第170話:無冠の執念、魂のダンプ ― 準優勝戦・大宮の陥落 ― 大宮橋右衛門杯、準優勝戦第11レース。
2030年8月3日。兵庫県・尼崎競艇場。
準優勝戦のピットに、かつてないほど鋭利なマブイの波動が満ちていた。
昨夜、野田あかりの不眠不休の「外科手術」によって、蔵野家伝来の金属性パーツを組み込まれた速水誠の39号機は、もはや「龍」というよりは「抜身の刀」のような、触れるものすべてを切り裂くような静かな闘気を纏っていた。
誠はヘルメットのシールドを下ろし、隣に並ぶ一人の男に視線を送る。
6号艇、瓜生俊樹。
からくり競艇という、マブイ(魂)の出力がすべてを決める狂った世界において、「マブイを持たない」という絶望的なハンデを背負いながら、トップレーサーに君臨し続ける男。
「俊樹……」
「誠、気負うな。お前の『黄金』は、あかりが守り抜いた。なら、その道を切り拓くのは俺の役目だ」
瓜生の声には、マブイの波動など一切混じっていない。ただ、極限まで鍛え上げられた一人の「競艇選手」としての、冷徹なまでの決意だけが宿っていた。
「大宮橋右衛門杯、準優勝戦! 1号艇・速水誠、2号艇・西野貴志、3号艇・大宮忠志……全艇、スリットラインへ向かって突入! ……ああっ、3号艇・大宮、痛恨の出遅れだぁぁ!!」
実況の悲鳴に近い声が響き渡る。
昨日の機獣「大ムカデ」使用による精神的・肉体的過負荷が、大宮忠志の肉体を蝕んでいた。コンマ25。からくり競艇のスピードレンジでは、一瞬の瞬きが永遠の距離となる致命的な失策。
「くっ、体が……言うことを聞かない……。だが、負けません! 速水誠、あなたの首を獲るまでは!! 行きなさい、大ムカデ(百足)!!」
焦りに駆られた忠志は、スリット直後に禁忌のレバーを再び引いた。
尼崎の水面が大きく盛り上がり、昨日誠を絶望の淵に突き落とした巨大機獣が再びその姿を現す。ターゲットは、1コースから完璧な旋回に入ろうとする誠。
だが、その狂った殺意の航路を塞ぐように、大外6コースから信じられない速度で艇をねじ込んできた影があった。
「大宮……お前のからくり遊びは、ここで終わりだ」
6号艇、瓜生俊樹。
彼が駆るボートには、からくり仕掛けのブースターも、マブイ石の増幅器も搭載されていない。一般の競艇場で使われる、極めて標準的な、しかし瓜生の手によって極限まで整備された旧式ボートだ。ちなみにマブイを持たない選手は全員このモデルのボートを使用している。
通常、マブイの防御フィールドを持たないボートが機獣に接触すれば、紙屑のように粉砕される。しかし、瓜生は逃げなかった。
「……行くぞ、パスタ(パグ)」
(フガッ!!)
瓜生はハンドルを折れんばかりに深く切り込み、全速のまま大宮の3号艇の懐へと飛び込んだ。マブイによる加速ではない。波の反動を利用し、自らの体重移動だけで遠心力を極限まで制御した、人間業とは思えない旋回。
『奥義:マブイゼロ・鉄槌』!!
マブイの補助がないからこそ、瓜生のボートは「属性」による干渉を一切受けない。ただの鉄と木の塊が、物理法則という名の絶対的なルールに従い、大宮の機体へと襲いかかる。
ドォォォォォォォォン!!!!!
尼崎の静水面に、金属が激しくひしゃげる破壊音が轟いた。
瓜生は、機獣の制御に全神経を注いでいた大宮の3号艇のサイドに、自らのボートを物理的な「質量」として叩きつけたのだ。
「瓜生の捨て身のダンプ!! 大宮、大きく外へ飛ばされたぁぁ!!」
マブイのバリアに守られたはずの大宮の機体だったが、瓜生の「生身の執念」が込もった一撃は、そのバリアを物理的な衝撃で突き破った。衝撃で大宮の意識が一瞬白濁する。
その瞬間、機獣との「精神的同期」が途切れた。
(ギィィィィィィィィィィィ……!!)
主の制御を失った大ムカデは、尼崎の水面で悲鳴のような金属音を上げ、のたうち回った。昨日、誠を追い詰めたあの圧倒的な威容はどこへやら、制御回路がショートし、内側から爆発するように霧散していく。
「……誠、今だ! 行けぇ!!」
ダンプの衝撃で自らのボートも激しく跳ね、転覆寸前の状態になりながらも、瓜生が吼えた。
その声が、迷っていた誠の背中を強く押した。
4. カササギPV更新:九億の熱狂
からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新
> 【衝撃のネービラ】瓜生俊樹、生身の肉弾戦で大宮の禁忌を粉砕! 『魂の重さ』にマブイは不要であることを証明した、漢のダンプ!! 累計PVはついに9億を突破!! 全世界が瓜生の生き様に震えている!!
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【準優勝戦・11R:決着】
| 着順 | レーサー | 状況 | 備考 |
| 1着 | 速水 誠 | 三冠王手 | 瓜生が開いた最短航路を「金属性」の伸びで突き抜ける。 |
| 2着 | 西野 貴志 | 優出決定 | 混乱の隙を突く、熟練のハンドルさばき。 |
| 3着 | 瓜生 俊樹 | 執念の連対 | ダンプで大破寸前ながら、驚異の立て直しで3着。 |
| 着外 | 大宮 忠志 | 予選落ち | 機獣の自爆による衝撃で失速。 |
レース後、ボロボロになったボートと共にピットに戻ってきた瓜生を、誠は涙を堪えきれずに迎えた。
「俊樹……ありがとう」
「……よせ。俺はただ、邪魔なゴミを掃除しただけだ」
瓜生はぶっきらぼうに言いながら、ヘルメットを脱いだ。その顔には、大宮のバリアを突き破った際の激しいG(重力)による内出血が浮かんでいたが、その目はかつてないほど澄んでいた。
「誠。俺にマブイはないが、お前の『黄金』が本物であることはわかる。明日の優勝戦、神戸の空を……尼崎のこの静かな水面を、お前の光でいっぱいに輝かせてこい」
瓜生の膝の上で、パスタがシロに向かって「フガッ(よくやった。あとは任せた)」と、誇らしげに鼻を鳴らした。
シロもまた、瓜生の闘志を称えるように、その足元にそっと寄り添った。
「 俺、絶対に勝つ。俊樹の繋いでくれたこの道を、三冠まで走り抜けるぞ!!」
誠の39号機から放たれる黄金のマブイは、金属性の硬度を得たことで、もはや何者にも遮られない「意志の光」へと進化していた。
尼崎の夜が明ければ、いよいよ最終決戦。
大宮家の総帥、大宮蝶子が待ち構える優勝戦が幕を開ける。
「あかり、あおい、シロ……、そして俊樹。みんなの想い、全部背負って飛ぶっす!!」
誠の叫びが、夜の尼崎に高く響き渡った。




