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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第5部:グランプリへの道

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加速のその先、零秒の向こう側

 2030年9月初旬。大村湾に凄まじい黄金の奇跡を描き、前人未到の年間四冠を大達成した速水誠。その衝撃のニュースは世界中のすべてのからくり競艇ファンの魂を狂おしいほどに熱狂させた。しかし、当の俺に、身体を休める時間は一秒たりとも与えられてはいなかった。

 四冠達成の歓喜から、わずか数日。俺の姿は、山口支部の薄暗い整備室にあった。ぎらつく視線の先にあるのは、次なる決戦の聖地、岡山・備前競艇場の冷徹な海図だ。

 9月20日に幕を開ける『SG最速機兵決定戦(スプリント)』。

 それは通常のSG競走とは完全に一線を画す、からくり競艇界のルール無用のスピードバトルだ。通常のレースよりも大幅に短い周回、そして異常なまでに短く設定された過酷な助走距離。そこでは、緻密な戦略や中盤の華麗な捌きなんて生ぬるいものは一切通用しない。ただ一点、マブイの爆発的な瞬発力と愛機の絶大な初速のみがすべての勝敗を分かつ。一瞬の油断、コンマ01秒の判断の遅れが、時速百数十キロで激突し合う鋼の怪物たちの運命を無慈悲に決定するのだ。

「四冠を獲ったくらいで、満足して立ち止まってる暇なんてねえ。スー、次は加速のその遥か先、光の速さの向こう側まで二人で突っ走るぞ」

 俺の足元で、黄金の瞳を爛々と輝かせたスーが、短くも凄まじい覚悟を持って咆哮した。

 ガルゥゥォォンッ!!

 舞台となる備前競艇場。そこは俺が今シーズンの二冠目『万衆衆魂祭』を、死闘の末に勝ち取った縁起の良い水面でもある。しかし、今回のスプリントにおける備前は、以前の面影を完全に捨て去り、別の地獄へと変貌していた。

 今大会のために、科学的に徹底管理された「完全静水面」。それは、風の影響も潮のうねりも一切を排除した、まるで不気味な水晶の板のような鏡の水面だ。

「この水面……不気味なくらい静かだな」

 練習走行を終えた俺が、額の汗を拭いながら低く呟く。備前の静水面は、レーサーに走りやすさを与えてくれるわけではない。むしろ逆だ。水面との抵抗が少なすぎるため、わずかなハンドルのブレや、マブイの出力のムラが、そのまま機体の致命的なスピンや大転覆に直結する。

「ああ、誠。スプリントはマブイを小出しにして様子を見る余裕なんてなか。大時計の針が動くその瞬間に、零秒で出力を最大まで叩き込まんと、肉体がねじ切られて一瞬で後方に置いていかれるバイ。命を懸けろ」

 師匠・黒田瑛人の、魂を震わせる重苦しい言葉に、俺は深く、強く頷いた。

 さらに、今回の備前は、俺にとって特別な意味を持っていた。ここは、俺の最愛のパートナーである守屋あおいのルーツ、その絶対の故郷なのだ。岡山支部から山口へと移籍した彼女だが、今もこの地の水面は、彼女を最強の娘として深く受け入れている。

「誠くん、私の地元で恥ずかしい走りは絶対に許さないからね!」

 あおいは練習から、俺に対して一切の妥協を認めなかった。彼女の放つ絶対零度の氷のマブイが、俺の39号機の周囲の水面をわざと硬く凍らせ、滑りやすい極限の修羅場を強引に作り出す。

「今のターン、コンマ03秒遅い! もっとマブイを心臓からキャブレターへ直接、一気に叩き込みなさい!」

 愛の鞭とも言えるその苛烈な氷の特訓が、俺の五感をコンマ単位、ミクロン単位でギリギリまで研ぎ澄ませていく。

 四冠達成を影で支えた若き天才整備士、野田あかり。彼女もまた、この過酷な短距離決戦に向けて、狂気じみたチューニングを39号機に施していた。

「師匠! 今回は大村みたいにスカイ・ハイで優雅に空を飛んでる暇なんて1秒もないっす! スプリントは、水面と殴り合ってでも、一ミリでも早く前に進んだもん勝ちっす!」

 あかりが整備台の上にドンと置いたのは、これまでのパーツとは明らかに異質な、冷たく、そして妖しく光る一対のプロペラだった。

「蔵野家秘伝の超高周波振動技術を、愛機の全体に直接組み込んだっす! これ、名付けて『クロノ・スプリンター』!! 推進力を得るためじゃなく、水面との摩擦を超振動で物理的にズタズタに切り裂くための、禁断の凶器っすよ!!」

 あかりが用意したのは、瞬発力だけに特化した極薄のプロペラ。一撃必殺の斬撃を得意とする蔵野家の技術を、流体力学に転用した代物だ。プロペラが回転するたび、周囲の海水は一瞬で沸騰し、摩擦抵抗を極限まで低減させる。しかし、機体にかかる負担は通常の三倍以上。レーサーの精神力が一瞬でも切れた瞬間、パーツそのものが焼き付く危険性を秘めていた。

「うちの計算に狂いはないっす。このスピードで、世界を完全にひっくり返してくるっすよ、師匠!」

 あかりの、技術者としての不敵な笑みに、俺も完全に腹をくくった。

 しかし、五冠への道は、過去最高に険しいものとなる。この最速機兵決定戦の名の下に、スピードという悪魔に取り憑かれた狂人たちが全国から集結したのだ。

 * 1. 大内胤賢(29歳)/ 山口支部

 「史上最年少SS級」の肩書きを持つ、冷徹なる若き天才。四冠王となった俺に対し、猛烈なまでの対抗心を燃やす。機体制御のスピードとデータなら俺が上だと言い切り、冷徹な全速小回りをスプリント仕様に特化させてきた、最初の巨大な壁だ。

 * 2. 安貞雄一(26歳)/ 長崎支部

 大村で俺に敗れた「島原の龍」新武友哉の愛弟子。リベンジに燃える彼は、0メートルラインからの立ち上がり速度を新人類級にまで高め、初速の爆発へと変換する。

 * 3. 平野菜奈 / 山口支部

 整備巧者として名高い彼女は、備前の水の塩分濃度と硬度を完全に分析。機体に究極の塩分調整を施し、鏡の水面に吸い付くようなグリップ力を発揮する。

 これら最速の門番たちが、黄金の王たる俺の前に牙を剥いて立ちふさがる。

 開幕前夜。俺はあおいと共に、備前競艇場のスタンドから、静まり返った暗い水面をじっと見つめていた。

「誠くん。ここ、私の実家から本当に近かったんだ。小さい頃、お父さんに連れられてこの水面を見てね、『いつか、あの誰よりも速い風になりたい』って、ずっと想ってた」

 あおいが俺の肩に、そっと愛おしそうに頭を乗せてくる。彼女の冷たく、しかし芯から温かいマブイの波動が、俺の全身を心地よく包み込んだ。

「あおい。俺、この水面で、お前がかつて憧れたあの風を、俺たちのスピードで完全に追い越してみせる。五冠目の眩い王冠をこの手で絶対に掴み取って、お前の地元に、最高の恩返しを届けてやるよ」

 俺の横で、スーも完全に瞬発モードの臨戦態勢に入っていた。黄金の毛並みが稲妻のように逆立ち、周囲の空気をバチバチと激しく震わせている。

 【からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新】

 > 【五冠への疾走】速水誠、次なる舞台は岡山の『最速機兵決定戦』! 周回短縮のスプリント勝負で、黄金の輝きは果たして加速を続けられるのか!? ネットでは新王者の参戦に期待の声が爆発中!!

「行こう、スー。39号機。零秒の、その向こう側へ!!」

 黄金の龍が、岡山の静水面に飢えた牙を剥く。五冠を懸けた、命を燃やす最速の瞬きが、今、爆音と共に幕を開ける。俺たちの伝説を、世界に叩きつけてやる。

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