第138話:氷の刃、研ぎ澄まされる ― 篠田チームの秘密会議 ―
2030年4月22日、午前11時。
江戸川競艇場は、第2レースでの塩田まなみの「精密なる圧勝」によって、山口支部の圧倒的な熱狂に支配されていた。しかし、第5レースに出場を控える守屋あおいの周囲だけは、その活気とは無縁の、凍りつくような静寂に満ちていた。
「……これじゃ足りない。誠くんが宮地くんにハナ差で負けたのは、私の援護が甘かったから。あの加速を、あの意地を、根底から封じ込めるだけの圧倒的な『冷気』が必要なの」
あおいの瞳には、静かな、しかし苛烈な嫉妬と決意の炎が宿っていた。彼女が愛犬のポメラニアン、ヘラを抱き上げて向かったのは、山口支部の女子ペラグループ、通称**「篠田チーム」**が陣取る整備ブースである。
そこは、山口支部の女性レーサーたちが互いの技術を研磨し、時に狂気的なまでの魔改造を施すことで知られる、江戸川のピットでも異質の「聖域」だった。
篠田チームのリーダー、篠田裕美は、既にマブイの火花を激しく散らしながら、プロペラをハンマーで叩いていた。彼女の背負うコアマブイ数値は「7777」。ラッキーセブンを冠するその力は、単純な出力において山口支部でも一、二を争う。
「あおい、アンタの旋回は確かに綺麗。だけど、江戸川の泥にパワー負けしてるわ。今のままじゃ、宮地みたいな捨て身の加速には撥ね飛ばされる。……いい? うちの『直線番長』理論を、アンタの氷のマブイ特性に合わせて再構築してあげるわ」
篠田の逞しい腕から放たれる黄金のマブイが、あおいの白銀のプロペラに吸い込まれていく。特殊な彫金技術のような緻密さで、プロペラの翼面に刻み込まれたのは**「直線加速紋」**。
これは、プロペラが水を掻く瞬間にマブイを爆発的に解放し、氷の礫を後方に噴射することで、ジェットエンジンのような推進力を得るための禁忌の刻印である。
「ありがとうございます、裕美さん。私、勝ちたいんです。誠くんを差し切るような不届き者を、二度と私の視界に入らせないために」
「ふん、愛の力ね。……嫌いじゃないわよ、そういう執念」
隣のブースでは、G3常連のベテラン、津島ゆかが、あおいの艇の排気口を特殊な冷却触媒で調整していた。
「あおいちゃん、私からもプレゼントよ。私の『霧』の技術も混ぜておくわ。氷の破片で物理的に進路を塞ぐだけじゃ、まだ甘い。後ろの奴らの視界をゼロにするほどの濃霧を発生させれば、どんなに負けん気が強いガキでも、アクセルを緩めるしかないわ」
津島が放つ、深い紫色のマブイが機体の冷却ラインに溶け込んでいく。あおいの機体から漏れ出す冷気は、今や視覚化されるほど濃くなり、周囲の湿度を瞬時に奪って微細な氷の結晶へと変えていった。
あおいの相棒、ヘラが「ワウッ!(凍らせるわよ!)」と鋭く吠えると、篠田チームのメンバー全員のマブイが共鳴。ピットの一角だけが、まるでヒマラヤの山頂か、冬の早朝のような、刺すような極寒の空間へと変貌した。
その異常な光景を、遠くから震えながら見ていたのは、誠の弟子・野田あかりだった。
「し、師匠……! あおいさんの周りだけ、マジでマイナス20度くらいになってるっす。あかりのギャルメイクが凍ってパリパリになるっすよ! あれ、もはや競艇艇じゃなくて、移動式の『氷河』っす。篠田チームの魔改造、ギャル的にマジでヤバすぎっす!!」
誠は自分の39号機の点検を一時中断し、不安げに、そして少しの恐怖を覚えながらあおいのブースを見つめた。
「あおい……。誠意を込めて援護してくれるのは嬉しいけど、これ、江戸川の川ごと凍らせて、レース自体を中止にしかねない勢いだな……」
(……誠、ありゃあ「愛」じゃねぇ。「処刑」の準備だぜ。あの女、昨日の宮地のガキを完全にターゲットにロックオンしてやがる。今日の第5レースは、江戸川が氷の処刑場に変わるな……)
誠の肩で、シロもまた寒さに毛を逆立て、事態の深刻さを察知していた。
からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新
> 【女子の執念】守屋あおい、山口女子・篠田チームと合流し、機体を「極寒魔改造」に換装! カササギPVは1億4,000万を突破! 第5レース、江戸川に一万年早すぎた氷河期が訪れる……!!
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【第5レース直前:篠田チームによる調整成果】
| 装備/奥義 | 概要 | 効果 |
| 氷河プロペラ | 篠田裕美伝授の加速紋。 | 直線スピードを極限まで引き上げ、氷の飛礫を放射する。 |
| 極寒排気管 | 津島ゆか調整のマブイ触媒。 | 通過した空間を極厚の濃霧で包み、後続の視界を奪う。 |
氷の地獄 | 守屋あおいの最終奥義。 | 通過した水面を瞬時に凍結。後続のターンを物理的に不可能にする。 |
「第5レース、予選。1コースには守屋あおい。……信じられないことが起きています! 守屋艇が通過した後の水面が、鏡のように凍りついています! 展示航走ですでに後続の艇がハンドルを取られている!!」
実況が絶叫する中、あおいの機体は一切の波を立てず、ただ冷酷な「氷の轍」を刻んで走る。
ピットの隅では、新人の原田ももが「あおい先輩、怖いですぅ……。私の機体まで凍りそう……」とガタガタと震え、篠田チームの面々は「山口女子の底力、世界に見せてやりなさい!」と高笑いしながら見送っている。
あおいはヘルメットのシールド越しに、第5レースに出走する他のメンバー――特に、宮地を彷彿とさせる血気盛んな若手レーサーたちを、射抜くような冷徹な眼差しで見つめた。
「誠くん、見てて。あなたの隣にふさわしいのが誰なのか、邪魔なもの全てを凍らせて証明してあげる」
ポメラニアンのヘラが機首で鋭く吠え、江戸川は今、未曾有の極寒の戦場へと変貌しようとしていた。




