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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第2章:駆け出し編

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第17話:ギャル、弟子入りにつき

 2028年1月28日。山口県、下関競艇場。

 優勝戦前夜のピットは、深夜になっても異様な緊張感に包まれていた。数日前、九州の二大巨頭である大峰幸太郎と西野貴志に「愛」と「強襲」の極意を叩き込まれ、さらには首席ルーキー・野田あかりの圧倒的な潜在能力を目の当たりにした速水誠は、言いようのない焦燥感の中にいた。

 今の「等身大の走り」は、確かに安定している。しかし、それは裏を返せば、格上の暴力的なマブイに屈服することを前提とした守りの姿勢ではないか。

 誠は一人、薄暗い作業灯の下で39号機と向き合っていた。

 「……俊樹、これを見てくれ」

 影から現れた瓜生俊樹に、誠は自作の金属パーツを差し出した。それは、通常最大3.0が限界であるチルト角度をさらに跳ね上げるための特製スペーサーであった。

 「チルト3.5か。……誠、正気か?」

 瓜生の声が、静かなピットに鋭く響く。

 「3.0ですら制御不能で福岡の海に叩きつけられたんだぞ。3.5なんて、もはやボートの姿勢じゃない。ただの自殺志願者の角度だ」

 「わかってる。でも、俺の1,000のマブイを『一点』に凝縮して、シロの浄化能力で水面の抵抗を極限まで消せば、この角度でも水面を叩けるはずなんだ。……飛ばなきゃ、勝てない相手がいる」

 誠の瞳には、かつての迷いはなかった。足元ではシロが静かに歩み寄り、プロペラ付近に鼻を寄せた。シロの体から淡い光が溢れ、過剰な負荷がかかるボルトやシャフトを包み込んでいく。神獣の加護が、物理法則の限界を超えようとする機体を、辛うじてこの世界に繋ぎ止めていた。

 翌朝、ピットに現れた野田あかりは、誠の機体を見て、手に持っていたタピオカドリンクを落としそうになった。

 「えッ、待って、マジ!? 先輩、その角度……バグってない? 物理法則が死んでるんだけど!」

 あかりの叫びを聞きつけ、神田真琴が泣きそうな顔で駆け寄る。

 「誠さん、そんな危ないことしないでくださいよぅ! また怪我したらどうするんですかぁ!」

 一方、守屋あおいは、遠くから無言で誠の背中を見つめていた。その目は、心配で胸を締め付けられながらも、勝負師として一線を越えようとする男への深い敬意を宿していた。彼女にはわかっていた。今の彼に何を言っても無駄であり、そして、これこそが速水誠というレーサーの本質であることを。

 優勝戦当日。展示航走で39号機が水面に降ろされた瞬間、場内は一瞬静まり返り、次の瞬間に地鳴りのような大どよめきが起きた。機首が異常なほど天を向き、もはや低空飛行する航空機のような姿勢。水面を走るというより、尾翼を水に引っ掛けて飛んでいるような危ういバランスだ。

 「およよ……誠くん、あんたそっは『空』ば飛ぶつもりね!?」

 大峰が目を丸くして叫ぶ。

 「面白い……! 4カドの俺を、外から捲ろうってわけか! 上等たい、誠!」

 西野も不敵な笑みを浮かべ、マブイを猛らせた。

 「大時計、始動!」

 12秒計が回転し、60,000、80,000といった巨大なマブイが水面を沸騰させる。1号艇の大峰幸太郎が83,000マブイを全開にし、盤石の逃げ態勢に入ろうとした、その瞬間であった。

 「……ッ!? エンジンが、泣いとる……?」

 大峰の表情が凍りついた。夏の酷暑からの連戦、そして最大出力での連続負荷。大峰の愛機のメインボイラーが微細なクラックを起こし、真っ白な蒸気を吹き上げて完全停止した。

 「およよ……嘘やろ……」

 絶対王者の機体が、第1マーク手前で力なく浮遊する。ピットではあかりが叫んでいた。

 「大峰さんが止まった!? 誠先輩、避けて!!」

 エンストした機体からは、制御を失った巨大なマブイが渦となって漏れ出し、後続艇を飲み込もうとしていた。しかし、誠に迷いはない。

 「シロ、俊樹、行くぞ……! 俺たちは、壁を越える!」

 誠がチルト3.5のレバーを限界まで引き絞る。

 「山口・千変万化――飛翔!!」

 異常な揚力が発生し、39号機の機首が完全に水面を離れた。誠はエンストした大峰の機体と、そこから漏れ出すマブイの激流を、文字通り「飛び越えた」のである。

 西野の目の前を、誠の機体が巨大な影となって横切る。

 「飛びやがった……! あの野郎、本当に行きやがった!」

 着水の衝撃は凄まじいものであった。しかし、シロのマブイクッションが誠の脊椎を保護し、機体は死に物狂いで水面を捉えた。最短距離で第1マークを旋回し、誠は独走態勢へと入った。

 チェッカーフラッグが振られた瞬間、下関のスタンドからは割れんばかりの歓声が上がった。2着の西野に5艇身以上の差をつけ、誠はゴール板を駆け抜けた。

 レース結果:1着 速水誠。

 表彰式を終え、初優勝の重みを噛み締めながらピットに戻った誠。そんな彼を待っていたのは、興奮で顔を上気させた野田あかりであった。

 「誠センパーイ!! マジ、マジでヤバかったっしょ! あのジャンプ、語彙力消失するレベルでエモかったんだけど!」

 あかりはタピオカを放り出し、泥だらけの誠の前に膝をついて深々と頭を下げた。

 「あたし、首席とか言って天狗になってたわ。でも、先輩の1,000のマブイが80,000オーバーを文字通り飛び越えたのを見て、マジで目が覚めた。……誠先輩! あたしを、あたしを『一番弟子』にしてほしいっしょ!」

 「ええッ!? 弟子って……俺、まだ自分のことで精一杯だし、野田さんの方がマブイ量も多いじゃないか」

 困惑する誠。そこに守屋あおいが割って入る。

 「ちょっと待ちなさいよ! 誠くんはまだ自分の調整だって危ういのに、教えられるような立場じゃ……!」

 「誠さんの弟子なら、同じ名前の私がふさわしいです〜!」

 神田真琴も参戦し、ピットは再び騒がしい喧騒に包まれた。その時、シロがあかりの足元に歩み寄り、彼女の右足にそっと鼻先をつけた。

 「あ……なんか、あったかい……」

 あかりの内にあった、他人を見下すような傲慢なマブイが浄化され、真っ直ぐな向上心へと書き換えられていく。シロは満足そうに一度吠えると、誠の足元に戻った。

 「……シロが認めたみたいだな。わかった、野田さん。俺に教えられることがあるかわからないけど……一緒に頑張ろう」

 「マジ!? やった! さっそく誠師匠の39号機、あたし流にデコってもいい? 蛍光ピンクのLEDとか仕込んで……」

 「それはダメだ!!」

 2028年シーズン。何度も挫折し、病院のベッドで悔し涙を流した誠が、ついに掴んだ優勝旗。それは「持たざる者」が空を飛んだ、新たなる伝説の始まりであった。

 関門海峡の風を受けながら、誠は次なる高み――SGの舞台を見据えた。傍らには、自分を信じてくれた最高の仲間たちと、神獣の咆哮が響いていた。

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