよう」

 2028年7月。山口支部は未曾有の歓喜に沸いていた。瓜生俊樹が異例のマブイ0でのS級昇格、そして速水誠がチルト3.5の特異性を評価され、同じくトップクラスへ。しかし、その祝杯を挙げる間もなく、新たな試練が訪れる。

 「師匠がS級なのに、あたしがB級のままなんてマジありえないっしょ!」

 誠の弟子、野田あかりのA級昇級試験である。対戦相手は、大分支部の秀才・安貞雄一(やすさだ)

 あかりは誠から学んだ「マブイの引き算」を応用。自身の15,000のコアと、28,000の外付け、計43,000という膨大なエネルギーを機体の周囲で超高速回転させる新セッティングを導入した。

 「見てて師匠! これが、あたし流の『エモい』旋回……ギャル・スピン・ドライブ!!」

 安貞の神速スタートに対し、あかりは回転するマブイを盾として展開。相手の引き波を自分のマブイの回転で相殺し、独楽のように鋭く回って安貞の懐を抉った。

 「あ、あかりのやつ……なんて無茶な……!」

 誠が冷や汗を流す中、あかりは見事に1着をもぎ取り、B1からA2への異例の飛び級昇進を決めたのである。

 だが、あかりの歓喜も束の間。ピットの空気は、北極の氷壁が崩れるような冷気に包まれた。SG『マブイ開花賞』。全国のトップレーサーが集うその舞台で、誠と瓜生の前に立ちふさがったのは、あの因縁の相手であった。

 「あら、山口の跳ねっ返りくん。S級になったんですって?」

 大阪の女王、鎌倉明奈。かつて誠を病院送りにしたその圧倒的なマブイは、今や計70,000に達していた。彼女が39号機の前に立っただけで、周囲の水面が鏡のように静まり返る。

 「……明奈さん。あの時とは違うこと、ここで証明します」

 誠の瞳に、シロの光が反射する。「大時計、始動!」

 第1マーク、鎌倉明奈が吸い込まれるような完璧な最短小回りを見せる。誰もが明奈の逃げ切りを確信した。しかし、その明奈の頭上。空中に巨大な影が落ちた。

 「スカイ・ハイ……ダイレクト!!」

 誠は、明奈が作る完璧すぎる「マブイの鏡面」による反発を、あえて機体底面で「蹴り」として利用したのである。シロの浄化によって反発係数を最大化した誠は、水面を走るのではなく、明奈のマブイを足場にしてさらなる高度を獲得。女王の頭上を飛び越え、最短の着水コースへ突き刺さった。

 「……飛んだ!? 私の水面を、足場にしたの……!?」

 鎌倉明奈の瞳に、驚愕と、そして屈辱を塗り替えるほどの興奮が浮かんだ。

 レース結果:1着 速水誠。

 誠が、ついに女王・鎌倉明奈から歴史的な1勝を挙げた。この勝利は、もはや山口だけのニュースではない。日本中が、「持たざる者」の反撃が本物であることを知った瞬間であった。

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