第175話:魔の60メートル、大村湾の「深淵」 ― 予選2日目・ハンデ戦の混沌 ―
2030年8月27日、午後4時。長崎県、大村競艇場。
予選二日目を迎えた大村湾は、昨日までの穏やかな「ガラスの水面」を捨て、牙を剥き始めていた。満潮に向かう潮の流れが、湾外からの重厚な海水を押し込み、水面の「浮力」はさらに増大。通常のプロペラ調整では、加速しようとするたびに機体が跳ね、マブイが水面に霧散してしまう。
「大村モーターボート記念杯、予選第8レース! ……見てください、この異常な光景を! 全艇がインコースを嫌い、ホームストレッチの遥か後方、『60メートルハンデライン』へと一斉に艇を下げ始めました!!」
実況の絶叫が、場内に集まった数万人のファン、そして世界中の11億人を超えるネット視聴者の興奮を代弁する。通常、競艇において「1コース」は最短距離を走れる聖域だ。しかし、この日の大村は違った。あまりに強い浮力が、低速での旋回を「ただの漂流」に変えてしまう。勝機を見出すには、遥か後方から助走を取り、機体を水面から「離陸」させるほどの爆発的な加速が必要だったのだ。
「予選第8レース、スタート展示! 全艇ダッシュ選択! 60メートルラインに5艇が横一線に並ぶ、からくり競艇史に残る異常事態だぁぁ!!」
1号艇の速水誠は、愛機39号機のチルトを限界まで跳ね上げ、シロと共にその狂気のラインに並んでいた。隣を見れば、そこにはマブイを持たない「ネービラ」の猛者たちが不敵な笑みを浮かべている。
「誠、ここからの景色は格別バイ。マブイ0の俺たちが、どうやって『重力』と『浮力』を味方にするか、よーく見とけ」
マブイ0で俊樹の師匠の、平野一貴が、静かにエンジンを吹かす。その横には、誠の親友である瓜生俊樹。瓜生は愛犬パスタの頭を優しく撫でながら、一切の雑味がない集中力でスロットルを握りしめていた。
さらにその外側には、東京支部の刺客・濱田一翔。愛犬の黒チワワ「らん」をコクピットに乗せ、不敵に牙を剥く。
マブイを持つ者と持たぬ者。黄金の輝きと、無色の鉄槌。
60メートルの助走区間は、まさに生死を分かつ滑走路だった。
「大時計の針が動く! ……3、2、1、スタートォォ!!」
号砲と共に、60メートルから加速した5艇が、時速100キロを超える弾丸となって1マークへと突っ込む。水面を叩く衝撃音が雷鳴のように響き渡る中、突如として、その「音」が消失した。
「……消えた!? 2号艇の石田、音がしない!!」
石田健太郎(42歳)の奥義**『ナイトサイレンサー(超静音航法)』**だ。
彼は、大村湾の強い浮力を逆手に取った。マブイを完全に遮断し、排気音すら特殊なからくりサイレンサーで消した石田の艇は、時速100キロの猛加速の中でも一切の飛沫を上げず、水面と空気の隙間を滑るように最短距離を突き進む。
摩擦係数ゼロ。重力と浮力が完璧に相殺された石田の走りは、爆音を響かせる誠たちのセンサーをあざ笑うかのように、1マークの内側を音もなく「刈り取り」にかかった。
石田の静かな差しに対し、外側から暴力的な旋回を仕掛けたのは濱田一翔だ。
「らん、跳ぶぞ! 黄金の三冠王を、江戸の華で飲み込んでやる!」
濱田の31号機が、海面をV字に切り裂く。『奥義:Vモンキー』。
大村の重い海水が巨大な扇状の壁となり、1号艇・誠の視界を完全に奪い去った。
「くっ……視界ゼロっす! でも、シロには見えてるっすよね!?」
(フゴォォォォォン!!)
シロが黄金の瞳を見開き、誠の脳内に直接「最適な航路」を投影した。
誠は、野田あかりが整備した蔵野家伝来の金属性パーツを最大共鳴させた。チルト3.5に跳ね上げた39号機が、60メートルからの加速エネルギーをすべて「上昇力」へと変換する。
『奥義:スカイ・ハイ・大村カスタム』!!
「誠、飛んだぁぁぁ!! 石田の静寂を、濱田のV字を、上空から飛び越えようというのか!!」
黄金の軌跡を描き、誠の機体が宙を舞う。しかし、空は安息の地ではなかった。
水面下では、平野と瓜生が待ち構えていた。彼らネービラ組は、マブイを一切使わない重量級の走りで、水面に「重い引き波の罠」を発生させていたのだ。着水した瞬間、その引き波に足元を掬われれば、金属性の39号機はただの鉄屑となって沈む。
からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新
> 【60mの決闘】全艇ダッシュの超高速バトル! 誠の空中戦 vs 石田の無音差し vs 濱田のVモンキー! 大村の海が沸騰し、歴史が加速する! 累計PVは驚愕の11億2,000万を突破!!
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【第8R:1マーク通過後の情勢】
| 順位 | レーサー | 状況 | 危険度 |
| 1位争い | 石田 健太郎 | 無音差しで最内をキープ。完璧な独走態勢。 | ★★★★ |
| 2位争い | 速水 誠 | 空中から着水へ。平野・瓜生の波に阻まれる。 | ★★★★★ |
| 3位争い | 濱田 一翔 | Vモンキーの衝撃を立て直し、誠の背後を突く。 | ★★★ |
「師匠!! 前を見ちゃダメっす! 『音の隙間』を感じるっす!!」
レディース会場のモニター越しに、スマホを片手に絶叫するのは野田あかりだ。
彼女は昨夜、誠の機体に一つの隠し機能を仕込んでいた。それは、マブイの波動ではなく「超音波の反響」で位置を特定する、原始的ゆえにナイトサイレンサーを無効化するセンサーだ。
「あかりの声……聞こえた!!」
誠は着水の直前、空中で一瞬だけスロットルを戻し、機体の姿勢を「垂直」に近い角度へと変化させた。金属性の底板が、平野と瓜生の引き波を真っ向から「斬り裂く」ように着水。
「シロ、石田さんの『無音』を、俺たちの黄金の咆哮で塗り替えるぞ!!」
着水の衝撃を推進力に変え、39号機は石田のナイトサイレンサーが作り出した「空白の航路」へと猛追を開始した。
四冠への道。
音を消した暗殺者、石田健太郎を捉えることができるのか!?




