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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第5部:グランプリへの道

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女王のインジェクション、絶対零度の前兆

 2030年4月20日、午後20時。

 第12レースで俺が絶対王者・石神正広の『神威重力』をデバッグし、白銀の航跡で江戸川の濁流を制した衝撃は、未だピット裏の重い空気を震わせていた。

 予選の全日程がコンパイルされ、残されたのは明日から始まる準優勝戦の死線のみ。各支部の勝負師たちが自機のプロペラデータを解析し、一分の隙も許されない前夜の調整に入る時間帯。しかし、山口支部の整備ブースの視界線上で、レース以上の緊張感を孕んだ精神的な情報戦が、音もなく勃発しようとしていた。その中心にいたのは、大阪の女王――鎌倉明奈である。

 ヘルメットをゆっくりと脱ぎ、汗を吸った長い黒髪を夜の川風になびかせた鎌倉明奈が、自艇のプロペラを測定していた愛知の岡野銀太のもとへ、迷いのない足取りで歩み寄る。

「岡野くん。プログラムの進捗はどうかしら?」

「え、あ、はい! 鎌倉さん、お疲れ様です!」

 岡野は格上の女王からの不意の接触に、持っていたピッチゲージを落としそうになりながら直立した。

「さっきの第7レース……私の『クリスタル・エッジ』の旋回数式を見事に逆算してくれたわね。機体だけじゃなく、私のハッキング回路まであんなに鋭く抉り抜かれたのは、今期初めてよ」

「え……それは、その、無我夢中で泥を掴んだだけで……」

 鎌倉は戸惑う岡野の瞳をじっと見つめ、艶然とした、 Alexander しかし凍りつくような微笑を浮かべた。

「この開花賞がコンパイルされたら――二人でプライベート・リンクを繋がない? 江戸川の美味しいお店、あなたがエスコートしてくれたら嬉しいのだけれど。私を数式で負かした責任、明日の準優勝戦で、きっちり取ってもらうわよ?」

 その言葉は、岡野の電算思考回路を一時的に完全フリーズさせるのに十分な、最大級の精神的負荷であった。

「――明奈さん。準優勝戦を前にして、愛知の若手に生ぬるい情念を注入するか。相変わらず、えげつない真似をするな」

 冷徹な声が、割って入った。山口支部の新女王、守屋あおいだ。彼女の愛機『天衣・改』の底面から放たれる『氷の地獄』のパルスが、周囲の流体湿度を急速に凍結させていく。床のオイル混じりの水滴が、パキパキと音を立てて結晶化していく。あおいの一人称にも、その眼差しにも、安易なラブコメの動揺など欠片もない。あるのは、水面の支配権を争う同格の女王に対する、剥き出しの牽制だった。

「あおいちゃん、勘違いしないで。強い男の子はみんな、私のお気に入りなの。岡野くんの、あの泥臭くも真っ直ぐなマブイ……。近くで、もっと熱く解析してみたくなっただけよ」

 鎌倉は余裕の微笑を崩さず、優雅に扇子を揺らして夜風を払った。

 彼女のアプローチは純愛などではない。明日の準優勝戦で同枠に入る可能性が高い岡野銀太の脳内に鎌倉明奈という最大級の精神的バグを常駐させ、スリットラインでのコンマ零一秒の判断を狂わせるための、冷徹極まる精神的ダンプなのだ。誘われた岡野は、顔を耳まで赤色にオーバーヒートさせ、完全な再起動不能状態に陥っていた。

「鎌倉明奈と……デート……? 嘘だろ、夢か……? 奴のクリスタル・エッジの旋回軌道が、頭から離れない……」

 岡野の脳内では明奈の美貌と、彼女が水面で見せる残虐なまでのターン性能が高速で交錯し、エラーログを乱発していた。そこへ、佐賀の宮地明が、愛犬毅の低周波同期音を響かせながら、冷ややかな視線を投げかける。

「岡野さん、完全にシステムハックされとるばい。大阪の女王の逆指名は、明日の1マークでアンタの艇を外へ弾き飛ばすためのダミーデータたい。気をつけんね」

 【からくり競艇公式YouTube『カササギ』Template更新】

 > 【氷上の心理戦】女王・鎌倉、新星・岡野に仕掛けた電撃求愛! 準優勝戦前夜、ピット裏で火花を散らす女王たちの暗号通信に世界中のタイムラインが完全凝視!!

【準優勝戦前夜・各支部データリンク状況】

選手名 現在のコンディション マブイの状態

岡野 銀太 極度のパニック 緊張で整備の手が震え、プロペラのピッチ数値を間違える寸前。

守屋 あおい 嫉妬の結晶 愛犬ヘラを無心で撫でながら、大阪のシステムを睨みつける。

鎌倉 明奈 余裕の女王 マブイが活性化し、明日の旋回に向けて爪を研ぐ。

速水 誠 天然の極み 俺とスーの算式に迷いなし。「楽しそうだ」と発言。

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