第177話:1000分の1秒の栄光 ― 2マークの攻防、そして決着 ―
2030年8月27日、長崎県。大村競艇場は、かつてない熱量に浮かされていた。
予選第8レース、最終周回。第2マーク。
カクテル光線が反射する水面は、もはや単なる海水ではなく、レーサーたちの意志が溶け出した「魂の戦場」と化していた。
先頭を駆けるのは、東京支部のベテラン、石田健太郎。彼の操る機体は、一切の音と飛沫を置き去りにし、闇に溶ける影のように第2マークへと吸い込まれていく。
その真後ろ、コンマ数秒の遅れで追随するのは、三冠王者・速水誠。瓜生俊樹が身を挺して濱田一翔の「Vモンキー」を粉砕し、命がけでこじ開けた「黄金の航路」を、誠は今、一筋の光となって突き進んでいた。
「石田のナイトサイレンサーか、誠の黄金マブイか! 四冠を占う運命の旋回、今、飛び込んだぁぁ!!」
実況の声が枯れんばかりに響く。世界中が見守る中、二隻のボートは同時にターンマークへと吸い込まれた。
石田健太郎の走りは、まさに「静寂の極み」であった。
「石田のナイトサイレンサー、出口の足が速い! 大村特有の高密度な浮力をあえて反発させ、水面を滑るように加速する『滑走旋回』だ!!」
石田は愛犬ミヤビと完全に同期し、マブイを機体の周囲に薄い膜として展開。それにより水面との摩擦を極限まで減らし、慣性だけで驚異的な立ち上がりを見せる。
対する誠は、正反対の戦術を選んだ。
「シロ、前だ! 重心を全部、一番前に持っていくぞ!!」
(フゴォォォォォン!!)
シロがコクピットの前縁ギリギリまで移動し、フロント荷重を最大化。
ここで、野田あかりが不眠不休で換装した「蔵野家伝来・金属性パーツ」がその真価を発揮する。通常のカーボンボートなら浮き上がってしまう大村の強烈なうねりに対し、金属性の底板が「重い楔」となって水面を深く、鋭く噛んだ。
「逃がさない……! 石田さんの『静寂』を、俺たちの『執念』でブチ抜く!!」
誠は自らの黄金マブイを、拡散させるのではなく、金属性のプロペラシャフト一点に凝縮した。
石田が「滑走」するなら、誠は「切断」する。
大村の海水を黄金の刃で切り裂き、物理法則を捻じ伏せるような驚異的な「沈み込み」を見せた39号機は、出口で石田の懐へと無理やり舳先をねじ込んだ。
直線に向いた瞬間、二艇は完全に並走。
石田のパグ・ミヤビが放つ、周囲の音を吸い込む「静かなる波動」。
誠のペキニーズ・シロが放つ、天を衝くような「黄金のマブイ」。
相反する二つの力が、バックストレッチで激しく火花を散らし、水面を黄金と銀色の閃光で染め上げた。
「残り100メートル! 並んでいる、完全に並んでいる!!」
石田の機体は、静かに、しかし確実にゴールラインへと伸びる。誠の機体は、黄金の咆哮を上げながら、一歩も引かずに食らいつく。
「50、30……並んだままゴールイン!! どちらだ!? どちらが勝ったぁぁ!!」
1000分の1秒を争う攻防。肉眼では、どちらの舳先が先にラインを越えたか判別不能。
その瞬間、大村競艇場の巨大な電光掲示板に、赤く力強い文字が踊った。
【 写真判定 】
その文字を見た観客たちは、一瞬、呼吸を忘れたかのような静寂に包まれた。
誠は荒い息を吐きながら、ゆっくりと艇を減速させる。隣を並走する石田健太郎が、ヘルメット越しに視線を合わせてきた。
「……速水くん、いい走りだったよ。正直、君の黄金にここまで『重み』が加わるとは思わなかった」
石田が少しだけ口角を上げ、寂しげに笑う。
「パスタと瓜生くんの決死のダンプがなければ、僕の勝ちだった。……仲間に恵まれたね」
やがて、審判室からスリット写真が確定し、掲示板に勝者の番号が点灯した。
「 1 」
「ハナ差! わずか数センチ、いや数ミリの差か! 速水誠、石田健太郎を振り切りました!! 予選第8レース、勝者は速水誠!!」
ドォォォォォォォォン!! と地鳴りのような歓声が沸き起こる。
「……勝ったぞ、シロ!!」
誠は力強く拳を突き上げ、大村の空へ向かって吼えた。
それは、単なる勝利の雄叫びではない。瓜生が機体を壊しながら守ってくれたチャンスを、石田という高い壁を、自分の力で、そしてあかりの技術で超えたという確信の咆哮だった。
ピットでは、接触の衝撃でカウルが激しく損傷した6号艇から、瓜生俊樹が降りてきた。彼は愛犬パスタを優しく抱きしめ、掲示板の「1」を眩しそうに見つめていた。
「誠……三冠王の看板、伊達じゃなかバイ。お前の黄金、大村の海にもしっかり刻まれたバイ」
瓜生の口元には、満足げな笑みが浮かんでいた。パスタもまた、シロの勝利を称えるように「フガッ」と短く鼻を鳴らした。
からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新
> 【ハナ差の激闘】速水誠、写真判定を制し予選突破へ大きく前進! 瓜生の献身、石田の技巧、その全てを黄金のマブイが飲み込んだ歴史的一戦! 累計PVは驚愕の12億5,000万を突破!! 世界は今、四冠への胎動を目撃している!!
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【第8R:最終結果】
| 着順 | 艇番 | レーサー | 決まり手 | 備考 |
| 1着 | 1 | 速水 誠 | 抜き | ハナ差の死闘。金属性パーツが覚醒。 |
| 2着 | 2 | 石田 健太郎 | - | ナイトサイレンサーの驚異。僅差で惜敗。 |
| 3着 | 3 | 平野 一貴 | - | 弟子の激闘を背後で見守る安定の3着。 |
| 5着 | 6 | 瓜生 俊樹 | - | 機体損傷。しかし誠への援護は「今節のMVP」。 |
ピットの喧騒の中、誠のスマートフォンが激しく振動した。
ビデオ通話の画面には、グリスで顔を汚しながらも、満面の笑みを浮かべる野田あかりの姿があった。
「師匠!! 最高っす! ギャル的にマジでシビれたっすよ!! あかりも今、レディースクラシックで準優勝戦進出を決めたっす! 師匠に負けてられないっすからね!」
「あかり……! ありがとう。お前が直してくれたこの機体、最高に動いてくれた」
誠の「四冠」への挑戦は、最大の山場を越えた。
だが、大村の海にはまだ、地元長崎の重鎮・新武友哉や、覚醒を待つ「龍」たちが潜んでいる。
「……あおいさん、あかり。俺、止まらない。このまま四冠まで、全速で駆け抜ける!!」
シロの瞳が黄金に輝き、大村の夜を照らした。
三冠王から、四冠の伝説へ。
その航跡は、今、より深く、より鋭く刻まれていく。




