第134話:江戸川の空を裂く、黄金の弧 ― 速水誠、意地の大外先マイ ―
2030年4月後半。江戸川競艇場、予選第11レース。
中川の水面は、もはや「川」と呼べるような平穏さを完全に失っていた。西野貴志(福岡)の駆る機体から放たれる**『爆炎マブイ』が空気を焼き、大峰幸太郎(佐賀)の放つ『佐賀の噴煙』**が視界を灰色に塗りつぶす。
九州勢が誇る「火」と「煙」の連携。それは江戸川特有の重い泥水と混ざり合い、物理的な質量を持った「障壁」となって速水誠の進路を完全に封鎖していた。
(チッ、誠! このまま突っ込めば泥の壁に激突してバラバラだぜ。かと言って、あおいのお嬢が凍らせたインの『氷の道』を通れば、あの噴煙に巻かれて窒息だ!)
肩の上でシロが吠える。誠の視界は、九州勢の猛攻によって極限まで狭まっていた。
外からは西野が、まるで獲物を追い詰める狼のように誠を外側へ、外側へと押し出していく。内側では大峰が、最短距離を通らせまいとマブイの煙幕を濃くしていく。
絶体絶命。
観客席からも、PVを視聴する7,000万人のファンからも、悲鳴に近い溜息が漏れた。しかし、誠の瞳には、かつてないほど透明な「闘志」が宿っていた。
「……シロ、あかり、あおい。皆の力を借りるけど、最後は自分の腕で決める!!」
誠は一瞬の判断でチルトレバーを叩き込んだ。
江戸川という魔境において、チルトを上げる行為は自殺行為に等しい。水面から機体が浮きやすくなり、うねりに足元を掬われるからだ。だが、誠はあかりが施した「バイオ・サスペンション」と、昨夜の死闘で手に入れた「泥の感触」を信じていた。
機首が強引に、かつ鋭角に外側へ向く。西野と大峰が「これでインは死んだ、誠は外に流れる」と確信したその刹那、誠の39号機が黄金の飛沫を上げて大外へと膨らんだ。
(……ケッ、分かってんじゃねぇか誠! 泥を蹴るんじゃねぇ、泥を「跳ね橋」にしやがれ!!)
シロの古代紋様が、かつてない輝きで激しく明滅した。
誠のマブイとシロの野性が、バイオ・サスペンションを介して機体底面に一点集中する。それは圧力の限界を超え、機体と水面の間に強力な斥力を発生させた。
ドォォォォォン!!
爆発的な衝撃波。
誠の機体は、江戸川の濁流を力強く踏みつけ、それを巨大な「跳躍台」へと変えた。機体は重力から解放され、水面から完全に離脱。桜の花びらが舞う江戸川の空へと、黄金の龍が舞い上がった。
「なっ、浮いた!? あの角度、あの速度で、空中で回るつもりか!?」
大峰が驚愕し、操縦席から空を仰ぎ見る。
誠が選んだのは、泥に潜る「ドロクイ」でも、あおいが作った氷を滑る走りでもなかった。泥を足場に、空を斬る走り――。
かつて宮島で放った「スカイ・ハイ」。それは美しい飛翔であったが、今の誠が放つそれは、異常振動を逆手に取った暴力的なまでの破壊力を秘めていた。
『奥義:螺旋超高角旋回』!!
西野と大峰が1マークの頂点に到達するよりも早く、空中を飛翔する誠の機体が最短の旋回軌道へと機首をねじ込んだ。
空中でプロペラが空気を切り裂き、シロのマブイがジャイロ効果を生んで機体を強引に旋回させる。
大外から大きく弧を描き、垂直に近い角度で1マークを攻略する。
これこそが、『真・野性波切:大外黄金先マイ』!!
西野が作った爆炎の引き波も、大峰のマブイ煙幕も、遥か上空を飛ぶ誠には一切届かない。
「落ちろっ……そこだ!!」
誠は、誰よりも早く1マークの出口を捉えた。機体は放物線を描き、泥の王者らしく豪快な飛沫を上げて水面へと着水。着水の衝撃さえもサスペンションが吸収し、即座に加速へと変換される。
「うっそ、マジ!? 師匠、飛んだし! ギャル超えて、もう神っすよ!!」
ピットのモニター前で、野田あかりがぴょんぴょんと飛び跳ねる。その隣で、塩田まなみが「あれが山口の『スカイ・ハイ』……。泥さえも翼にするなんて」と、呆れたような、しかし誇らしげな感嘆の息を漏らしていた。
一方、インコースで競り合い、共倒れに近い形で減速した西野と大峰。その背後から、氷のように冷たく、鋭い刃が迫る。
「誠……あんな派手なことして。後でたっぷりお説教(嫉妬)なんだから……。その前に、まずは邪魔な人たちを片付けさせてもらうわ」
守屋あおいだ。彼女は誠が開いた「空の穴」を突くのではなく、九州勢が誠に気を取られた一瞬の隙を見逃さなかった。凍りついた水面を、音もなく、剃刀のような鋭さで切り裂き、2番手へと浮上する。
3. 山口支部の意地:カササギPV、7,000万の熱狂
からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新
> 【神業】速水誠、江戸川の空を飛ぶ! 西野・大峰の包囲網を『空中先マイ』で完全粉砕! 累計PVは一気に7,000万を記録!! 誠、空中で吠える!!
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【第11R:バックストレッチ情勢】
| 順位 | レーサー | 状態・マブイ状況 |
| 1位 | 速水 誠 | 黄金の紋様が全開。空中先マイからの独走。 |
| 2位 | 守屋 あおい | 氷のマブイで九州勢を凍結。誠を追走する。 |
| 3位 | 大峰 幸太郎 | 誠の光に目を焼かれ、霧散した煙幕を再構築中。 |
| 4位 | 西野 貴志 | 「あちゃー、あの若僧……本当に空を飛びよったね……」と苦笑い。 |
誠とあおいの「山口ワンツー」フィニッシュが見えてきた最終周回。
しかし、江戸川の魔物はまだ眠ってはいない。
「逃がさんぞ……! 山口にだけいい顔はさせん!!」
後方から、負けん気最強の若手、宮地明が猛追を開始していた。
彼の愛犬、ビーグルの**毅**が、シロの威圧に屈することなく、泥を激しく掻き上げる。
「佐賀の意地、見せちゃるけんね!!」
宮地の機体は、泥水をまるで弾丸のように後方へ発射し、不規則な蛇行で誠の引き波を無効化しながら、猛烈な勢いであおいの懐へと飛び込んでいく。
「あおい、危ない!」
誠がバックストレッチで叫ぶ。
あおいは、バックミラー越しに迫る宮地の殺気を感じ取り、口角を僅かに上げた。
「誠、前だけ見てなさい。私の背中を狙うなんて、百年早いのよ」
江戸川・SGマブイ開花賞、予選の荒波は、愛と嫉妬、そして地域のプライドを巻き込み、さらに激しく逆巻いていく。




