朝霧の密約、強制覚醒の閃光
2030年5月11日、午前8時。
岡山・備前競艇場の二日目は、昨日の殺気立った熱気とは打って変わり、瀬戸内から流れ込む薄い海霧に包まれていた。
空は晴れ渡っているものの、水面近くには朝特有の重たい空気が沈殿している。昨日のメインレースで『夜の帝王』石田健太郎の奥義『ナイトサイレンサー』に翻弄され、辛酸をなめた俺にとって、この朝の第1レースは単なる予選の一戦ではない。
「……リベンジ、するぞ Lights。スー、準備はいいか?」
俺は愛弟子・あかりが昨夜、自らのレース後だというのに執念で微調整を施してくれた39号機を愛おしそうに撫でた。あかりは今、医務室で泥のように眠っている。その師匠として、無様なレースは見せられない。
しかし、その対戦相手となる1号艇のピットには、およそ勝負師とはかけ離れた空気が漂っていた。
「……ミヤビ、 Alexander あと5分……いや、3分……3分だけ寝かせてくれ……。世界が……眩しすぎるんだ……」
ピットのベンチに力なく倒れ込んでいるのは、東京支部のエースにして、夜の江戸川やナイターレースでは無類の強さを誇る石田健太郎だった。昨日のあの鋭利な剃刀のような威圧感はどこへやら、今の彼はただの低血圧に悩む不摂生な青年に成り果てている。愛犬のパグ・ミヤビが石田の頬を必死に舐め、時には鋭い爪で引っ掻いて起こそうとしているが、石田の意識は依然として夢の境界線を彷徨っていた。彼の背後には、残酷な数字が突き刺さっている。
【石田健太郎:モーニングレース勝率 3.00】
夜にマブイが活性化する性質を持つ石田にとって、太陽光の下でのレースは呪いにも等しいのだ。
「石田さん……起きる気はないんですか? こっちは、あかりの執念を背負って全力で行きますよ!」
俺が熱く宣言すると、そこへ大阪支部の女王・鎌倉明奈が、お揃いのリボンをつけたチワワのつがいを引き連れて優雅に通りかかった。
「石田くん、朝からその体たらくじゃ、明奈の『クリスタル・エッジ』で氷像にして差し上げちゃうわよ? あおいちゃんも、こんなに暑苦しい誠くんのお世話、毎日大変ねぇ」
「明奈さん……! 誠は朝から元気なのが取り柄なんだから余計なお世話よ! 誠くんは私がちゃんと引き締めてあげるから、あなたは自分のチワワの心配でもしてなさい!」
山口の女王・守屋あおいが、愛犬ヘラと共に鋭い視線で鎌倉を牽制する。朝のピットは、レース前から女の戦いという別の火花で熱を帯び始めていた。
その頃、人間たちの騒ぎを余所に、整備用大型クレーンの巨大な影の中で、二匹の獣が密会を行っていた。パグのスーと、同じくパグのミヤビである。
「フゴ、フゴフゴッ!」
昨日の『ナイトサイレンサー』、正直ビビったぞ。闇の深さが尋常じゃなかった。 Alexander だが、あんたの飼い主、今マジでただの死体みたいになっているぞ。
スーが前脚でピットの方を指すと、ミヤビはパグ特有の深い皺を寄せて深くため息をついた。
「フガ、フガフガッ……」
そうなのよ。うちの健太郎はモーニングだとマブイの出力が通常の10%まで落ちるの。太陽光が天敵なのよ。だからスー……今回のレース、あなたの誠の『黄金マブイ』を、少しだけでいいから分かち合ってくれないかしら?
「フゴッ?」
分け合う? 敵同士だぞ?
「フガッ!」
勝ちを譲れって言っているんじゃないわ。誠が放つ黄金の光を、健太郎の闇に少しだけ照射してほしいの。そうすれば、対消滅のエネルギーで彼を強制覚醒させられる。 Alexander それなりの見返りは用意するわ。
ミヤビが差し出したのは、備前の最高級「きびだんご風ドッグトリート」だった。スーはしばし考えた。誠のリベンジは、相手が万全であってこそ意味がある。それに、この提案に乗れば面白いことが起きそうだ。スーはニヤリと不敵に笑い、ミヤビと肉球で契約を交わした。
「第1レース、予選発走! 1号艇は闇の帝王・石田! 2号艇にはリベンジに燃える山口の龍・速水誠! 帝王は朝の呪いを克服できるか!?」
大時計の針が動き出す。1号艇の石田は、まるで幽霊のように覚束ない手つきでレバーを握っている。一方、2号艇の俺は、スーから伝わるかつてないほど温かく、拡散するような黄金の光に包まれていた。
(スー……今日のは、突き刺す光じゃない。包み込むような……まるで太陽そのものだ!)
スタート! コンマ05。俺が完璧なトップスタートを決める。
石田は完全に立ち遅れた。しかし、俺は1マークの手前で、あえて石田の懐を深く開けるような軌道を取った。39号機から、爆発的な黄金のマブイが放射される。それは攻撃の波動ではなく、周囲の霧を払い、石田の1号艇を真昼のような光で照らし出す救済の閃光だった。
「……ま、眩しい……。ん……ミヤビ? ああ、そうか、仕事中か……!」
光を浴びた石田の闇のマブイが反転し、強制的に意識が覚醒する! だが、その時にはすでに俺の黄金のトビウオは、石田の頭上を遥かに越える高度で旋回を開始していた。
「遅い、石田さん! 朝の王座は、俺がもらう!!」
俺の旋回は、あかりが調整したエンジンの高回転を完璧に伝え、1マークを抜けた瞬間には石田を5艇身以上突き放す独走態勢に入った。
【からくり競艇公式YouTube『カササギ』Template更新】
> 【朝の逆襲】速水誠、寝起きの帝王・石田を太陽の光で完全粉砕! 岡野銀太の衝撃の捲り差しも炸裂し、累計PVは2億5,000万を突破!!
【第1R:最終結果】
| 順位 | レーサー | 状態 | 備考 |
| 1着 | 速水 誠 | 絶好調 | 朝の弱点なし。黄金マブイで場を支配。 |
| 2着 | 岡野 銀太 | 覚醒 | 鎌倉の前でいいところを見せたい一心で爆走。 |
| 3着 | 鎌倉 明奈 | 驚愕 | 「岡野くん……あんなに図太かったかしら?」 |
| 4着 | 石田 健太郎 | 強制覚醒 | 「……朝飯は、何だ?」 |
ピットに戻ってきた俺は、充実感に満ちた表情で艇を降りた。しかし、コクピットの足元を見つめ、不思議そうに首を傾げる。そこには、なぜか石田の愛犬・ミヤビが付けていたはずの小型ゴーグルが落ちていたのだ。
スーがそれを器用に口で拾い、「フゴッ」と誇らしげに俺へ差し出す。
「あ、石田さんのミヤビのゴーグル。……変だな、スー。石田さん、昨日のナイトレースではあんなに怖かったのに、今日はなんだか……光を求めているみたいだった」
俺はまだ知らない。これが備前の裏側で始まった獣たちの外交の第一歩であることを。 Alexander そして、この貸しが、後に続く石神正広との決戦で大きな意味を持つことを。
「あかり、勝ったぞ。……あかり?」
医務室のベッドで、「ギャルは……寝るのが……仕事……」と寝言を言う弟子を、俺は優しく見守るのであった。
だが、この時ピット裏では、モーニングで岡野に敗れた大阪の女王が、誰も予想し得なかった電撃戦を開始しようとしていた。備前の水面は、ここから制御不能な情念の濁流へと飲み込まれていく――。次話、モーニング決着直後のピット裏、鎌倉明奈の妖艶な逆指名が、あおいの胸の内に眠る嫉妬の氷河を完全に目覚めさせる!




