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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第5部:グランプリへの道

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女王の電撃戦、絶対零度の予兆


 2030年5月11日、午前9時30分。

 第1レース、モーニングの激闘が幕を閉じた直後の備前競艇場ピット裏。

 黄金の太陽を背負った速水誠が石田健太郎を下し、愛知の若手・岡野銀太が大阪の女王・鎌倉明奈を鮮やかな捲り差しで沈めた余韻が、まだコンクリートの壁を震わせていた。通常なら、敗者は整備室へ籠もり、勝者は次のレースに向けて気力を養う時間。しかし、この瞬間、備前競艇場の歴史に刻まれるべき未曾有の場外乱闘が、レース以上の熱量を持って勃発しようとしていた。その中心に立っていたのは、敗れたはずの大阪の女王、鎌倉明奈だった。

ヘルメットをゆっくりと脱ぎ、汗を吸ったさらさらとした長い髪を瀬戸内の風になびかせた鎌倉明奈が、自艇の片付けをしていた岡野銀太のもとへ、迷いのない足取りで歩み寄る。その背後には、お揃いの宝石付きリードに繋がれたチワワのつがいが、主の決意を代弁するかのように凛とした足取りで従っていた。

「岡野くん。ちょっといいかしら?」

「え、あ、はい! 鎌倉さん、お疲れ様です!」

 岡野は、憧れの女王からの不意の接触に、持っていたスパナを落としそうになりながら姿勢を正した。

「さっきの捲り差し……。私の『クリスタル・エッジ』の隙間を見事に突き抜けたわね。機体だけじゃなくて、私の心まで、あんなに鋭く抉り抜かれたのは初めてよ」

「え、あ……それは、その、必死だっただけで……」

 鎌倉は、戸惑う岡野の瞳をじっと見つめ、艶然とした微笑を浮かべた。

「このお祭りが終わったら……二人でデート、しない? 備前の美味しいお店、あなたがエスコートしてくれたら嬉しいんだけど。私を負かした責任、取ってくれるわよね?」

 その言葉は、ピットにいた全員の鼓動を一時停止させるのに十分な破壊力を持っていた。

「えええええええええーーーーーっ!?」

 絶叫が上がった。叫んだのは岡野ではない。俺のそばで、俺の勝利を喜びつつ、あかりの体調を気にしていた守屋あおいだった。

「明奈さん!? 何言ってるんですか! あの、独身貴族を貫いて、男を冷徹に捌き続けてきたあの明奈さんが、デート!?」

 あおいの周囲の気温が、彼女の動揺に呼応して急降下を始める。床に落ちた水滴がパキパキと音を立てて結晶化し、愛犬のポメラニアン・ヘラが「ワウッ! ワウッ!」と主の危機感を察知して鎌倉を吠え立てる。しかし、鎌倉は余裕の微笑を崩さず、優雅に扇子を仰いだ。

「あおいちゃん、勘違いしないで。強い男の子はみんな私の『お気に入り』なの。岡野くんの、あの泥臭くも真っ直ぐなマブイ……。近くで、もっと熱く感じてみたくなっただけよ」

 その発言は、もはや宣戦布告に近い。あおいの嫉妬は俺だけに留まらず、山口支部の結束を乱す外圧として彼女に襲いかかっていた。

 誘われた当の本人は、顔を耳まで真っ赤にし、再起動不能のフリーズ状態に陥っていた。

「鎌倉明奈と……デート……? 嘘だろ、夢か? 2029年のSGアタックで、僕がファンとして握手を求めたあの時の、あのアプローチは、やっぱり本気だったのか……!?」

 岡野の脳内では過去の記憶と現在の状況が高速で交錯し、オーバーヒートを起こしている。そこへ、騒ぎを聞きつけた大峰の弟子、佐賀の宮地明が、愛犬毅を連れてニヤニヤとした意地の悪い笑みを浮かべて現れた。

「岡野さん、隅に置けんばい! まさか大阪の女王に逆指名されるとはねぇ。ばってん、気をつけんさい。準優勝戦で鎌倉さんにぶつけられんように、そのデートの約束がダンプの布石かもしれんばい!」

「バウッ、バウッ!」

 毅もまた、主人に同調して「おめでたい奴だ」と言わばがりに軽快に吠えた。

 【からくり競艇公式YouTube『カササギ』Template更新】

 > 【電撃求愛】女王・鎌倉明奈、若手・岡野にまさかのデートのお誘い! 備前万衆衆魂祭がレースどころじゃない恋愛の戦場と化し、累計PVは一気に2億8,000万を突破!!

【予選後半戦への心理的影響】

選手名 現在のコンディション マブイの状態

岡野 銀太 極度のパニック 緊張で整備の手が震え、チルト数値を間違える寸前。

守屋 あおい 嫉妬の化身 ヘラを無心で撫でながら「全滅させる」と呟く。

鎌倉 明奈 余裕の女王 マブイが活性化し、美容効果で肌ツヤが向上。

速水 誠 天然の極み 「デートか、いいな。楽しそうだ」と発言。

「誠! あなた、自分が何を言ってるか分かってるの!? あの明奈さんが動くってことは、何かしらの罠があるに決まってるじゃない! この鈍感男っ!!」

「う、うわぁっ、あおい、目が氷の刃になっているぞ!」

 俺のそのあまりにも無邪気な発言に、あおいの怒りの矛先が再び俺へと向かう。

 ピットの喧騒から少し離れたクレーンの下。パグのスーと、同じくパグのミヤビが、寄り添うように座って人間たちの狂騒を眺めていた。昨日の秘密協定を経て、二匹の間には奇妙な友情が芽生え始めている。

「フゴ、フゴフゴ……」

 人間ってのは、なんでああも面倒な生き物なんだ。特に女の争いは、黄金マブイでも浄化しきれない怨念を感じるな。

 スーが呆れ顔でパグ特有のしわを寄せて深くため息をつくと、ミヤビも大きく頷いた。

「フガ、フガフガッ……」

 本当によ。うちの健太郎も、明奈さんの色香に当てられて、昨夜は一睡もできなかったみたい。でもスー、面白いと思わない? あの岡野っていう子、パニックになっているけど……マブイの底で、覚醒の予感がしているわよ。

「フゴッ?」

 覚醒? あのガタガタ震えている子が、か?

「フガッ!」

愛と恐怖は紙一重。追い詰められた男が一番化けるのよ。備前の祭りは、これからが本当の修羅場になるわ。

 スーは俺の鈍感さと岡野の純情、 Alexander そして女王たちの野心を思い、備前の朝風を浴びながら、もう一度大きくフゴッとあくびをした。

 だが、この時の俺はまだ知る由もなかった。俺の無自覚な一言が、あおいの胸の内に眠る嫉妬の氷河を完全に目覚めさせたことを。第8レース、備前のピット裏待機室は、初夏の太陽を拒絶するほどの絶対零度へと凍りつき始めようとしていた――。次話、あおいの絶対零度の冷気が、岡野の恋の特攻と俺のチルト3.5を容赦なく凍結させる!

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