第160話:黄昏の王、黄金の三連覇 ― 万衆衆魂祭・大団円 ―
2030年5月14日、17時35分。
岡山・備前競艇場、最終12レース・優勝戦。
瀬戸内の水平線に巨大な落日が溶け落ち、空が燃えるような茜色から深い群青へと塗り替えられる、その魔法のような数秒間。場内の照明柱が一斉に「カクテル光線」を放ち、水面は朱色と人工的な白光が混ざり合う、異様な色彩の戦場へと変貌した。
実況の声が、4億8,000万を超えた累計PVの熱狂と共に響き渡る。
「バックストレッチ、速水誠と守屋あおい、山口の双璧が鼻先を並べて激走! しかし背後から愛知の新星・岡野、佐賀の龍王・大峰が猛追! 運命の最終2マーク、誰がこの混沌を制するのか!!」
誰もが、前を行く三艇の争いに目を奪われていた。
「誠くん!」と必死に隣を睨むあおいの叫びも、デートの権利を賭けて目を血走らせる岡野の全速旋回も、そして風速4メートルの斜め追い風という魔物さえも――その直後、背後に音もなく忍び寄った「真の脅威」によって、すべてが飲み込まれようとしていた。
「……悪いな。この瞬間、光と闇が入れ替わる『逢魔が時』を待っていたんだ」
6号艇、東京支部の「夜の帝王」石田健太郎。
カクテル光線が水面を刺した瞬間、彼の体内にある「夜のマブイ」が臨界点を超えて強制発動した。
『奥義:ナイトサイレンサー(極)』
1マークの混乱で大きく外へ振られ、最後方に置かれていたはずの石田の漆黒の機体は、今や物理的な摩擦を一切無視するかのように、水面を滑る影と化していた。エンジン音すら消音され、先行する誠たちの耳には、ただ風の音だけが聞こえる。
石田は、2マークで風に翻弄され膨らんだ誠とあおいの「わずか数センチの隙間」を、死神の鎌のように、最短最速の差しで狙い澄ました。
膝の上のパグ・ミヤビが、暗視ゴーグル越しに「フガッ!」と合図を出す。石田の手が、勝利を確信してレバーをさらに握り込んだ。
「チェックメイトだ、速水誠」
しかし、石田の計算には、わずか一行の「ノイズ」が含まれていた。
備前の地形が作り出す、4メートルの十字風。それが1マークの追い風から、2マーク付近で複雑な「旋回流」へと変質していたのだ。
「なっ……風のマブイ抵抗が、計算より強すぎる!? スキルの同調が……コンマ数秒、外れた……!!」
夜王の「闇」が誠の黄金を完全に飲み込む直前、石田の機体は風の渦に煽られ、その切っ先がわずかに震えた。そのコンマ数秒の遅れが、勝負のすべてを分かつ。
「石田が来た! 闇の刺客が内側を抉り抜く! 誠、絶体絶命か!?」
誠の背中に、冷や汗が流れる。
だが、その瞬間、膝の上のシロが誠の胸に頭を強く押し当てた。
「フゴォォォォォン!!(誠、風を喰え! 闇に飲まれる前に、光を爆発させるぞ!!)」
シロのマブイが誠の心臓と共鳴し、39号機のエンジンから黄金の炎が噴き出した。
誠はあえて舵を真っ直ぐに固定した。石田の差しを警戒して守るのではなく、風に背中を押させ、その推進力のすべてを直線スピードに変換したのだ。
「うおおおおお! 行くぞ、シロ!!」
黄金のマブイが風の渦を切り裂き、39号機は水面から数ミリ浮き上がるような「極低空飛行」へ移行。石田の漆黒の爪が届くよりも早く、誠の機体はゴールラインへ向かって文字通り「弾け飛んだ」。
「誠、逃げる!! 石田健太郎が背後から死神の如く迫るが……届かない! 届かない!! 誠、わずかコンマ02秒の差で、闇を振り切ったぁぁ!!」
――ゴールイン!!
1着、速水誠。
2着、石田健太郎。
3着、守屋あおい。
備前競艇場のスタンドは、地鳴りのような「マコトコール」に包まれた。2020年代に始まった「万衆衆魂祭」において、前人未到、そして今後破られることはないであろう「三連覇」が達成された瞬間であった。
シロが機体の上で立ち上がり、「フゴフゴ!」と誇らしげに空へ向かって吠え、その声は瀬戸内の夜空へと響き渡った。
ピットに戻ってきた誠を、真っ先に迎えたのは、ヘルメットを脱ぎ、悔し涙を浮かべながらも微笑む守屋あおいだった。
「……おめでとう、誠くん。三連覇なんて、本当にかっこよすぎ。……でもね!」
あおいは指を誠の鼻先に突きつけ、頬を膨らませた。
「2マークで私を置いていくなんて、非情すぎる! 明日のデートでは、たっぷりお返しさせてもらうからね! 私の『全速エスコート』、覚悟しておきなさい!」
「あ、あおい……もちろん。あおいさんと一緒に走れたから、三連覇できたよ」
誠の不器用な言葉に、あおいは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
一方、2着に敗れた石田健太郎は、愛犬ミヤビの頭を優しく撫でながら、誠のもとへ歩み寄った。
「完敗だ、速水誠。朝の弱さを突かれただけでなく、夜の闇の中でさえ風を味方につけるとは……。君こそが、今の競艇界に射し込む本物の『光』だよ。……次は、江戸川の濁流の中で会おう」
夜王は、清々しい表情で去っていった。
さらにその横では、5着に沈んだ岡野銀太が、鎌倉明奈に「次は負けないわよ、銀太くん。でも……デートの約束は生きてるわ」と頬をツンと突っつかれ、あまりの幸福感に鼻血を出してその場に倒れ込んでいた。
からくり競艇公式YouTube『カササギ』最終PV確定
> 【伝説の三連覇】速水誠、闇の刺客をコンマ02秒で振り切り備前を統一! 累計PVは史上最高の5億を突破!! サーバー停止の危機を乗り越え、物語は歴史に刻まれた! そして……全ユーザーが注視する『ダブルデート』の行方はどうなる!?
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【万衆衆魂祭・最終確定結果】
| 順位 | レーサー | 支 部 | マブイ残量 | 備考 |
| 優勝 | 速水 誠 | 山口 | 0.5% | 三連覇の偉業。黄金のマブイが備前の伝説に。 |
| 2着 | 石田 健太郎 | 東京 | 10% | 夜の王の執念。風の読みでわずかに及ばず。 |
| 3着 | 守屋 あおい | 山口 | 15% | 悔しさを胸に、明日のデートを完全制覇へ。 |
翌日、備前の古い蔵が立ち並ぶ美しい町並み。
そこには、昨夜の殺気立ったレーサーの面影を消し、少し照れくさそうに私服姿で並んで歩く誠とあおいの姿があった。
足元では、誠に似た蝶ネクタイをつけたシロと、あおいとお揃いのリボンをつけたヘラが、尻尾を振りながら仲良く歩いている。
「誠くん。今日は私がリーダーね。リーダーの言うことは絶対!」
「あおい。どこへでもついていくよ」
「よろしい。まずは……あそこの超大盛りフルーツパフェ屋から全速旋回で行くよ! 乗り遅れないでね!!」
あおいは誠の手をギュッと握ると、昨日までの氷の女王とは思えないような天真爛漫な笑顔で走り出した。
「あ、あおいさん! そんなに急いだら転ぶよ! シロ、ヘラ、待って!!」
誠の「持たざる者」の物語は、一つの大きな頂(三連覇)を越え、また新しい、少し照れくさくて温かい一歩を踏み出した。
備前の風は、今日も黄金色に輝く彼らの背中を、優しく押し続けていた。




