第148話:備前の炎、三連覇への試練 ― 万衆衆魂祭、開幕 ―
2030年5月10日。
江戸川の空を黄金に染め上げた「マブイ開花賞」の熱狂が冷めやらぬまま、舞台は西の聖地、岡山・備前競艇場へと移っていた。
瀬戸内の穏やかな海面に、備前特有の「魂を喰らう」と称される複雑な二枚潮が渦巻く。その名も**「万衆衆魂祭」**。
二年連続の優勝を飾っている速水誠にとって、ここは「三連覇」という歴史的快挙が懸かった約束の地である。しかし、ピットに足を踏み入れた誠とシロを待ち受けていたのは、歓迎の拍手ではなく、五臓六腑を突き刺すような濃密な殺気の壁だった。
今大会はもはや通常のSGを凌駕している。各支部の「業師」、そして理外の力を持つ「怪物」たちが、江戸川で覚醒した「黄金の新人」を仕留めるために集結していた。
「誠くん、お帰りなさい。……でも、今の備前は昔の面影なんてないわよ。ここからは『地元(元・岡山支部)』の私が、あなたをしっかり導……いえ、守ってあげるわ」
山口支部の守屋あおいが、愛犬ヘラの頭を撫でながら誠の隣に立つ。彼女の放つ冷気は、備前の初夏の陽光さえも遮るほどに鋭い。だが、その背後に控える面々の圧力が、あおいの冷気さえも押し返していた。
「誠くん、江戸川では見事にやられたバイ。ばってん、この備前は俺の弟子たちも一緒。佐賀の軍団を舐めたら、その黄金の羽ごと焼き尽くされるぞ!」
佐賀支部へと電撃移籍し、さらにそのカリスマ性を増した「絶対王者」大峰幸太郎。彼の左右には、負けん気の塊のような宮地明と、底知れぬポテンシャルを秘めた新星下野慎太郎が控え、鉄壁の「佐賀ライン」を形成している。彼らが放つマブイは、あたかも巨大な火龍がトグロを巻いているかのような威圧感を放っていた。
その龍の背後から、さらに凶悪な火種が燻り出す。
福岡支部の特攻隊長、西野貴志だ。
「大峰、誠……まとめて俺の4カド捲りで、バーベキューにしてやる!」
西野の周囲には、物理的な熱量を持った「爆炎」のマブイが渦巻き、ピットのコンクリートをチリチリと焼いていた。
今大会の恐ろしさは、単純なパワーによる正面突破だけではない。誠が得意とする「空中戦」や「マブイの瞬発力」を、根底から否定するような「異能」の持ち主たちが顔を揃えていた。
* 愛知の水谷佳恵: 江戸川でも誠の前に立ちはだかった「天空の死神」。彼女はマブイ出力0、外装デバイス0という、誠とは真逆の意味での「無」の使い手。その精密なチルト3度の滑空は、誠のスカイ・ハイを「技術の差」で叩き落とそうと虎視眈々と狙っている。
* 長崎の山口真季奈 & 大阪の下山勤: 究極のペラ巧者コンビ。彼らは備前の複雑な潮目をミリ単位で解析し、水流を味方につける「魔法の羽根」を完成させていた。
* 東京の石田健太郎: パグのミヤビと共に、不気味なほどの静寂を纏う。彼のマブイは**『ナイトサイレンサー』**。日が沈み、ナイターの照明が灯る時、彼のマブイは他者の感覚を奪う暗闇へと変わる。
「師匠……今回のメンツ、ギャル的にマジで詰んでるっすよ。見てください、あの人……石神正広さん。コアマブイ数値、53,000っすよ!? 師匠の53倍とか、もうバグっす。引くっす……」
弟子の野田あかりが、タブレットに表示されたデータを見てガタガタと震えている。誠の愛機・39号機の整備を急ぐ彼女の手も、かつてない緊張で強張っていた。
速水誠のコアマブイ数値は、測定不能の瞬間を除けば依然として「1,000」。
からくり競艇界の常識からすれば、50,000を超える「怪物」たちと同じ土俵に立つことさえ不可能な数字だ。
しかし、誠の隣には、江戸川で伝説の咆哮を上げたペキニーズ・シロがいる。
シロは「フゴッ」と短く鼻を鳴らすと、誠の足元に体を擦り寄せた。その瞬間、誠の体内に、静かだが消えることのない「黄金の熱」が灯る。
「1,000のマブイで50,000に勝つ。それが山口の、俺のスタイル。三連覇、絶対に誰にも譲らない!」
誠が宣言したその瞬間、ピット全体の殺気が一点に集中した。
からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV速報
> 【三連覇なるか】速水誠、備前万衆衆魂祭に降臨! 対するは佐賀・大阪・愛知の最強異能軍団! 開催前PVは既に1億を突破!! 魂を賭けた祭りが、今始まる!!
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迎えた第1レース。
誠は早くも「爆炎」の西野貴志、そして愛知の新星・岡野銀太と激突することになった。
「西野さん……お手柔らかにお願いします」
「言うたね誠! 手加減なしのフルスロットル・バーニングバイ!!」
進入は枠なりの123/456。
誠は1号艇。西野は4号艇の角位置。
スタートの瞬間、西野の機体から巨大な火柱が上がった。
『奥義:エクスプロージョン・ボルト』!!
西野のマブイが燃料と共鳴し、スタートラインを時速160キロで通過する。
内側の2番、3番が一瞬で飲み込まれ、西野の赤い旋風が誠に襲いかかる!
「……シロ、省エネモードから一気に全開!!」
誠は敢えてマブイを温存し、西野の「熱」を利用して上昇気流を発生させた。
江戸川で培った空中の感覚。
西野の爆炎を、自らの機体を浮かせるためのエネルギーへと変換し、誠の39号機は炎の渦の中から黄金の閃光となって飛び出した!
「なっ……俺の火力を踏み台にしただと!?」
西野の驚愕を尻目に、誠は最小限の旋回半径で1マークをクリア。
しかし、バックストレッチでは、鎌倉明奈の厳しい視線を背に受けた愛知の岡野銀太が、これまでにない鋭い伸びを見せて誠のサイドに並びかける。
「誠、油断しないで」
あおいの声が無線に響く。
「ここは備前。ただのレースじゃない。負けた者の『魂』を喰らって、勝者がさらに強くなる……文字通りの『祭り』なんだから……!」
誠の三連覇に向けた、長く、そして最も過酷な一週間が、今ここに幕を開けた。




