第174話:発祥の地の洗礼 ― 大村モーターボート記念杯・予選 ―
2030年8月、長崎県。ボートレース発祥の地、大村競艇場。
夕刻の大村湾は、一見すれば極めて穏やかで、大村特有の「ガラスの水面」がカクテル光線を鏡のように反射している。しかし、その「美しさ」こそが最大の罠であった。
「大村モーターボート記念杯」――年間四冠という、かつて誰も成し遂げたことのない伝説の領域へ挑む速水誠は、これまでにない「孤独」と「焦燥」の中にいた。
いつもなら傍らにいる最愛の婚約者・守屋あおいは、現在「レディースクラシック」の別会場で戦っている。整備士の野田あかりも、今節は一人の選手として別の水面をピンクに染めている。誠を支えるのは、膝の上の相棒・シロと、急遽駆けつけた師匠・黒田瑛人、そして準優勝戦での借りを返しにきた兄貴分・瓜生俊樹の二人だけだった。
「誠、顔が青いバイ。三冠獲ってから、少しマブイが浮ついとるんじゃなかか?」
黒田瑛人が、タバコの煙を燻らせながら愛弟子の背中を鋭い眼光で射抜く。
「師匠……違うっす。この海、俺の黄金を『吸い取って』やがるっす……」
大村の海水は塩分濃度が高く、浮力が極端に強い。それだけならまだしも、誠が放つ高密度の「黄金マブイ」が、海水のミネラル分と電気的な干渉を起こし、推進力に変わる前に水面へと漏れ出し、拡散してしまうのだ。
誠がピットで調整に苦しんでいると、背後から地響きのような圧倒的な圧力が迫ってきた。
「速水くん、三冠ば獲ったごたるけど、ここは俺たちの庭バイ。そん黄金、大村の海に沈めてやるけんね」
長崎支部の重鎮、新武友哉(43歳)。
地元ファンの間で「大村の守護神」と崇められる彼のマブイ出力は、驚異の30,000オーバー。大村湾特有の「うねり」と「潮の満ち引き」を完全に手なずけた新武の走りは、もはや「神の領域」とされていた。
新武を筆頭とした長崎勢の「新武グループ」による、余所者(誠)への徹底的な封じ込め。四冠達成への道は、開始早々に暗雲に包まれていた。
運命の予選第10レース。
誠の前に立ちはだかったのは、新武の重圧だけではなかった。
「……速水くん、おはよう。モーニングじゃなくて良かったよ。僕はこの時間の方が、よく『見える』から」
静かに微笑むのは、東京支部のベテラン・石田健太郎(42歳)。瓜生と同じく「マブイ0」でありながら、愛犬であるパグのミヤビと独自の脳波共鳴を行い、機体の排気音とマブイの波動を完全に消し去る**『ナイトサイレンサー(超静音航法)』**の使い手だ。
「さあ、発祥の地での第10レース、スタート展示が始まります! 1号艇は三冠王者・速水誠! しかし、その顔に余裕はないか。2号艇は静かなる暗殺者・石田、3号艇には地元の王・新武、そして4号艇にはお江戸の刺客・濱田!」
大時計がゼロを指す。
「スタートしました! 全艇、コンマ10前後の際どい踏み込み!!」
誠は1コースから黄金のマブイを解放しようとする。しかし、尼崎で組み込んだ「金属性パーツ」の剛性が、大村の強い浮力と喧嘩を起こした。
「なっ……機体が浮きすぎて、プロペラが空気を噛んでる! 推進力が逃げる!!」
ガガガガッ! と機体が激しくバウンドする。その一瞬の隙を、石田の「ナイトサイレンサー」が音もなく差し込んできた。マブイの波動がないため、誠のセンサーには反応しない。まさに「透明な弾丸」のような差し。
さらに外からは、新武が「うねり」を逆に利用した重厚な捲りで、誠の黄金のオーラを力技で押し潰しにかかった。
「(フゴォォーーン!!)」
シロが機体のフロントに重心を移動させ、必死にバウンドを抑えようとするが、大村の海水は誠の黄金マブイを逆に吸い出し、機体全体のトルクを奪っていく。
3. Vモンキーの閃光:濱田一翔の強襲
誠が石田と新武の挟み撃ちに喘いでいたその時、アウトコースから青い閃光が走り抜けた。
「三冠王が聞いて呆れるぜ! これがお江戸の、**『Vモンキー』**だ!!」
東京支部の濱田一翔(31歳)だ。
コクピットに乗せた愛犬、黒チワワの「らん」と共に、機体を垂直に近い角度まで傾ける。
通常、大村のような浮力の強い水面で急旋回をすれば、遠心力で場外まで吹き飛ばされる。しかし、濱田は「V字」にマブイをカットし、水面に一時的な真空地帯を作ることで、機体を強制的に内側へ引き込んだ。
水面をV字に切り裂く、伝説の奥義。
その引き波に直撃した誠の39号機は、バランスを完全に喪失し、大きく失速。1マークを回った時には、すでに4番手まで後退していた。
4. カササギPV更新:十億の動揺と試練
からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新
> 【四冠への試練】三冠王者・速水誠、大村の『浮力』と地元・新武、暗殺者・石田、江戸の濱田による包囲網に沈む! 1着は濱田の鮮烈Vモンキー! 累計PVは10億7,000万!! 世界中から「誠、海水は苦手か?」の声が殺到!!
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【大村モーターボート記念杯・中盤戦メンバー情勢】
| 選手名 | 特性・奥義 | 状態 | 誠への一言 |
| 新武 友哉 | 神域のうねり走法 | 絶好調 | 「海の怖さを教えるバイ」 |
| 濱田 一翔 | 江戸前Vモンキー | 爆発力MAX | 「三冠王、お寝んねしてな!」 |
| 石田 健太郎 | ナイトサイレンサー | 潜伏中 | 「……君の光は、少し眩しすぎる」 |
| 瓜生 俊樹 | マブイ0・沈み込み | 堅実 | 「誠、海と喧嘩するな」 |
レース後、惨敗を喫した誠はピットの隅で、一人39号機のスクリューを見つめていた。
黒田師匠は「自力で海を掴め」とだけ言い残し、酒を飲みに行ってしまった。瓜生はパスタと共に、ネービラ特有の「水面に沈み込む調整」を淡々と続けている。
(あかり、あおい……。俺、まだ大村の海に拒絶されてる……)
黄金のマブイは強い。だが、その強さが大村の海水と反発し、機体を浮かせてしまう。
誠は、シロがバケツに入った海水に前足を突っ込み、浮き上がるおもちゃを一生懸命に沈めようとしている姿をぼんやりと眺めていた。
「……待てよ。沈めようとするから、反発が生まれる。浮力っていうのは、下から上に押し上げる力……。なら、それを逆に『揚力』として利用して、水面から数ミリだけ『浮いたまま』走ることはできないかな、シロ?」
誠の脳裏に、かつてないクレイジーな発想が浮かんだ。
尼崎で得た「金属性」の硬度を翼に変え、大村の浮力を上昇気流のように捉える。
それは、競艇の常識である「水面を掴む」ことを捨て、「水面の上を滑空する」という禁忌の走法。
「……あかりがいなくても、俺はやる。シロ、海水を『黄金の羽』に変える調整を始める!!」
シロが「フゴッ!!」と呼応し、黄金の瞳が再び輝きを取り戻した。
四冠への道。誠の「独り立ち」の調整が、深夜の大村ピットで静かに火を噴いた。




