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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第5部:グランプリへの道

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毒素のクレンジング、無垢なる黄金


 2030年8月1日。兵庫県、尼崎競艇場。

 予選第6レース、速水誠が見せた空中結界粉砕の余韻は、スタンドの地鳴りのような歓声となって未だ収まる気配がなかった。空中で大宮忠志の『盾甲虫』を突き破り、黄金の尾を引いてトップゴールを決めたその姿は、尼崎の静水面に新たなる伝説を刻んだといえる。

 しかし、戦場から帰還した俺を待っていたのは、手放しの賞賛ではなかった。ピットで待機していたのは、別会場のレディース戦の過酷なスケジュールの合間を縫い、俺の機体の異常ログを感知して極秘裏に駆けつけた専属メカニック――野田あかりが、眉間に深い皺を寄せて仁王立ちしていたからだ。

「師匠! お疲れさまっす! でも、喜びの舞を踊ってる暇なんて1秒もないっすよ! 今すぐそこどいてくださいっす。39号機を全バラにするっす!!」

 俺がコクピットから降りるよりも早く、あかりは手慣れた手つきでメインカウルに外部接続端子を叩き込み、愛用のタブレットで機体のログをスキャンし始めた。

「あかり……そんなに酷い状態なのか?」

 俺はヘルメットを脱ぎ、機体の惨状を改めて見渡した。黄金のマブイを纏っているため一見輝いてはいるが、カウルの一部は盾甲虫との激突で拉げ、関節部からは不自然な蒸気が漏れ出している。

「『盾甲虫』にぶつかった時の衝撃、G換算で通常の旋回の3倍はかかっているっす。そのせいでボイラーの主蒸気配管にマイクロクラックが走りまくっているっすよ。このまま走っていたら、次の1マークで機体が空中分解していたっす。……でも、一番ヤバいのは物理的な破損じゃないっす。これっすよ」

 あかりは防護用のピンセットを使い、駆動系の隙間に深く食い込んでいた何かを慎重に引き抜いた。それは、大宮忠志が放った『寄生蜂』の針の残骸だった。驚くべきことに、その針は機体の金属を腐食させ、周囲からは不気味な紫色の煙が微かに、しかし絶え間なく立ち昇っていた。

「なっ……まだ残っていたのか」

「大宮の連中、マジでエグいっす。ただマブイを吸い取るだけならまだしも、吸い取った後の空になったエネルギー回路に、マブイの流れを物理的に阻害する特殊な『呪詛ワックス』を流し込んでやがるっす……。これ、人間の血管で言えばドロドロの血栓が詰まっているような状態っすよ。放っておけば、39号機は明日には動かないただの鉄屑っす」

 あかりの言葉に、俺は背筋が凍る思いがした。三冠の覇者として、また黄金のマブイの持ち主として、自分がいかに狙われていたかを痛感した瞬間だった。

「ギャル的に、マジで、一生許せないっす!!」

 あかりはツナギの袖を捲り上げ、工具箱の奥底から自らが開発した秘蔵のケミカル剤を取り出した。

「師匠の純粋な黄金マブイを、こんなドロドロの毒で汚すなんて……。あかりが全部ピカピカに洗浄して、元通りどころか『超絶美肌仕様』にしてやるっす!!」

 俺が仮眠を取るように促される中、あかりの一晩に及ぶ孤独な闘いが始まった。ピットの照明が落とされ、夜の静寂が尼崎を包む。その中で、あかりのブースだけが火花と蒸気、 Alexander そして彼女自身の放つ機械への愛情に満ちたマブイで輝いていた。

 あかりは紫色の腐食毒が回ったパイプの一本一本を、自作の『対虫属性用・高周波洗浄剤』に浸し、超音波で毒素を弾き飛ばしていく。その作業は、かつて阿蘇の山奥で地熱と蒸気を操りながら地熱蜂と共生した伝説の松井一族の姿を彷彿とさせた。あかりの指先は、まるで機械と会話しているかのように滑らかに、そして正確に動く。

「ここも、ここも……師匠が空を飛ぶための大事なパーツっす。絶対に、虫なんかに負けさせないっすよ……」

 煤とグリスで顔を汚し、髪を乱しながらも、あかりの瞳はかつてないほど澄んでいた。

 翌朝。東の空が白み始めた頃。俺がピットに戻ると、そこには昨夜のボロボロな姿からは想像もつかないほど、神々しい光を放つ39号機が鎮座していた。

「終わったっすよ、師匠」

 あかりは真っ黒になったウエスで手を拭いながら、ふらつきながら立ち上がった。

「見てください。ただ毒を抜くだけじゃ、あかりのプライドが許さなかったっす。最新のログを解析して機体のマブイ伝導率を20%引き上げた上で、装甲の表面に特製の『黄金の防虫コーティング』を焼成しておいたっす! これでもう、大宮の汚い蜂も、お前のインコースは地獄だと言わんばかりの盾に弾き返されるっすよ!」

 俺がコクピットに座り、レバーを軽く握る。その瞬間、機体から放たれるマブイの波動が、以前よりも遥かにクリアで、研ぎ澄まされた刃のような鋭さを持っていることを感じ取った。

「あかり……本当に、ありがとう。俺一人じゃ、昨日で終わっていた。お前がいてくれて、本当によかった」

 俺の心の底からの言葉に、あかりは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに「へへ、師匠にそう言われるのが、メカニック冥利に尽きるっす」と、煤で汚れた顔に最高の笑顔を浮かべた。

 【からくり競艇公式YouTube『カササギ』Template更新】

 > 【執念のオーバーホール】野田あかり、深夜の極秘整備で大宮の腐食毒を完全クレンジング! 誠の三冠への道、その黄金の翼を研ぎ澄ます若き天才の技術に世界中のタイムラインが完全大絶賛!!

「師匠……勝ってこいっす! あかりが直した39号機は、世界一っすから! うちはこれから、自分のレディース戦の会場へ戻るっす!!」

「ああ、お前も自分のマブイを燃やしてこい。行ってくる、あかり!」

 あかりは涙を拭い、自らの戦場へと向かうためにピットを後にした。足元の相棒・スーが「フゴッ!」と吼え、黄金の機体が再び夕刻のドリーム戦の水面へと滑り出した。あかりの執念をその身に纏った39号機。この黄金の防虫コーティングがあれば、大宮の虫も、西野の炎も恐るるに足りない。ドリーム戦、全員まとめて俺たちのスピードでぶっちぎってやるぜ!

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