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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第5部:グランプリへの道

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島原の重力、深淵の差し返し


 2030年8月29日。長崎県、大村競艇場。

 予選最終日のメインレース、命を削り合うバックストレッチ。

 並走する黄金の39号機・速水誠と、漆黒の凶暴なる機獣を駆る地元の絶対的総帥・新武友哉。二艇の距離は、互いのカウルが激しく擦れ合い、真っ赤な火花が狂ったように飛び散るわずか数センチの極限状態だった。ぎらつくカクテル光線の下、二つの巨大なマブイが激しく火花を散らし、大村の冷たい水面を沸騰させている。

 しかし、第2マークを目前にして、大村の海を四半世紀支配してきた絶対の怪物・新武友哉が、その本物の深淵を獰猛に見せつけた。

「来い、速水くん。大村の潮は、俺の指先一つでいつでも牙を剥くバイ!」

 新武さんがハンドルを鋭く絞り込んだその瞬間、追随する「島原の龍」が漆黒の水面へと完全に溶け込み、周囲の海水を物理的な大渦へと一瞬で変質させた。

 奥義――『島原絞り』ッ!!

 第1マークで発生させた自らの強烈な引き波を、体内のマブイの圧倒的な引力で強引に引き戻し、第2マーク周辺に超高密度の重力障壁を作り出す、新武さんの必殺の絶対檻。その狂った渦は、内側へ入ろうとする全ての艇をブラックホールのように中心へ吸い寄せ、旋回の出口で猛烈な遠心力として外側へ叩き飛ばす。文字通り、ライバルを水面ごと絞り殺すための鉄壁のデストラップだ。

「うわっ……ハンドルが、俺の腕力ごと強引に内に持っていかれるッ! 捕まったら最後、水面に肉体ごと叩きつけられるぞ!!」

 俺はコクピットで歯を食いしばって叫んだ。39号機のフロントが暗黒の渦に飲まれ、コントロールを完全に失いかける。コクピットの足元でスーが、四肢の爪を床に食い込ませてがっしりと踏ん張り、俺の全Gを支えようと黄金のマブイを激しく放電させるが、龍の重力はあまりにも非情だった。

 【からくり競艇公式YouTube『カササギ』Template更新】

 > 【予選最終盤】三冠王者・速水誠、長崎の総帥・新武友哉と激突! 大村の絶対重力が黄金の挑戦者を呑み込むか!? ネット上は世紀の並走にサーバーダウン寸前の大狂熱!!

 絶体絶命。しかし、俺の瞳から逆襲の光は1ミリも消えてはいなかった。荒れ狂う渦の重圧の中で、俺の脳裏に、あの天才メカニック・野田あかりの言葉が爆音でリフレインする。

『師匠、覚えておいてっす! うちの金属性パーツは、ただ硬いだけじゃないっすよ! 外部からの凄まじい衝撃やマブイの圧力を受ければ受けるほど、それを内部に蓄積できる性質があるっす!!』

「耐えるんだ……! 今、勝負を急いで前に出たら、一瞬で木っ端微塵にされる!!」

 俺はあえて、スロットルレバーを一瞬緩めた。新武さんの作った大渦の外縁に機体を滑り込ませ、あえてその殺人的な渦の圧力を全身の装甲で受け止める道を選んだのだ。これぞ勝負の鉄則、足をためる。

 『島原絞り』が発生させる莫大なエネルギーが、39号機の金属性装甲をギチギチと軋ませ、俺の全身の骨を砕かんと襲いかかる。だが、その圧力は金属性の伝導体を通じて機体内部の蒸気タービンへと吸い込まれ、超圧縮された狂暴な回転エネルギーへと強制変換されていく。

 ガルゥゥ……ッ!!!

 足元のスーが黄金の瞳をギラつかせ、渦の一点だけを凝視する。大渦が最も強くなり、新武さんが旋回の出口へ向けて全力を解放する、コンマ01秒の一瞬の綻び。それこそが、俺たちに残された唯一の反撃の好機だ。

「新武、絞りきったぁぁ!! 速水誠、完全に渦に呑まれ、消えたか……!? いや、違う! 水面の下で、黄金が光を圧縮している!!」

 実況の絶叫と共に、新武さんが旋回を終え、ホームストレッチへ向けて機体を向けたそのコンマ数秒後。39号機の内部でチャージされたエネルギーが臨界点に達し、爆音を上げた。俺は一気に、全速レバーを床まで叩き込んだ。

 奥義――『黄金・一閃』ッ!!!

 『島原絞り』の遠心力を、そのまま俺たちの前進する推進力へと力ずくで変換。溜めに溜めた黄金マブイが爆発的な輝きを放ち、39号機は渦の出口から黄金の弾丸となって弾け飛んだ。新武さんの龍の鼻先をわずか数ミリの極限でスラッシュし、俺の舳先が強引に前に出た。

 ホームストレッチ、俺がわずかにハナ差で前に出る。場内は、歴史がひっくり返る大逆転劇に沸き立ち、ボルテージは最高潮に達した。

 だが――大村の海を四半世紀以上支配してきた絶対の怪物、新武友哉は、これほどの衝撃を受けてもなお1ミリも動じていなかった。

「速水くん……良か根性バイ。ばってん、大村の本当の『風』ば読みきれんうちは、俺には永遠に勝てん!」

 俺の39号機が最高速に達したその瞬間、大村湾特有の夕刻の凶暴な突風が、容赦なく水面を叩きつけた。あかりのカーボン翼がその空力を捉えすぎ、ボートがわずかに浮き上がって、海水との絶対的な接地面積が減った一瞬の隙。

 対する新武さんの機体は、まるで吸盤のように水面にピタリと吸い付いたまま、一ミリの揺らぎすら起こさない。新武さんは、俺の作ったわずかな引き波の隙間に、針の穴を通すような冷徹な精密さでその舳先をねじ込んできた。マブイをただ爆発させるんじゃない、大村の潮の流れと同調させ、すべての水に身を任せる究極のベテラン技術。

 奥義――『龍の帰還』ッ!!

「抜いた!! 新武友哉、直線で誠を鮮やかに差し返したぁぁ!! まさに地力、まさに長崎の総帥!!」

 俺がどれだけ体内の黄金マブイを真っ赤に燃やしても、新武さんの背中との距離が1ミリも縮まらない。新武さんの走りは派手さこそないが、最短航路をカミソリで削り取るように進んでいく。俺の放つ黄金のプレッシャーさえも、新武さんが意図的に跳ね上げた龍の飛沫によって綺麗に拡散され、本来の伸びを完全に奪われてしまった。

「……届かねえ。新武さんの背中が、あんなに遠くて、分厚いなんて……!」

 ガルゥ……。

 スーも悔しさに身を震わせながら低く唸った。新武さんから放たれる、圧倒的な安定感という名の巨大な威圧感。俺は己の絶対的な経験不足、そして大自然の波と対話する技術の圧倒的な差を、骨の髄まで痛感せざるを得なかった。

「1着、新武友哉! 2着、速水誠!!」

 チェッカーフラッグを抜けてゴールを駆け抜けた瞬間、新武さんはヘルメット越しに俺へ向けて短く手を挙げた。それは、己の王者の誇りを懸けて全力で戦い抜いた若き修羅への、最大級の敬意だった。

「速水くん、四冠ば本当に獲りたかなら、次は『自分』を捨てることバイ。海と完全に一体にならんね」

 レース後の静かなピット。俺は独りきりで、冷たい水で39号機を洗っていた。

「負けた……。新武さんは、マブイの量じゃなくて使い方が次元違いだった。だが、このまま終わる俺じゃねえ。次は絶対に負けねえ!!」

 俺がギラついた目で誓ったその時、別会場で戦うあおいから、通信がスマートフォンに飛び込んできた。

『誠くん、お疲れ様。……悔しいけれど、今はあの総帥の背中を全力で追いかけるしかない。でも、落ち込んでる暇なんて1秒もないよ! あかりちゃんがね、「師匠の今の足なら、新武さんの龍を焼き切れる秘策がある」って、目を血走らせてる!』

 通信の向こうから、あかりの、興奮に満ちた叫び声が響いてくる。

「師匠! 新武さんの龍が冷たい水なら、こっちは水との摩擦を超振動で物理的にズタズタに切り裂く、禁断のプロペラを今から削り上げるっす! 明日の準優勝戦、世界をひっくり返してやるっすよ!!」

 俺の瞳に、敗北の屈辱を最大のガソリンにして、再び猛烈な闘志の炎が爆発的に灯った。四冠への道は、まだ1ミリも閉ざされちゃいねえ。あの大村の龍を越えるための、新武さんの言葉の真意が、俺の脳髄を激しく揺さぶる。

 己を捨てる――その本当の意味を掴むため、俺は明日、世界を震撼させる誰も見たことのないギャンブルに出る。俺たちの逆襲を見せてやるぜ!

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