朝霧の救済閃光、獣たちの外交
2030年4月18日、午前8時。
ボートレース江戸川の二日目は、初日の殺気立った熱気とは打って変わり、川面から流れ込む不気味な薄い朝霧に包まれていた。
空そのものは晴天の兆しを見せているものの、水面近くには朝特有の重たく冷たい高密度な空気が沈殿している。初日のメインレースで『夜の帝王』石田健太郎が展開した、他者の五感を完全遮断する暗闇の領域『ナイトサイレンサー』の前に辛酸をなめた俺にとって、この二日目朝の第7レース・予選特選は、単なるポイント争いではない。
「――リベンジするぞ。スー、プロペラ角度を朝の霧に同調させろ」
俺の一人称には、すでに飢えた修羅としての闘志が宿っていた。俺は愛弟子である野田あかりが昨夜、自らの体力を限界まで追い込みながらも執念でミリ単位の組み直しを施してくれた39号機のカーボンカウルに触れた。あかりは今、医務室のベッドで泥のように眠っている。その師匠として、無様なレースは残せない。
しかし、その対戦相手となる1号艇のピットに立つ石田健太郎の周囲には、昨夜の剃刀のような威圧感は欠片もなかった。
「……ミヤビ、太陽光の波形が強すぎる。マブイ充填効率が通常の十パーセントまでドロップしている……。身体が、動かない……」
石田はコックピットのシートに深く沈み込み、青白い顔でモニターを睨んでいた。彼の背後には、残酷な解析データが点滅している。
【石田健太郎:モーニングレース勝率 3.00】
夜間にのみマブイが超高周波活性化する特異体質の石田にとって、太陽光の直射と朝霧の乱反射は、感覚を狂わせる呪いそのものだった。パグのミヤビが彼のバイタル低下を検知して黄金の瞳を激しく明滅させ、エラーの唸り声をピット裏に響かせている。
「石田、朝からその体たらくか。お前が暗闇に引きこもるなら、私の『氷の刃』でそのまま水底へ沈めるだけよ」
2号艇の守屋あおいが、冷徹な一瞥と共にピットアウトの待機線についた。彼女の新女王としての眼差しには、安易なラブコメのトーンなど微塵もない。隣に並ぶ大阪の女王・鎌倉明奈もまた、自身のプロペラを駆動させながら「あおいちゃん、朝から随分と尖ってるじゃない。私の『クリスタル・エッジ』の旋回半径、計算に入れておきなさいよ」と、互いの水面を奪い合う勝負師の火花を散らせていた。
その頃、人間たちの騒ぎの裏側、整備クレーンの巨大な影の中で、二匹のパグ――スーとミヤビの間で、不敵な密約が交わされていた。
「フゴ、フゴフゴッ!」
昨夜の『ナイトサイレンサー』、正直ビビったぞ。闇の深さが尋常じゃなかった。 Alexander だが、あんたの飼い主、今マジでただの死体みたいになっているぞ。
スーが前脚でピットの方を指すと、ミヤビはパグ特有の深い皺を寄せて深くため息をついた。
「フガ、フガフガッ……」
そうなのよ。うちの健太郎はモーニングだとマブイの出力が通常の10%まで落ちるの。太陽光が天敵なのよ。だからスー……今回のレース、あなたの誠の『黄金マブイ』を、少しだけでいいから分かち合ってくれないかしら?
「フゴッ?」
分け合う? 敵同士だぞ?
「フガッ!」
勝ちを譲れって言っているんじゃないわ。誠が放つ黄金の光を、健太郎の闇に少しだけ照射してほしいの。そうすれば、対消滅のエネルギーで彼を強制覚醒させられる。 Alexander それなりの見返りは用意するわ。
ミヤビが差し出したのは、これまでの戦いで蓄積された江戸川の底流を最適化する高圧縮データパッチだった。スーの黄金の瞳が不敵に発光する。手加減でも救済でもない。俺のリベンジは、石田健太郎が完全駆動の状態でなければ、昨夜の敗北のデバッグにはならない。スーはパッチデータを承認し、肉球を合わせるようにして密約を交わした。
「第7レース、予選特選発走! 1号艇は朝の呪いに喘ぐ闇の帝王・石田! 2号艇にはリベンジに燃える山口の龍・速水誠! 帝王は黄金の光を前に、目覚めることができるか!』
大時計の針が動き出す。1号艇の石田は、感覚が遮断されたなかで覚束ない手つきでレバーを握っている。一方、2号艇の俺は、スーから伝わるかつてないほど高密度に圧縮された温かい黄金の光を全身に感じていた。
(スー……今日のは、突き刺す光じゃない。包み込むような、まるで太陽そのものだ!)
スタート! コンマ05。俺の39号機が朝霧を切り裂く完璧なトップスタートを決める。
石田は完全に立ち遅れた。 Alexander しかし、俺は1マークの手前、石田の懐の隙間に向けて、自機から発生させた超高周波の黄金マブイを鋭角に照射した。攻撃の波動ではない。それは石田のセンサーを狂わせていた太陽光の乱反射を、黄金の光によって一時的に中和・相殺する、極限の構造旋回。
「――が、はっ……! 視界のノイズが、消えた……!? ミヤビ、行くぞ!」
光と影の対消滅。電磁ショックを受けた石田の闇のマブイが反転し、彼の脳髄が強制覚醒を果たす! だが、その時にはすでに、俺の39号機は石田の再起動時間を計算に入れ、その頭上を遥かに越える高度へと跳躍していた。
奥義――『スカイ・ハイ・エアターン』!!
あかりが調整したエンジンの超高回転を完璧に伝達し、39号機は1マークを抜けた瞬間には石田を5艇身以上突き放す、完全なる独走態勢を構築していた。
【からくり競艇公式YouTube『カササギ』Template更新】
> 【朝の逆襲】速水誠、寝起きの帝王・石田を太陽の光で完全覚醒させ、頭上を越える空中エアターンで完封! 累計PVは一気に2億を突破!!
【第7R:最終結果】
| 順位 | レーサー | マブイ消費/状態 | 備考 |
| 1着 | 速水 誠 | 75%(構造相殺) | 朝のノイズを逆算。石田の再起動前に勝負を決める。 |
| 2着 | 岡野 銀太 | 90%(覚醒) | 鎌倉のインデータを読み切り、電算捲り差し。 |
| 3着 | 鎌倉 明奈 | 60%(驚愕) | 「岡野……処理速度が上がっているわね」 |
| 4着 | 石田 健太郎 | 120%(強制覚醒) | 「……黄金のショック療法か。手痛い貸しを作られたな」 |
ピットに帰還した俺は、冷徹な表情のまま艇を降りた。しかし、コクピットの足元を見つめ、微かに眉をひそめる。そこには、スーの体内へ直接暗号キーを転送するためにミヤビが残した、超小型のデータパッチが落ちていたのだ。
スーがそれを器用に口で拾い、「フゴッ」と短く吠える。
「石田のミヤビからのデータか。……フン、貸しを作ったつもりはない。奴が万全でなければ、この江戸川の『開花賞』を勝ち抜く算式にはならないからな」
俺はまだ知らない。これが江戸川の深層で始まった獣たちの外交の第一歩であることを。 Alexander そして、この時得たデータパッチが、二日後に控えるコアマブイ53,000の怪物――石神正広との決戦において、決定的な重力相殺の鍵となることを。
「あかり、39号機は完璧だったぞ。……ゆっくり眠れ」
医務室のベッドで、「ギャル工学……限界……」と寝言を言う弟子を見つめ、俺の瞳には、次戦の濁流を睨む黄金の闘志が静かに、しかし苛烈に燃え上がっていた。予選ロードは最高の形で締めくくられた。だが、次なる舞台――さらに密度を増した怪物の残滓が渦巻く予選最終12レースの死線が、この濁流の底で俺たちを待っている!




