三冠の戴冠、氷解の誓い
2030年8月27日。兵庫県、尼崎競艇場。
夜空を貫くカクテル光線が、黄金に染まる静水面を狂おしく照らし出す。『大宮橋右衛門杯』優勝戦、最終周回第2マーク。
「大峰が来ている! 大峰が来ている!! 佐賀の絶対王者・大峰幸太郎、残されたマブイを全弾装填! 噴煙の龍となって速水誠の背中を捉えたぁぁ!!」
実況の絶叫が、地鳴りのような歓声にかき消される。
バックストレッチ、1号艇・速水誠のわずか半艇身後ろ。3号艇・大峰幸太郎の機体からは、水面を焦がすほどの黒銀のマブイが溢れ出し、物理的な圧力となって39号機を押し潰そうとしていた。
「若造……三冠の重み、その身に刻んで散るバイ!!」
大峰の咆哮と共に、彼の放つ『奥義:噴煙・不動明王』が俺の視界を真っ黒に染め上げる。
俺の鼓動が速まる。三冠まで残り数十メートル。だが、その数十メートルが、永遠の奈落のように遠く感じられた。プレッシャーと大峰の闘気に当てられ、俺の指先がわずかに震える。その時だった。
「フゴォォォォォォォォォォン!!!」
足元で、黄金の獅子と化したスーが、尼崎の夜を切り裂く咆哮を上げた。その咆哮は、俺の心に直接流れ込む。
そこには、徹夜でグリスまみれになりながら「師匠、勝ってこい!」と笑ったあかりの顔があった。準優勝戦で身を挺して道を切り拓いた瓜生の、無色の背中があった。そして今、自らの氷で俺を守るように背後に壁を作り、大峰の噴煙を食い止めているあおいのマブイの温もりがあった。
「……負けない。これは俺一人の勝利じゃない……俺たちの、三冠だ!!」
俺の全神経が覚醒した。39号格のスロットルを底まで踏み込むと、あかりが整備してくれた蔵野家伝来の金属性補強パーツが黄金マブイと120%の共鳴を起こした。機体全体がまばゆい光の矢へと変貌する。噴煙を斬り裂き、重力を置き去りにし、39号機は次元を超えた加速でゴールラインを突き抜けた。
「速水誠、三冠達成!! 江戸川、備前、 Palestine そして尼崎! 24歳にしてトリプルクラウンの称号を手にしたぁぁぁ!!」
その瞬間、尼崎競艇場の時計塔の封印が解かれた。数万匹の整備蛍が夜空へと放たれる。からくり技術の結晶である光の虫たちが、夜の尼崎を黄金色の絨毯で埋め尽くし、新王者の誕生を祝福するように舞い踊った。
ピットに戻ってきた39号機。俺はヘルメットを脱ぎ、溢れる涙をグローブで拭った。
「あかり……やった。スー、俺たち勝ったんだ……」
観客の歓声、フラッシュの嵐。その喧騒を割って、一艘の機体が荒々しく接岸した。2着。死闘を繰り広げた守屋あおいである。彼女は機体から飛び降りるなり、俺に向かって真っ直ぐに歩んできた。まだ防護服からは氷のマブイが蒸気となって立ち上り、彼女の顔は怒っているのか照れているのか判別不能なほど真っ赤に染まっている。
「誠くん……」
「あ、あおい! ありがとう。あおいさんの援護がなかったら、俺……」
西野先輩も、児玉さんも、整備の手を止めたあかりも、そして敗北した大峰さんさえもが息を呑んで二人を見つめる。あおいは俺の胸ぐらをグイと掴み、至近距離までその顔を寄せた。
「三冠、本当におめでとう。……でも、私の心は、誠くんが三冠獲るまでずっと凍りついたままだったわ。……わかる?」
「えっ、えっと……」
「誠くんが三冠獲ったら、一番に言おうって決めてた。……私を、速水誠の専属ペアボートにしてほしい! つまり……私と、結婚してください!!」
一瞬、尼崎競艇場に完全な静寂が訪れた。そして一秒後、爆発したような歓声が沸き起こった。
「返事は『はい』か『イエス』!! 優勝戦の1マークの差しよりも鋭い返事を聞かせて!」
あおいの瞳には、どんな機獣の襲撃よりも強い覚悟の光が宿っていた。
俺は顔を火が出るほど赤くし、しどろもどろになりながら助けを求めるように足元を見た。そこには、あおいの愛犬ヘラと、いつの間にか仲良く鼻を寄せ合って寄り添うスーの姿があった。スーは俺を見上げ、「フゴッ!」と、いい加減腹を括れと言わんばかりに、慈愛に満ちた声で鳴き、俺の膝を鼻先でポーンと押した。
俺は覚悟を決めた。目の前の、氷のように冷徹で、誰よりも熱い情熱を持つ女性の手を、そっと握り返した。
「あおい。俺、不器用で、からくりと犬のことしか頭にないバカだけど……あおいの隣が、一番落ち着く。三冠だけじゃなく、俺の人生の1マークも、一緒に旋回してほしい。……よろしくお願いします!!」
「……っ、バカ……遅すぎるよ、誠!!」
あおいが俺の胸に飛び込み、二人は整備蛍の光の中で強く抱き合った。その瞬間、尼崎競艇場はこの日一番の、震天動地の大歓声に包まれた。
【からくり競艇公式YouTube『カササギ』Template更新】
> 【奇跡のダブル戴冠】速水誠、歴史的三冠達成&公開プロポーズ受諾! 黄金の龍と氷の女王が紡ぐ新神話に、世界中のタイムラインが完全崩壊!!
「おい、行くバイ!! 三冠王と花嫁のダイブバイ!!」
西野貴志が豪快に笑いながら、俺とあおいを抱え上げた。
「披露宴のダンプは勘弁してやるが、水神祭のダンプは逃さんけんね!!」
瓜生俊樹も、ボロボロの体でパスタを抱きながら、優しく微笑んでいた。
「せーのっ!!」
男たちの野太い咆哮と共に、俺たちと二匹の犬の身体が宙を舞った。ドボォォォォォン!! 尼崎の静水面に、真っ逆さまに放り込まれる。
凄まじい水しぶき。だが、着水した瞬間に、カクテル光線と整備蛍の光が水面を黄金色に染め抜き、俺たちの身体を温かく包み込んだ。俺は水中であおいの手を固く握りしめた。
からくり競艇。それは魂と機械のぶつかり合い。しかし、最後に歴史を動かしたのは、誰よりも強く相手を想うマブイの力だった。
夜空を仰げば、尼崎の空に黄金の龍と氷の鳳凰が仲睦まじく舞い上がるかのように、光の虫たちが煌めいていた。最愛の人への変わらぬ誓いを胸に、俺は静かに、しかし最高に不敵な笑みを浮かべた。俺たちの伝説は、ここからさらなる神話のページ、年間四冠へと続く大村の風の中へと、爆音と共に突き進んでいく。




