第158話:備前の夜に咲く恋、犬たちの「マブイ」 ― 最終調整の裏側 ―
2030年5月12日、深夜23時。
岡山・備前競艇場は、翌日に控えた「万衆衆魂祭・優勝戦」という名の巨大な渦を前に、奇妙な二面性を見せていた。
表向きには静まり返った水面。しかし、ピット内は、翌日の決戦に向けた狂気じみた熱気に包まれている。
金属と金属が激しくぶつかり合う鈍い音。グラインダーがプロペラを削るたびに飛び散る、極彩色の火花。そして、超一流レーサーたちが無意識に放ち続ける、鼻を突くほど濃密な「マブイ(魂)」の香りが、ピットの酸素を希薄にしていた。
その中心部。第2レースと第3レースの作業台は、山口支部の二人が占拠していた。
速水誠と守屋あおい。
二人は一言も交わさない。ただ一心不乱に、手元のプロペラを研いでいる。
誠は、大峰幸太郎に粉砕された自尊心を黄金の輝きへ戻すために。
あおいは、自分自身の想いと、誠を支え抜く覚悟を氷の刃へ変えるいために。
しかし、人間たちが極限の集中力で「個」の世界に没入する一方で、その足元では、飼い主たちよりも一足先に、運命を左右する「決着」がつこうとしていた。
ピットの隅、使い古された木製の整備用具箱が積み重なる影。
そこに、二つの小さな影があった。
一方は、誠の相棒であるペキニーズのシロ。もう一方は、あおいの愛犬であるポメラニアンのヘラである。
「フゴ……フゴフゴ(明日の水面、ただ事じゃ済まないっすね。大峰のじいさんのマブイ、さっきからピットの天井を突き抜けてるっすよ)」
シロが、整備用の木箱の影に腰を下ろし、ヘラに語りかけた。
ヘラは、主であるあおいの昂ぶるマブイを反映したかのように、備前の夜を照らす月光を浴びて、淡く、しかし強く青白く輝いていた。その毛並みは、まるで氷の妖精のようである。
「クゥ……(そうね。あおい様の心拍数も、さっきからレッドゾーンに張り付いたままよ。誠様もあおい様も、マブイが熱すぎて、見てるこっちが火傷しそう。人間って、どうしてあんなに不器用なのかしら)」
ヘラが小さく鼻を鳴らしてシロの横に寄り添うと、シロは少し照れたように「フゴッ」と鼻を鳴らした。
そして、彼は自分の首に巻かれた小さな巾着袋から、宝物のように包まれた「何か」を取り出した。
それは、誠が昼間の騒動の合間に食べ残し、シロが密かに回収していた備前名物「きびだんご」の欠片だった。
「フゴッ(……これ、持っていくっす。ただの団子じゃないっすよ。誠が三連覇への決意を込めた、黄金マブイの結晶が微かに宿ってるっす)」
シロは前脚で、そのきびだんごをヘラの方へと押しやった。
「フゴッ(明日のあおいのターン、氷が割れやすいっす。この黄金のマブイを少し混ぜれば、粘りが出るはずっす。俺の『野生の勘』を込めておいたっすよ)」
ヘラは一瞬驚いたように大きな瞳を潤ませたが、シロの意図を汲み取ると、静かにその団子を口にした。
その瞬間、驚くべき現象が起きた。
ヘラの体内できびだんごが溶けると同時に、シロの「黄金」と、ヘラの「氷青色」のマブイが劇的に反応。二匹の周囲に、黄金の光の粒子と氷の結晶が混ざり合い、美しい二重螺旋を描き始めたのだ。
この「獣たちの同調」は、すぐさま主たちへと波及した。
整備に没頭し、極限の孤独の中にいた誠とあおいの手が、示し合わせたかのように同時に止まった。
「……あれ? シロ、なんだか今、すごく温かい感覚がしたっす。まるで、機体全体に新しいオイルが行き渡ったような……」
「誠くん……私も。ヘラのマブイが、急に静かになって……でも、心の底から力が湧いてくるのを感じるっす」
二人が作業の手を止め、足元を見下ろした。
そこには、銀色の月光の下で、シロとヘラが寄り添い合い、まるでお互いの主人の「恋の成就」と「水面の安全」を祈るように、静かに夜空を見上げている姿があった。
「……あおい」
誠が、オイルで汚れた手を拭きながら、隣のあおいに語りかけた。
「俺、明日のレース、あおいさんにも大峰さんにも負けたくないっす。三連覇、本気で狙ってるっすから。でも……」
誠は一瞬言葉を詰まらせたが、シロが力強く「フゴッ!」と背中を押したのを感じ、意を決して続けた。
「あおいさんと、あの大舞台で隣の枠で走れるのは、すごく嬉しいっす。独りじゃないって思えるっす」
誠の不器用すぎる、だが混じり気のない言葉。
あおいは顔を耳まで真っ赤に染めながらも、逸らすことなく誠の瞳を見つめ返した。
「私も……。でも、勘違いしないでよね。レースはレース! 手は抜かないし、デートの約束も、優勝してこそ意味があるんだから! ……シロくんとヘラに、笑われないような最高のレースをしなきゃ、ね」
二人の視線が重なり、それぞれのマブイが犬たちを媒介にして、かつてない高次元で「同調」を始めていた。
誠の、物理法則を突き抜ける「黄金の加速」。
あおいの、水面を制圧する「氷の旋回」。
対極にある二つの魂が融合し、備前の夜を黄金と青の光で優しく照らした。
からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新
> 【番外編:恋の備前】夜のピットで極秘カメラが捉えた奇跡! シロとヘラの密会と、それを見守る誠とあおいの『絆』に全宇宙が涙! 飼い主顔負けの熱々ぶりに、ファンの間で『ワンコ馬券(2-3、3-2)』の予約が殺到! 累計PVは4億1,000万を突破し、備前はもはや神話の領域へ!!
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【優勝戦・直前気配(人間と獣の分析)】
| 艇番 | レーサー | マブイ気配 / 状態 | 備考 |
| 1 | 大峰 幸太郎 | 龍王の重圧 | 「あいつら、機体のオーラが変わったバイ。犬まで味方につけるとは……」 |
| 2 | 守屋 あおい 氷金の同調 | 誠との同調率30%向上。氷の粘りが異常。 |
| 3 | 速水 誠 | 三連覇の黄金 | 「デート」が重圧から「力」に変換。チルト3度の振動が収束。 |
| 4 | 鎌倉 明奈 | 女王の執念 | 岡野を落とすための鋭角旋回に磨きがかかる。 |
| 5 | 岡野 銀太 | 迷走する恋 | デートを夢想しすぎて知恵熱。だが爆発力は未知数。 |
| 6 | 石田 健太郎 | 夜王の静寂 | パグのミヤビに「お前もあんな風に鳴け」と言い、全力で無視される。 |
5. 決戦への序曲
深夜、ピットを去る際、誠はシロを抱き上げ、遠くで波打つ備前の水面を見つめた。
「シロ。明日は、今までで一番高いところへ飛ぶっすよ。……あおいさんと一緒に」
シロは「フゴッ」と短く、だが誇らしげに返事をした。
その横では、ヘラを抱きかかえたあおいが、どこか清々しい表情でヘルメットを磨き直していた。
明日、大時計の針がゼロを指すとき。
そこにあるのは、単なるギャンブルの対象としてのレースではない。
マブイを捧げ、愛を叫び、宿命を越えようとする者たちの、魂の叙事詩である。
「万衆衆魂祭」最終日。
備前を黄金に染めるのは、王者の意地か、それとも若き二人の絆か。




