第173話:発祥の地、蒼き大村湾の咆哮 ― モーターボート記念杯 ―
2030年8月下旬。
「大宮橋右衛門杯」での劇的な三冠達成、そして守屋あおいからの「全速プロポーズ」という衝撃的な幕切れから数週間。日本中が「誠&あおいロス」と「三冠狂騒曲」に沸く中、速水誠が次なる戦いの場として降り立ったのは、長崎県――ボートレース発祥の地、大村競艇場であった。
眼前に広がる大村湾。それは一見、鏡のように穏やかで、南国の穏やかな陽光を浴びてキラキラと輝いている。しかし、その美しさの裏には「真水」のレース場にはない特有の牙が隠されていた。海水の濃度が高く、機体を押し上げる「浮力」が極めて強い。さらに、夕刻には「大村特有の海風」が山を越えて吹き抜け、繊細なマブイの出力を狂わせる。
誠が挑むのは、歴史と権威を誇る**『SG・モーターボート記念杯』。
もしこのタイトルを手にすれば、彼は前人未到の記録、同一年度における「年間四冠」**の称号をその手にすることになる。
「誠くん、聞こえるっすか? 私たちが留守の間、大村で変な女の人に鼻の下伸ばしてたら、帰ってきた瞬間に機体ごと絶対零度で凍らせるっすよ!」
無線から響くのは、現在別会場で開催中の「レディースクラシック」に参戦している、最愛の婚約者・守屋あおいの声だ。彼女の声はいつも以上に鋭く、そしてどこか誇らしげでもあった。
「あおいさん……わかってるっす。浮気なんてする暇もないくらい、ここの水面はやばいっすよ」
さらに、その通信に割り込んできたのは、今回はメカニックではなく一人のレーサーとしてレディースクラシックに出場している野田あかりだった。
「師匠! あかりも今回は整備士じゃなくて『ライバル』っす! 師匠が四冠獲るなら、あかりも初タイトル獲って、ギャルが水面をド派手なピンクに染めてやるっすよ! 整備の相談は……まあ、一回100万PVで受けてあげるっす!」
二人の激励(と釘刺し)を受け、誠は苦笑いしながらヘルメットを被り直した。
今回は、あかりという最強のメカニックが傍にいない。誠は自分自身の手で、尼崎で「金属性」へと進化した39号機を、この大村の海水仕様に調整しなければならなかった。
「……シロ、ここは大村湾。海水だから、真水よりも機体が浮きやすいっす。パーツの『重み』を、単なる重荷じゃなく、水面に食らいつくための『錨』としてどう活かすかが鍵になりそうだ」
膝の上で、潮風を嗅いでいたシロが「フゴッ!(任せるっす!)」と短く鳴いた。シロの黄金の毛並みが、長崎の強い日差しを受けて眩しく反射した。
しかし、大村のピットには、三冠王者を「余所者」として冷遇する、圧倒的な威圧感が漂っていた。
そこには、地元・長崎が誇る最強の刺客たちが、静かに、しかし確実に獲物を狙う龍のように待ち構えていたからだ。
「速水くん。三冠、おめでとう。山口の若造がよくぞここまで辿り着いた」
声をかけてきたのは、長崎支部の重鎮であり、ドラゴン型からくり機獣「飛龍」をペットとしているベテランレーサーの長崎龍だった。彼の周囲には、大村湾の底に眠ると言われる古の龍のマブイが渦巻き、視覚化されたプレッシャーとなって誠に襲いかかる。
「だが、ここは大村……ボートレースの神域だ。尼崎の虫を払った程度の黄金を振り回して勝てるほど、この海の『潮目』は優しくなかバイ」
重鎮が指差す先、大村湾の海面が風もないのに不気味に波立っていた。
長崎のレーサーたちは、海水の浮力とマブイを同期させ、水面と一体化する「龍脈旋回」を体得している。それは、いかに高いマブイ出力を持っていても、海を知らぬ者には決して真似のできない芸当だった。
そして迎えた初戦、第1レース。
大村特有の「1コース絶対有利」の神話に基づき、誠はインコースに陣取った。しかし、大時計がゼロを指し、スリットを駆け抜けた瞬間、誠はかつてない異変に襲われた。
「なっ……何だ、これ!? スロットルが空回りしてるっす!!」
誠が黄金マブイを全開に放出した瞬間、39号機から放たれたエネルギーが、高濃度の海水と化学反応を起こしたのだ。海水に含まれるミネラル分がマブイの伝導率を異常に高め、誠の黄金マブイが機体の推進力にならず、水面へと「漏れ出す」現象が発生。
「機体のグリップが効かないっす! 水面を掴めない!!」
大村湾の強い浮力が39号機を海面から浮き上がらせ、金属性パーツの重みが仇となって機体は不安定に跳ね回る。誠の代名詞である「全速旋回」を試みるも、ボートは水面を滑る石のように場外方向へと大きく膨らんでしまった。
そこへ、地元の龍のマブイを纏った長崎勢のボートが、水面を這うような驚異的な低空旋回で、誠の空いた懐を鋭く突き刺した。
「……これが、大村の海バイ。黄金など、海に溶ければただの砂たい!」
4. カササギPV更新:十億の動揺
からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新
> 【四冠への壁】速水誠、大村の『浮力』に大苦戦! 黄金マブイが海に溶け出し、まさかのパワーダウン!? 絶好枠で沈む三冠王者……。累計PVは10億5,000万を突破! 掲示板は『誠限界説』と『海水の呪い』で大炎上!!
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【大村モーターボート記念杯・序盤情勢】
| 選手名 | 状態 | 今節の展望 |
|---|---|---|
| 速水 誠 | 絶不調(初戦5着) | 海水の浮力と「マブイ漏れ」の対策が急務。 |
| 長崎龍(地元勢) | 圧倒的優位 | 大村の潮目を完全に支配。イン・アウト不問の強さ。 |
| 守屋・野田コンビ | 快進撃 | 「誠くん、何やってるっすか!」と激励(怒)の嵐。 |
5. 独り立ちの夜:黄金の盾への模索
ピットに戻った誠は、ひどく打ちのめされていた。
いつもならここで「師匠、それはですね……」とあかりがデータを持ってきてくれる。あおいが「誠くんなら大丈夫っす!」と背中を叩いてくれる。
だが、今の自分は一人だ。
「……あかりがいない時に、こんなトラブルが発生っすか。でも、いつまでも甘えてるわけにはいかない。」
誠はスパナを握り、海水に濡れた39号機のエンジンを睨みつけた。
シロが誠の足元で、海水の塩分を「ペロリ」と舐める。
「シロ……お前も、この海がしょっぱいって言ってるのか。……待てよ。漏れ出すのを防げないなら、あえて海水を『黄金の盾』の一部として取り込む方法はないかな」
誠の脳裏に、蔵野家の金属性パーツが持つ「磁場制御」の可能性が閃いた。
漏れ出したマブイを海水の塩分に吸着させ、機体の周囲に「マブイの水の膜」を作る。
「四冠……絶対に諦めない。龍さん、俺の黄金は、海に溶けても輝きを失わない!!」
シロが「フゴォォーーン!」と応えるように吠えた。
三冠王者の、孤独で、しかし最も重要な「自分自身を超えるための戦い」が、大村の夜の海で静かに始まった。




