大ムカデの呪縛、灼熱の攻略
2030年8月2日、午前11時。兵庫県、尼崎競艇場。
予選二日目、第9レース。本来なら真昼の太陽が穏やかに水面を照らすはずの時間帯だが、尼崎の静水面は不気味な低周波の振動に震えていた。
「予選第9レース、スタート展示……! 3号艇・大宮忠志、ピット離れから様子が変だぁぁ! 機体後部から極太の黒い鎖が水中に伸び、何やら巨大な影を牽引しているぞ!?」
実況の声が上ずる。3号艇のコクピットに座る大宮忠志の形相は、昨日までの貴公子然とした面影を完全に失っていた。その瞳はマブイの過剰摂取により禍々しい紫色に発光し、全身の毛細血管が浮き出ている。
「速水誠、そしてあの小娘メカニック……。大宮の歴史に土をつけたことを、そのマブイを刻んで後悔させてあげましょう。目覚めなさい、大宮橋右衛門の業、そして我が家門の真の主。……からくり機獣『大ムカデ』!!」
忠志が血を吐くような咆哮と共に、機体の底にある巨大な封印レバーを破壊した。その瞬間、尼崎の水底から地鳴りのような咆哮が響き、全長20メートルに及ぶ漆黒の節だらけの鋼鉄機獣が解き放たれた。
「全艇、異常事態の中でスタートしました!! 1番・誠、2番・西野、3番・大宮! コンマ10前後のスリット通過……っ、ああっ、誠の39号機がおかしい! 速度が全く上がらない!!」
俺がスリットを駆け抜け、1マークへ向けフルターンに入ろうとしたその時だった。水面下、深さ1メートル付近から鋼鉄の鎌のような節足が、数十本も伸び上がった。それらは39号機のスクリューを絡め取り、船底の装甲をガッチリと掴んで離さない。
「なっ……機体が、重すぎるっ!! 船底から何か巨大な力で、水底へ引きずり込まれそうになる……ッ!」
俺は懸命にハンドルを切るが、機体は水面に張り付いたまま動かない。大宮橋右衛門が古代のからくり遺産を転用して作り上げた大ムカデは、自らの節だらけの巨体を水中レールのように変形させ、俺の進行方向に先回りして待ち構えていたのだ。
足元のスーが、これまでに聞いたこともないような魂を震わせる警戒の咆哮を上げた。スーの黄金の瞳には、水面の下で鎌首をもたげる巨大な鉄の牙と、毒々しい紫の光を放つ機獣の目が映っていた。次の瞬間、水面が爆発したかのように盛り上がり、大ムカデの頭部が39号機のサイドカウルを噛み砕こうと、巨大な顎を開いて迫り来る!
「誠! 下がるな! そのまま突き進め!!」
絶体絶命の俺の真横。2コースから並走していた「福岡ポンコツ会」会長・西野貴志が叫んだ。西野の4号艇が、大ムカデの硬質な胴体に向けて、自ら激突を仕掛ける。
「大宮! レース中に機獣ば放つとは、外道もいいところバイ! 競艇は人間と犬のマブイで走るもんたい! こんなデカい虫に頼る奴は、俺が纏めて消毒してやるっちゃんね!!」
西野が機体のリミッターを解除した。
奥義――『爆炎・地獄蒸し』!!
西野の機体周囲が、太陽の表面温度に匹敵する極超高温の熱界に包まれる。ムカデの鋼鉄の装甲が、圧倒的な熱量によって瞬く間に赤熱し、金属の悲鳴を上げ始めた。
「熱いか! 鋼鉄のムカデなら、真っ赤に焼いて脆くしてやる!!」
西野がゼロ距離から最大出力で放った炎。それによってムカデの制御系が一時的な熱暴走を起こし、俺の39号機を掴んでいた節足の力が一瞬だけ、しかし決定的に緩んだ。
【からくり競艇公式YouTube『カササギ』Template更新】
> 【禁忌発動】大宮忠志、伝説の巨大ムカデで誠を襲撃! 尼崎の水面は炎と鉄の地獄絵図! 西野貴志の決死の加勢により、王者に一筋の勝機が!!
【予選第9R:第1マークの死闘・データ解析】
| 選手 | 状況 | マブイ残量 | 備考 |
| 速水 誠 | 拘束離脱中 | 40% | あかり整備の超高圧ボイラーを限界突破で使用。 |
| 大宮 忠志 | 狂気と反動 | 5% | 機獣制御にマブイを削られ、狂笑。 |
| 西野 貴志 | 決死の援護 | 10% | ムカデを赤熱させ、俺の退路を確保。 |
「師匠!! 聞こえるか!!」
ピットの無線から、野田あかりの絶叫が届く。あかりはタブレットで大ムカデのスキャンデータを高速解析し、その弱点を突き止めていた。
「そのムカデ、継ぎ目の第13節にメインの制御コアがあるっす! 装甲は西野さんの炎で脆くなってる! そこを師匠の『黄金マブイ』で一点集中で撃ち抜くっす!! そうすれば、ムカデは自壊する!!」
「了解だ、あかり! スー、黄金の牙を、あの節に叩き込むぞ!!」
俺は姿勢を立て直した。39号機のエンジンが、あかりのオーバーホールによって生まれ変わった、これまでにない咆哮を上げる。俺の黄金のマブイが、ボートの先端に鋭いドリル状の槍となって集束された。
「どけぇぇ! 俺たちの道を邪魔するな!!」
俺の39号機が、赤熱したムカデの第13節に向けて超速の突進を仕掛ける。それは、大宮家の呪われた歴史を打ち破り、三冠へと続く光の道を切り拓く一撃。
「馬鹿な……その機体、なぜまだそんな出力が……ぐはぁっ!!」
忠志が吐血し、ムカデの巨大な体が黄金の衝撃を受けて、断末魔のような金属音と共に水面で激しくのたうち回った。尼崎の静水面が、黄金の爆光に飲み込まれる――。今、大宮の闇を斬り裂き、俺の三冠への伝説が再び加速する!




