ギャル、弟子入りにつき
第17話:ギャル、弟子入りにつき
2028年1月28日(水)、下関優勝戦前夜。
九州二大巨頭の口論と首席ルーキー野田あかりの圧倒的なパワーに晒された誠は、今の「等身大の走り」では2028年の荒波を越えられないと確信していた。
深夜のピットで一人、39号機と向き合う。
「……俊樹、これを見てくれ」
誠が指し示したのは、通常最大3.0が限界のチルト角度をさらに跳ね上げる特製スペーサー――チルト3.5。
瓜生が珍しく声を荒らげる。「チルト3.5か。誠、正気か? 3.0ですら制御不能で落水したんだぞ」
「わかってる。でも、今の俺の1,000のマブイを『一点』に凝縮すれば、この角度でも水面を叩けるはずなんだ」
シロが静かに歩み寄り、プロペラ付近に鼻を寄せて過剰負荷のボルトを浄化するように光を包む。
翌朝、整備中の機体を見た野田あかりはタピオカドリンクを落としそうになる。
「えっ、待って、マジ!? 先輩、その角度……バグってない? 物理法則死んでるんだけど!」
神田真琴が泣きつき、守屋あおいは無言で誠の背中を見つめ、胸を締め付けられる。
優勝戦当日。
展示航走で39号機が水面に降ろされると、場内がどよめく。機首が異常なほど浮き上がり、もはや「低空飛行する航空機」のような姿勢。
大峰が目を丸くして叫ぶ。「およよ……誠くん、あんたそっは『空』ば飛ぶつもりね!?」
西野もニヤリ。「面白い……! 4カドの俺を、外から捲ろうってわけか!」
「大時計、始動!」
12秒計が回転し、各機が加速。1号艇の大峰が83,000マブイで盤石の逃げ態勢に入ろうとした瞬間――
「……ッ!? エンジンが、泣いとる……?」
夏の酷暑と連戦の疲労でメインボイラーが微細なクラックを起こし、白煙を上げて完全停止。
「およよ……嘘やろ……」
「あかりの叫びがピットに響く。「大峰さんが止まった!? 誠先輩、避けて!!」
しかし誠に迷いはない。「シロ、俊樹、行くぞ……! 俺たちは、壁を越える!」
チルト3.5を全開にし、機首をさらに跳ね上げ、上方へ推進力を偏向。異常な揚力でエンストした大峰の機体と漏れ出した巨大マブイの渦を文字通り「飛び越え」、最短距離で1マークへ突っ込む。
西野の目の前を誠の機体が「影」となって通り過ぎる。「飛びやがった……! あの野郎、本当に行きやがった!」
着水の激しい衝撃をシロのマブイクッションが守り、誠は独走態勢へ。2着の西野に5艇身以上の差をつけてゴール板を駆け抜けた。
レース結果:
1着:速水誠(山口)
2着:西野貴志(福岡)
失格:大峰幸太郎(大分)※エンストによる
表彰式を終え、初優勝の重みを噛み締めながらピットに戻った誠を待っていたのは、興奮で顔を上気させた野田あかりだった。
「誠センパーイ!! マジ、マジでヤバかったっしょ! あのジャンプ、語彙力消失するレベルでエモかったんだけど!」
あかりはタピオカを放り出し、深々と頭を下げる。「あたし、首席とか言って天狗になってたわ。でも、先輩の1,000のマブイが80,000オーバーを飛び越えたのを見て、マジで目が覚めた。……誠先輩! あたしを『一番弟子』にしてほしいっしょ!」
誠が困惑する。「ええっ!? 弟子って……俺、まだ自分のことで精一杯だし、野田さんの方がマブイ量も多いじゃないか」
瓜生はシロを抱き上げ「……勝手にしろ」と他人事。守屋あおいが割って入り「ちょっと待ちなさいよ! 誠くんはまだ教えられるような立場じゃ……!」
神田真琴も参戦。「誠さんの弟子なら、同じ名前の私がふさわしいです〜!」
騒ぎを見かねたシロがあかりの足元に歩み寄り、右足に鼻先をつける。
「あ……なんか、あったかい……」
あかりの自信過剰なマブイが浄化され、素直で純粋な「向上心」へと変わる。
シロが満足そうに一度吠えると、誠の足元に戻った。
「……シロが認めたみたいだな。わかった、野田さん。俺に教えられることがあるかわからないけど……一緒に頑張ろう」
「マジ!? やった! さっそく誠師匠の39号機、あたし流にデコってもいい?」
「それはダメだ!!」
プロ入り後、何度も挫折し入院まで経験した誠が、ついに掴んだ悲願の初優勝。
2028年シーズン、最初の優勝旗は山口の速水誠の手に渡った。
そして、新たな弟子との絆が、ここから始まろうとしていた。




