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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第5部:グランプリへの道

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氷上の断層、優出へのアンカー

 2030年4月21日。

 ボートレース江戸川は、予選の全日程を終え、優勝戦への切符を賭けた準優勝戦の死線を迎えていた。

 初春の強い川風が水面を波立たせるものの、ピット裏に漂う空気は、極地の永久凍土さえも凌駕するほどの超低温に包まれていた。その冷気の波動の源は、山口支部の新女王――守屋あおいでである。彼女は自身の愛機『天衣・改』のプロペラを冷徹にチェックしながら、隣のブースで39号機の微調整を行う俺へと、刃のような視線を向けていた。

「誠。さっきのレースの後、あなたが吐き出した『デートは楽しそうだ』という言葉、その真意をきっちり説明してもらいましょうか」

「……あおい、目が怖すぎる。俺が言ったのは、鎌倉さんのアプローチによって愛知の岡野くんのメンタルに異常な負荷が掛かっているという事実、それだけだ。他支部の噂に興味はない。俺が睨んでいるのは、次の水面だけだ」

 俺はいつものように、救いようのない天然の受け答えを炸裂させた。足元では、パグのスーが黄金の瞳を静かに輝かせ、不敵に鼻を鳴らす。あおいの放つ冷気は、俺の返答を受けてもなお、その出力を落とさない。彼女の勝負師としての執念は、俺が最強のライバルであることを要求していた。だからこそ、決戦の前に他支部の安易な情念に水面を汚されることを、彼女のプライドが許さなかったのだ。

 一方、その冷気の射程圏内で、別の意味でマブイを逆流させていたのが、愛知の岡野銀太だ。昨夜、大阪の女王・鎌倉明奈から放たれた妖艶な誘いの残像により、彼の頭脳は未だに大パニックを起こしていた。

「鎌倉さんが、僕を狙っている……。明後日の優勝戦への切符を掴まなければ、男としての僕の意地はここで終わる。だが、守屋さんの殺気のせいで、プロペラのピッチ計算が指先から消えそうだ……!」

 その後方では、3号艇に陣取る鎌倉明奈が、優雅に扇子を揺らしながら、獲物の駆動限界を見極める狩人のような艶然とした視線で、岡野の4号艇のデータをロックオンしていた。

「さあ、準優勝戦・第10レース! 1号艇には黄金の翼、速水誠! 2号艇には絶対零度の防盾、守屋あおい! そして4コース、カド位置には大阪の女王に心を狂わされた愛知の新星、岡野銀太! 準決の濁流が、今、開戦を告げます!!」

 大時計の針がゼロへと向かって冷徹に回転を始める。進入は枠なりの123/456。

 スリットラインを越えた瞬間、最初にリミッターを解除したのは、4号艇の岡野銀太だった。

「鎌倉さん……! 僕のマブイを、今ここで爆発させる――!!」

 岡野は極限の緊張をすべて爆発的な集中力へと変換した。コンマ02。心臓の鼓動とスリットタイマーを完全に同期させた、驚異の弾丸スタート! カドから一気に内枠を飲み込む、全速捲りの弾道だ!

 しかし、その真っ直ぐすぎる情念の進路を、物理的な質量をもって圧殺する影があった。2号艇――守屋あおい。彼女は明奈の誘いに毒された岡野の生ぬるい走りを、水面ごと完全に排除するための奥義を起動した。

 奥義――『氷結地獄』!!

「岡野くん、悪いけれど……その程度の生ぬるい情念で、山口の白銀に触れられると思わないことね。外側で、完全に頭を冷やしてなさい!」

 あおいがステアリングを極限まで引き絞った瞬間、2号艇の底面から絶対零度の超高周波波動が放射された。江戸川の重い泥の濁流が、一瞬にして厚さ30センチの、摩擦係数ゼロの滑らかな氷の鏡面へと物理変質していく。

 全速で攻めようとした岡野の4号艇は、この水面の完全凍結によって接地抵抗をすべて奪われ、ターンマークの手前で制御不能のまま外側へと大きく滑り飛ばされた。

「うわあああ! 推進力が……滑る、曲がらないっ!!」

 氷の余波は、インコースを走る俺の39号機にも及んでいた。本来、水底の泥を掴んで推進力に変えるボートにとって、凍りついた流体は接地不能の死を意味する。俺の機体も、慣性のまま外へと流されそうになる。だが、ここで足元のスーが動いた。

「フゴォォッ!!」

 誠、氷の最外周にコンマ数ミリのクラックを見ろ!

 スーの咆哮が俺の脳内に響き、黄金のマブイがプロペラの翼端へと凝縮される。俺の白銀の瞳が、鋭く見開かれた。

「泥が使えないなら、その氷の割れ目を掴むまでだ――『金剛錨打』!!」

 俺はハンドルを逆方向へと瞬時に一閃。あおいが作り出した絶対零度の氷の壁、その僅かな断層のエッジに向け、黄金のマブイを纏わせたフィンの先端を強烈に叩き込んだ。

 機体が黄金の火花を激しく散らし、氷の壁をスパイクのように強制的に蹴り上げる。割れた氷片がカクテル光線に反射し、桜吹雪のような美しい輝きとなって舞い散るなか、俺は最小旋回半径の氷上ターンを成功させ、瞬時に単独先頭へと躍り出た。その後ろでは、なおも冷徹に2番手を死守するあおいの前に、岡野が「守屋さんの防盾、硬すぎる……!」と、悲痛な叫びを響かせていた。

 【からくり競艇公式YouTube『カササギ』Template更新】

 > 【氷上のハッキング】速水誠、あおいの絶対零度の氷の隙間を「金剛錨打」で捉え優出一番乗り! 累計PVは一気に2億を突破し、世界中のタイムラインが完全凝視!!

【準優勝戦・第10R:最終結果】

| 順位 | レーサー | マブイ消費/状態 | 備考 |

| 1着 | 速水 誠 | 85%(氷上ハック) | あおいの氷の隙間を『金剛錨打』で捉え、完全逃げ切り。 |

| 2着 | 守屋 あおい | 90%(氷結圧殺) | 岡野の捲りを完封。誠への追随権(優出)を死守。 |

| 3着 | 岡野 銀太 | 120%(臨界突破) | あおいの壁に阻まれるも、執念の立て直しで3着。優出逃す。 |

| 4着 | 鎌倉 明奈 | 50%(戦術静観) | 岡野への影響を測定。自身は無理をせず次戦へ。 |

 ピットに戻ってきた俺は、カウルに降り積もった氷の破片を払いながらヘルメットを脱いだ。

「あおいの氷結、以前より伝導速度が上がっているな。俺のプロペラ角度の調整がコンマ数秒遅れていれば、そのままハめ殺されていたぞ」

「フン……お前がその程度でダウンするような男だとは思っていないわ。―― Alexander これで優勝戦の隣の枠は、私がもらったわね」

 あおいはボートを格納しながら、冷徹なトーンのまま告げた。その瞳にあるのは、馴れ合いのラブコメではない。明後日の最終決戦、速水誠という最高峰の勝負師を、己の氷の地獄で完全に支配するという新女王のプライドだった。

 一方、3着に沈み、肩を落として自艇を牽引する岡野銀太。

「やっぱり、僕の力じゃ、守屋さんの氷を突き破ることはできなかったんだ……」

 自責の念に駆られる彼の背後に、ふわりと、高級な香水の香りが漂った。鎌倉明奈が自らタオルを岡野の首にかけ、その耳元で吐息混じりに囁いたのだ。

「いい走りだったわよ、岡野くん。あおいちゃんのあの冷気に真っ向から突っ込むなんて……。負けた時の、その悔しそうな顔も、なかなか素敵ね」

「……え?」

「約束、忘れてないわ。今回は優出を逃したけれど……あなたがこの江戸川の濁流で得たデータ、5月に開催される次章のSG『備前万衆衆魂祭』で、もっと深い場所まで私に魅せて頂戴ね?」

 鎌倉の指先が岡野の頬を微かにかすめ、彼女は優雅にピットの闇へと去っていった。岡野の顔は、あおいの冷気で凍りついていたはずなのに、一瞬でオーバーヒートを起こすように赤く染まった。

「……っし!! データの解析だ! 5月の備前に向けて、プロペラを今すぐ『氷河破砕仕様』にリビルドするぞ!!」

 ピットの喧騒から離れた大型クレーンの下。パグのスーと、同じくパグのミヤビが、寄り添うように座って人間たちの狂騒を眺めていた。昨日の密約を経て、二匹の間には人間たちの情念を冷静に逆算する高度な連携が完全に定着していた。スーの黄金の瞳が、明後日の優勝戦のデータを睨みながら、夜の江戸川の風に向かって短く吼える。

 山口の白銀、鉄の女王。そして、その情念を次なる進化の糧に変える若き牙たち。

 『江戸川マブイ開花賞』の準優勝戦は終わり、舞台はついに、コアマブイ53,000の怪物・石神正広が待つ、運命の最終日・第12R優勝戦へとすべてのギヤを上げようとしていた。次話、凪の前の殺気が漂う最終日の朝、俺たちの黄金の翼が、江戸川の空を完全に統べる戴冠のターンへと始動する!

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