第154話:恋の備前、狂乱の8レース ― 嫉妬の氷結と恋心の点火 ―
2030年5月11日、午前11時20分。
第8レース・予選。備前競艇場のピット裏待機室は、初夏の外気温とは裏腹に、極地の永久凍土さえも凌駕するほどの「超低温」に包まれていた。
その冷気の源は、山口支部の女王・守屋あおいである。
彼女は愛犬であるポメラニアンのヘラを、その華奢な腕が白くなるほど強く抱きしめ、眼前の青年を鋭い氷の刃のような視線で射抜いていた。
「誠……。さっきの『楽しそう』、あれはどういう意味か、一文字残らず説明しなさい!」
「え、いや……あおい、目が怖いよ。デートって、つまり美味しいものをみんなで食べるってことだよね? 備前なら祭り寿司とか、鰆の刺身とか……。俺もシロと一緒に行きたいって思っただけ」
速水誠は、いつものように曇りなき眼で、救いようのない天然ボケを炸裂させた。隣に座るシロも、主の言葉に同意するように「フゴッ(寿司なら赤身がいいっす)」と鼻を鳴らす。
「そういうことじゃないのよ……ッ!」
あおいの怒りのマブイが臨界点を超え、周囲の空気中の水分が結晶化してキラキラと輝くダイヤモンドダストを発生させる。39号機のボイラー付近には、異常なまでの霜が降り、整備士たちが「おい、エンジンの温度が上がらねえぞ!」と右往左往する事態に陥っていた。
一方、その修羅場の隅で、別の意味で震えていたのが愛知の岡野銀太である。
彼は震える手でプロペラを装着し、今にも心臓が口から飛び出しそうな形相で呟いていた。
「鎌倉さんが、僕を見ている……。さっきのデートの約束、全人類が目撃した3億PVの中での宣言だ。下手なレースは、死んでもできない……! でも、あおいさんの殺気で、僕のマブイが逆流して吐きそうっす……!」
その後ろでは、大阪の女王・鎌倉明奈が、優雅に扇子を揺らしながら、まるで獲物を追いつめる狩人のような、艶然とした視線で岡野の背中をロックオンしていた。
「さあ、予選第8レース! 1号艇には『黄金の天然』速水誠! 3号艇には『氷の嫉妬』守屋あおい! そして4号艇、カド位置には『恋の特攻隊長』岡野銀太! 備前が感情の濁流に飲み込まれる一戦です!!」
大時計の針が回り、6艇の機艇がスリットラインを越えた。
最初に仕掛けたのは、4号艇の岡野銀太だった。
「鎌倉さぁぁぁん!! 見ていてください、僕の魂をぉぉ!!」
岡野は、極限の緊張をすべて爆発的な集中力へと変換した。コンマ02。心臓の鼓動とスリットタイマーを完全に同期させた、驚異のトップスタート! カドから一気に内側を飲み込む、まさに「デートへの最短距離」を走る全速捲りだ!
しかし、その真っ直ぐすぎる恋の進路を、文字通り「物理的」に塞ぐ影があった。
3号艇、守屋あおい。
彼女は誠に対する苛立ちと、場をかき乱す鎌倉への対抗心を、すべてマブイの出力へと注ぎ込んでいた。
『奥義:嫉妬の氷河』!!
「岡野くん、悪いけど……今は私の心が荒れてるの! 私と誠くんの邪魔をしないで、外で頭を冷やしてなさい!!」
あおいが機体を傾けた瞬間、3号艇の底から絶対零度の波動が放出された。備前特有の重い潮が、一瞬にして厚さ30センチの滑らかな鏡面へと変質する。
全速で攻めようとした岡野の4号艇は、この「氷の壁」によって摩擦係数を奪われ、制御不能のまま外側へと大きく滑り飛ばされた。
「うわあああ! デートへの道が……滑る、滑るっ!!」
「あ、あおいさん! 無茶苦茶っす! 氷の上はチルト3.5じゃ接地感がゼロっす! 制御不能っす!!」
氷の余波は、インコースを走る誠にも及んでいた。本来、水を掴んで推進力に変えるボートにとって、凍りついた水面は「死」を意味する。誠の39号機も、慣性のまま外へと流されそうになる。
だが、ここで誠の相棒、シロが動いた。
「フゴォォッ!!(誠、泥と氷の『境目』を見るっす!!)」
シロの咆哮が誠の脳内に響き、黄金のマブイが39号機のプロペラとフィンに凝縮される。
誠は咄嗟にハンドルを逆方向に切り、機体を極限まで傾けた。あおいが作り出した「氷の壁」の断層――その鋭いエッジ(角)に、黄金のマブイを纏わせたフィンの先端を叩き込んだ。
「泥がダメなら、氷を掴むまで! 氷の壁を、僕の『踏み台』にする!!」
誠の機体が黄金の火花を散らし、氷の壁をスパイクのように蹴り上げる。氷片が桜吹雪のように舞い散る中、誠は最短距離の「氷上ターン」を成功させ、独走態勢へと躍り出た。
その後ろでは、なおも「誠の隣は私の場所よ!」と言わんばかりに氷を生成し続けるあおいに、岡野が「あおいさん、もう勘弁してください!」と悲痛な叫びを上げていた。
からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新
> 【氷の修羅場】守屋あおい、嫉妬のマブイで岡野を完全凍結! 誠は天然の機転で『氷上スパイク旋回』を披露! 累計PVはついに3億を突破! 備前の熱気がサーバーを焼き切ろうとしている!!
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【第8R:最終結果】
| 順位 | レーサー | 状態・マブイ | 備考 |
| 1着 | 速水 誠 | 黄金の無自覚 | あおいの氷を利用して勝利。「涼しかったっす」と発言。 |
| 2着 | 守屋 あおい | 嫉妬の結晶 | 岡野を完封。誠以外の接近を許さない絶対領域を展開。 |
| 3着 | 岡野 銀太 | 恋の氷河期 | あおいの壁に阻まれるも、根性で3着を死守。 |
| 4着 | 西野 貴志 | 融解 | 爆炎であおいの氷を溶かそうとするも、冷気が勝り沈没。 |
ピットに戻ってきた誠は、機体に降り積もった氷の破片を払いながら、「あおいさんのマブイ、今日はすごく冷たくて気持ちよかったです」と、またしてもあおいの逆鱗を撫でるような感想を漏らしていた。
一方、3着に沈み、肩を落として自艇を牽引する岡野銀太。
「やっぱり、僕なんかが鎌倉さんとデートなんて、100年早かったんだ……」
自責の念に駆られる彼の背中に、ふわりと高級な香水の香りが漂った。
鎌倉明奈が、自らタオルを岡野の首にかけ、その耳元で吐息混じりに囁いたのだ。
「いい走りだったわよ、岡野くん。あおいちゃんのあの『嫉妬の氷』に真っ向から突っ込むなんて……。負けた時の、その悔しそうな顔も、なかなか素敵ね」
「……え?」
「デートの約束、忘れてないわ。準優勝戦……もし私と一緒に優出(優勝戦進出)できたら、その時はもっと『深い場所』までエスコートしてもらうわよ?」
鎌倉の指先が岡野の頬をかすめ、彼女は優雅に去っていった。
岡野の顔は、あおいの冷気で凍りついていたはずなのに、一瞬で茹で上がったタコのように真っ赤に染まった。
「……っし!! 整備だ! プロペラを、今すぐ氷をも砕く『恋の砕氷船』に改造するぞ!!」
ピットの隅では、シロとミヤビが「フゴフゴ(結局、みんな女の掌の上っすね)」と諦め顔で、きびだんごを分け合っていた。
山口の黄金、佐賀の龍王、そして恋に狂う若き牙たち。
「万衆衆魂祭」の熱気は、今、理性を焼き尽くすほどの炎となって、予選最終日へと突き進む。




