夜王の消音器、群青の罠
2030年5月10日、午後15時45分。
岡山支部が誇る「備前競艇場」は、一日のうちで最も残酷かつ美しい時間帯を迎えていた。
瀬戸内海に沈みゆく夕日が備前の重い濁流を燃えるような茜色に染め上げ、対岸の島々のシルエットが巨大な獣の背中のように浮き上がる。だが、その光も長くは続かない。空の端から、インクを零したような群青色の帳が降り始め、カクテル光線が水面に鋭い光の杭を打ち込み始めた。
『万衆衆魂祭』初日、最終第12レース。ピットには、予選初戦を制した速水誠、絶対王者・石神正広、 Alexander そして東京から来た異質の風・石田健太郎の名が並んでいた。観客の熱狂は最高潮に達し、累計PVは瞬く間に2億の壁を突破。しかし、1号艇のピットに漂う空気は、熱狂とは無縁の、底知れない静寂であった。
「……ミヤビ、準備はいいか。朝の勝率3.00なんてのは、今この時のために『夜』の濃度を高めるための、ただの布石に過ぎないんだ」
1号艇、石田健太郎。昼間の彼はどこか気怠げで、精彩を欠いた走りに見えることが多い。だが、太陽が沈み、光と影の境界が曖昧になるナイターの時間帯、彼は別の生き物へと変質する。愛犬のパグ・ミヤビの頭を優しく撫でると、ミヤビは「フガッ」と短く鼻を鳴らし、暗視ゴーグルのような鈍い光を放つ特殊デバイスを装着した。
「あおいさん、誠くん……気をつけて。石田さんの『夜』は、単なる視界の悪さじゃない。それは、対戦相手の五感そのものを内側から狂わせる迷宮よ」
ピットのモニターを見つめる山口支部の塩田まなみが、震える声で警鐘を鳴らす。彼女の予感は、この後、的中することとなる。
「さあ、初日のメインイベント! 第12レース、発走です! 1号艇・石田、2号艇・誠、3号艇・石神! 備前の水面が、今、神々の戦場に変わります!!」
大時計の針が回転し、白熱したスタートが切られた。俺は愛弟子あかりが魂を削って整備した39号機と共に、コンマ05の弾丸スタートを決める。黄金のマブイがカクテル光線を反射し、俺の艇は光の塊となって1マークへ突っ込んだ。
しかし、1マークに差し掛かり、ハンドルを入れようとしたその瞬間、俺は異常に気づいた。
「っ!? ……石田さんが、いない!!」
目の前にいたはずの1号艇の影が、突如として視界から消え失せた。
奥義――『ナイトサイレンサー』。
石田の機体は、カクテル光線の乱反射を自らのマブイで完全に吸収。艇体そのものが闇と化し、群青色の水面に溶け込んだのだ。さらに、パグのミヤビが喉の奥で鳴らす低周波のいびき波動が、水面を通じて俺の39号機に伝播する。それが俺の持病である異常振動症の残滓を直撃し、激しい金属耳鳴りを誘発させ、平衡感覚を奪い去った。
「なっ……エンジンの音が聞こえない!? 石田さんがどこを走っているのか、全く分からない!!」
俺の耳には自分の鼓動の音だけが不自然に大きく響き、周囲の音は真空に放り出されたように消滅した。旋回のリズムがコンマ数秒、決定的に狂う。その一瞬の空白を、闇の中から物質化したかのように現れた石田の1号艇が、カミソリのような最短距離で抉り抜いた。
「抜けたぁぁぁ! 石田健太郎、まさに夜の帝王!! 誠の黄金マブイを漆黒の闇で包み込み、バックストレッチで独走態勢だ!!」
実況の絶叫と共に、カササギのPVは石田のミステリアスな走りに沸き立ち、2億2,000万を突破。石田の1号艇は航跡さえも音を立てない。まるで幽霊船のように2マークを旋回する。
そこへ、3号艇の石神正広が、強引なダンプを仕掛けようと突っ込んできた。石神の放つ圧倒的な神の重力が石田の闇を暴こうとする。しかし、石田は機体を微かに振るわせ、空間に虚像の闇を配置。石神のダンプは、実体のない影を突き抜け、むなしく水面を叩いた。
「……面白い。闇に隠れる奴に、物理的な質量をぶつけるのは、存外骨が折れるな」
不敵に笑う石神を置き去りにし、石田はそのまま悠々とゴール板を駆け抜けた。
【からくり競艇公式YouTube『カササギ』Template更新】
> 【闇の刺客】石田健太郎、奥義『ナイトサイレンサー』で誠を圧倒! 夜の備前を完全に支配し、漆黒の玉座に君臨し、累計PVは2億2,000万を突破!!
【第12R:リザルト】
| 順位 | レーサー | 状態・マブイ残量 | 備考 |
| 1着 | 石田 健太郎 | 闇の覚醒、マブイ95% | 夜の競走では無敵。五感を断つ支配者。 |
| 2着 | 速水 誠 | 五感麻痺、マブイ20% | 翻弄されるも、スーの「フゴッ」という野生の勘でなんとか2着。 |
| 3着 | 石神 正広 | 余裕の追従 | 「闇の攻略法……見え始めたな」 |
| 4着 | 西野 貴志 | 爆炎鎮火 | 闇に熱量を吸い取られ、不発。 |
ピットに戻ってきた俺は、ヘルメットを脱ぐこともできず、耳を塞ぎながらふらふらと膝をついた。
「……石田さん、マジで忍者みたいだった。音が消えるなんて卑怯だ……頭の中がずっと、キーンって鳴っている……」
「誠、しっかりして!!」
そこへ駆け寄ったのは守屋あおいだった。彼女は俺のヘルメットを脱がせると、その耳元に自分の手を添え、優しく、しかし強烈なマブイを流し込んだ。
奥義――『氷の耳成』。
あおいの冷徹なマブイが、石田の残した闇のノイズを物理的に凍らせて粉砕する。
「あ……聞こえる。あおいの声が……」
俺が意識を取り戻したその時、背後で石田のパグ・ミヤビが、一瞬だけニヤリと不敵な笑みを浮かべたのを、足元で警戒していたスーだけは見逃さなかった。
(……フゴ。あのパグ……ただのパグじゃねぇ。石田の闇をコントロールしているのは、あっちだ)
スーは低く唸り、闇の中に消えていくミヤビの背中を睨みつけた。
山口の龍、速水誠。備前の祭りは、まだ始まったばかりだ。
「……次は、耳を塞いでも、影の中にいても……光をぶち込んでやる!!」
俺の瞳に、再び黄金の炎が宿った。初日の夜は更け、運命は翌朝のモーニングレース――夜王の闇を俺の光で引き裂く反撃のターンへと、最高速度で舵を切ろうとしていた。次話、夜が明けた備前の水面で、俺の黄金の槍と大阪の女王のクリスタル・エッジが激しく交錯する!




