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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第5部:グランプリへの道

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離陸の滑走路、静寂の暗殺者

 2030年8月27日、午後4時。長崎県、大村競艇場。

 予選二日目を迎えた大村湾は、昨日までの穏やかなガラスの水面を捨て、牙を剥き始めていた。満潮に向かう潮の流れが湾外からの重厚な海水を押し込み、水面の浮力はさらに増大。通常のプロペラ調整では、加速しようとするたびに機体が跳ね、マブイが水面に霧散してしまう。

「大村モーターボート記念杯、予選第8レース! ……見てください、この異常な光景を! 全艇がインコースを嫌い、ホームストレッチの遥か後方、60メートルハンデラインへと一斉に艇を下げ始めました!!」

 実況の絶叫が、場内に集まった数万人のファン、そして世界中のネット視聴者の熱狂を代弁する。通常、競艇において1コースは最短距離を走れる聖域だ。しかし、この日の大村は違った。あまりに強い浮力が、低速での旋回をただの漂流に変えてしまう。勝機を見出すには、遥か後方から助走を取り、機体を水面から離陸させるほどの爆発的な加速が必要だったのだ。

「予選第8レース、スタート展示! 全艇ダッシュ選択! 60メートルラインに5艇が横一線に並ぶ、からくり競艇史に残る異常事態だぁぁ!!」

 1号艇の速水誠は、愛機39号機のチルトを跳ね上げ、スーと共にその狂気のラインに並んでいた。隣を見れば、そこにはマブイを持たない「属性ゼロ」の猛者たちが不敵な笑みを浮かべている。

「誠、ここからの景色は格別バイ。マブイ0の俺たちが、どうやって重力と浮力を味方にするか、よーく見とけ」

 山口支部の熱い先輩であり、マブイゼロの絶対的なベテラン・平野一貴が静かにエンジンを吹かす。その横には、俺の親友である瓜生俊樹。瓜生は愛犬パスタの頭を優しく撫でながら、一切の雑味がない集中力でスロットルを握りしめていた。

 さらにその外側には、東京支部の刺客・濱田一翔。愛クワの黒チワワ「らん」をコクピットに乗せ、不敵に牙を剥く。

 マブイを持つ者と持たぬ者。黄金の輝きと、無色の鉄槌。60メートルの助走区間は、まさに生死を分かつ滑走路だった。

 【からくり競艇公式YouTube『カササギ』Template更新】

 > 【60mの決闘】満潮の大村湾、全艇がインを捨て60メートルラインへ結集! 前代未聞の超高速ダッシュバトルを前に、世界中のタイムラインが完全凝視!!

「大時計の針が動く! ……3、2、1、スタートォォ!!」

 号砲と共に、60メートルから加速した艇たちが、時速100キロを超える弾丸となって1マークへと突っ込む。水面を叩く衝撃音が雷鳴のように響き渡る中、突如として、その音が消失した。

「……消えた!? 2号艇の石田、音がしない!!」

 東京支部の刺客・石田健太郎の奥義『ナイトサイレンサー』だ。彼は大村湾の強い浮力を逆手に取った。マブイを完全に遮断し、排気音すら特殊なサイレンサーで消した石田の艇は、時速100キロの猛加速の中でも一切の飛沫を上げず、水面と空気の隙間を滑るように最短距離を突き進む。

 摩擦係数ゼロ。重力と浮力が完璧に相殺された石田の走りは、爆音を響かせる俺たちのセンサーをあざ笑うかのように、1マークの内側を音もなく刈り取りにかかった。

 石田の静かな差しに対し、外側から暴力的な旋回を仕掛けたのは濱田一翔だ。

「らん、跳ぶぞ! 黄金の三冠王を、江戸の華で飲み込んでやる!」

 濱田の31号機が海面をV字に切り裂く。奥義――『Vモンキー』。大村の重い海水が巨大な扇状の壁となり、1号艇である俺の視界を完全に奪い去った。

「くっ……視界ゼロだ! でも、スーには見えてるよな!?」

 フゴォォォォン!!

 足元のスーが黄金の瞳を見開き、俺の脳内に直接、最適な航路を投影した。俺は野田あかりが整備した蔵野家伝来の金属性パーツを最大共鳴させた。跳ね上げた39号機が、60メートルからの加速エネルギーをすべて上昇力へと変換する。

 奥義――『スカイ・ハイ・大村カスタム』!!

「誠、飛んだぁぁぁ!! 石田の静寂を、濱田のV字を、上空から飛び越えようというのか!!」

 黄金の軌跡を描き、俺の機体が宙を舞う。

 しかし、空は安息の地ではなかった。その時、イヤーモニターの無線に、他会場にいるはずのあかりが昨夜仕込んだ超音波センサーの自動システムが、彼女の残音と共にけたたましく警告を鳴り響かせた。

『師匠!! 前を見ちゃダメっす! マブイの波じゃなく、うちが仕込んだ超音波の反響で、石田の無音の隙間を感じるっす!!』

「あかりのセンサー……これか!!」

 だが、眼下の水面では、平野先輩と瓜生が待ち構えていた。彼らネービラ組は、マブイを一切使わない重量級の走りで、水面に重い引き波の罠を発生させていたのだ。

 上空からは濱田の『Vモンキー』が放った何十トンもの巨大な水壁が、空中を舞う俺の39号機を物理的な質量となって叩き落とそうと牙を剥く。そして着水点には、平野先輩たちの凶暴な引き波の罠。

 着水した瞬間、その水壁に叩き潰されるか、引き波に足元を掬われれば、金属性の39号機はただの鉄屑となって大村の深淵に沈む。黄金の龍が、着水直前の空中ですべての退路を断たれた、まさに絶対絶命の瞬間――!

 四冠への道。音を消した暗殺者、石田健太郎の背中を捉える前に、俺たちはこの大村の海の洗礼に、完全に押し潰されようとしていた。

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