凪の前の殺気、境界線のセッティング
2030年4月23日、午前10時。
『江戸川マブイ開花賞』、最終日。
昨日までの荒れ狂う上げ潮と、俺がチルト∞(無限)で空を切り裂いた際の衝撃波が嘘のように、中川の水面は不気味なほどの凪を見せていた。鏡のように静まり返った水面は、これから始まる神々の激突を静かに、 Alexander そして冷酷に待ち受けているかのようだった。
だが、ピット内の温度は外気温を遥かに超えていた。空気に混じるオイルの匂いと、各支部のレーサーたちが放つマブイの波動がぶつかり合い、パチパチと静電気のような火花が散っている。栄光を掴むのはただ一人。その一席を巡る殺気と熱気が、コンクリートの壁を震わせていた。
ピットの最も深い場所。山口支部のガレージでは、予選トップ通過を果たした俺が、39号機の前に蹲っていた。俺の指先は、チルトレバーを0.5度、いやそれ以下の単位で、まるで外科手術を行う執刀医のような繊細さで微調整している。
「スー、あの時の感覚だ。水面を掴む感覚と、空を飛ぶ感覚の狭間。そこを狙うぞ。浮きすぎれば風に流され、沈みすぎれば泥に足を掬われる。その境界線こそが、俺たちの勝機だ……」
俺の瞳には、かつての迷いはない。背中の古代紋様が呼応するように、淡い、 Alexander しかし重厚な黄金の光を放っている。
(……誠。無理はするな、とは言わねぇ。だが、あの空の輝きはもう俺たちのモンだ。昨日掴んだあの感触を信じて、思い切り回せ。お前が跳ぶなら、俺がその翼を実体化させてやる)
足元の相棒、パグのスーが、実体化の一歩手前の濃密な黄金のオーラを纏って俺の肩に寄り添う。
その傍らでは、俺の専属メカニックを自称する弟子、野田あかりが、これまた異常な光景を展開していた。彼女は泥だらけのバケツを持ち出し、39号機の最新鋭バイオ・サスペンションに、江戸川の底から汲み上げた特製泥を丁寧に塗り込んでいたのだ。
「師匠! これで昨日の『チルト∞』の衝撃も完璧に吸収するっす! ギャル的な耐久力、MAXっすよ! ついでにここ、ラインストーンでデコってもいいっすか!?」
「あかり、泥の上からデコってもすぐ剥がれる。それに、サスペンションの可動域が変わるから止めておけ」
俺の苦笑いが、ピットの緊張をわずかに和らげる。しかし、その背後から歩み寄る守屋あおいの気配に、あかりは「ヒッ」と短い悲鳴を上げて飛び退いた。
あおいは篠田チームの重鎮・津島ゆかと共に、自身の艇のプロペラを極限まで研ぎ澄ませていた。彼女が放つ冷気は周囲の湿気を結晶化させ、足元に薄氷を張らせている。
「私だけの冷気じゃない。誠くん、あなたの熱気さえも凍らせて、江戸川の王座を私が掴むわ。山口の主役は……二人もいらないでしょう?」
あおいの瞳は、慈愛と嫉妬が混ざり合った深淵の蒼。愛犬のポメラニアン・ヘラが、俺を射抜くように見つめ、「ワン!」と鋭く吠え立てた。
山口支部の向かい側、佐賀支部のブースでは、絶対王者・大峰幸太郎が、愛犬ムネリンの腹を撫でながら、福岡支部の策士・西野貴志と密談を交わしていた。
「西野くん、昨日の誠くんの走りはまさに神懸かりやったバイ。チルト∞……。あの若さであの領域に踏み込むとは、恐ろしか。やけん、俺がその空の隙間を全力で塞ぐけん、あんたは内からポンコツ会の意地で突き上げんさい」
大峰の言葉には、王者ゆえの余裕と、獲物を確実に仕留める猟師の冷酷さが共存している。彼は昨日惜しくも敗れた弟子・宮地明に対し、自身が予備で持っていた最高傑作のプロペラを「これを使って、俺の走りを勉強しなさい」と貸し与えるという器の大きさを見せていた。
「任せとけ! 4カドの強襲、ポンコツ会のリーダーとして誠を水面に引きずり下ろしてやるバイ!」
西野が不敵に笑う。佐賀と福岡の九州連合が、山口の独走を阻むための巨大な壁として立ち塞がろうとしていた。
大阪支部のベテラン、坂田結衣は、フレンチブルドッグの小鉄と共に、愛機を鏡のように磨き上げていた。彼女のマブイは嗅覚。他艇が通った後のマブイの残滓、空気の乱れを、犬並みの感度で察知し、最適解の差しコースを導き出す。
「明奈が負けた分は、私がきっちり利息をつけて返してもらうわ。速水くん、あんたの若さと黄金の輝きは、私の小鉄の嗅覚の前では、ただの分かりやすい標的よ」
坂田はハッカ飴を噛み砕き、不敵な笑みを浮かべる。
一方、遠江支部の河合準は、ピットのベンチで最後の補給を行っていた。目の前には、特大サイズの冷やし中華(マヨネーズ増し増し)だ。
「準さん、食べ過ぎよ」
妻の細田あおいが呆れ顔でタオルを差し出すが、河合はズルズルと麺を啜り、静かに空を見上げた。
「……冷やし中華を食べている時は、宇宙の理が見えるんだ。誠くんの黄金は確かに熱いが、僕の胃袋とマブイは、それを冷却する準備ができている」
隣に座る進藤司が、短く「……誠の黄金は、お前のマヨネーズよりも熱く、 Alexander そして重いぞ」と不吉な予言を残し、静かに立ち上がった。
【からくり競艇公式YouTube『カササギ』Template更新】
> 【最終決戦直前】調整完了! 山口の黄金翼、佐賀の龍王、大阪の精密嗅覚、遠江の極寒冷気! マブイ開花賞・優勝戦、ついに発走の刻を迎え累計PVは3億5,000万を突破!!
【優勝戦:出走表と機体コンディション】
| 枠番 | 選手名(支部) | チルト | マブイ特性・奥義 |
| 1 | 速水 誠(山口) | 3.5 | 『黄金・泥翼』。空中と水面の境界を走る。 |
| 2 | 坂田 結衣(大阪) | 0 | 『小鉄の追跡』。全方位の隙を射抜く精密差し。 |
| 3 | 大峰 幸太郎(佐賀) | 1.0 | 『佐賀の龍王』。圧倒的な旋回半径とパワー。 |
| 4 | 河合 準(遠江) | -0.5 | 『真・冷やし中華返し』。周囲を凍土に変える。 |
| 5 | 西野 貴志(福岡) | 3.0 | 『ポンコツ・強襲』。4カドからの掟破りの捲り。 |
| 6 | 守屋 あおい(山口) | 0.5 | 『嫉妬の氷河』。全てを凍らせる山口の裏主役。 |
午後16時30分。夕刻の光が江戸川をオレンジ色に染め上げる。
「優勝戦、発走です。ピットアウト!!」
枠なりを崩す激しいコース取りが予感されるなか、ピットから水面へ、6艇のエンジンの咆哮が江戸川の空気を引き裂いた。
堤防の上では散りゆく桜が舞い、それが俺の放つ黄金のマブイの煙に巻かれて光の粒子へと変わる。俺はヘルメットのシールドを下ろし、ただ前だけを見つめた。
「スー、行くぞ。これが、俺たちの開花だ!!」
エンジンが咆哮し、俺たちの黄金の機体が水面を滑り出す。山口の黄金、佐賀の誇り、大阪の経験、遠江の冷気。全ての想いが、江戸川の1マークで一つの光へと収束していく。対岸のスタンドから地鳴りのような熱狂の大歓声が湧き上がる、あの運命の空中跳躍へ向けて――最高速度で、俺たちの王路が今、始動する!




