天空の死神、空力のハッキング
「私が喰らうまで、その白銀を錆びつかせないように見張ってあげるわ」
守屋あおいの冷徹な警告がプライベート無線を切り裂いた直後、俺の視界は、バックストレッチの激しい風圧と水飛沫で白く染まった。
予選第1レース。1マークを西野貴志の爆炎を踏み台にしてトップクリアした39号機『白銀黒影・改』だったが、備前の二枚潮が引き起こす濁流は独走を許さない。俺の右サイド、艇体が触れ合うほどの超至近距離に、愛知の超新星・岡野銀太の艇が突き刺さっていた。
(……いや、岡野のプロペラの回転音じゃない。この無音の風は――)
足元の相棒、パグのスーが黄金のマブイを全身に滾らせ、その瞳を爛々と輝かせて激しく吠えた。野生の直感が、ブラインドエリアから迫る脅威を捉えている。岡野の背後にぴったりと張り付き、スリップストリームから音もなく這い上がってきた影があった。
愛知支部が誇る天空の死神――水谷佳恵。
彼女はマブイ出力0、外装デバイス0。からくり競艇界のパワーインフレをあざ笑う、純粋な操艇技術と空力制御のみで空を飛ぶ無の使い手だ。水谷の2号艇が放つのは、魔力的な光ではない。エンジンの超高回転が水面を極限まで叩き、周囲の流体を強引に翼へと変える、凍りつくような風の圧力だった。
2マークの旋回を前に、水谷の艇が俺の39号機と完全に並ぶ。チルトを跳ね上げた彼女のボートは、数ミリの空気の層を滑るように接地抵抗を無効化していた。
「誠くん、江戸川の空中戦は見事だったわ。 Alexander でも、あれは泥と爆炎のイレギュラー。本当の空の厳しさを、この備前の二枚潮の上で教えてあげる」
無線越しに響く水谷の声には、感情が削ぎ落とされていた。
その瞬間、水谷の2号艇から発生した強烈なダウンフォースが、俺の39号機のフロントを強引に水面へと押し下げにかかる。備前の水底から湧き上がる重い潮と、上空から叩きつけられる死神の風。上下からの挟み撃ち。俺のコアマブイ数値「1,000」の出力では、この質量に押し潰される。
「スー、出力による突破は捨てるぞ。――プロペラ角度、三次元同期を開始だ!」
俺の心音に迷いはない。俺は自らの肉体の異常振動症をジャイロ効果へと反転させ、39号機のチルト角度を走行中に強制調整。プロペラの角度を水面の反発ではなく、水谷が放つ風の壁に適合する角度へと瞬時にアジャストした。
(空間の糸を掴む――!)
スーとの共鳴から生まれた黄金の電磁流がプロペラシャフトを駆け巡る。接地抵抗を極限まで排除された39号機は、水谷の放つダウンフォースを逆に翼の揚力へと変換。2マークの頂点において、通常の物理法則を無視した鋭角の軌跡を空中に刻んだ。
奥義――『スカイ・ハイ・エアターン』!!
それは遠心力をすべて上昇気流へと変え、空中を蹴って旋回半径を最小化する、俺だけの三次元旋回。Vの字を描くように水面に刻まれた白銀の航跡。内側で泥に足を取られていた西野の爆炎も、岡野の演算も、俺が上空から叩きつけた苛烈なる白銀の引き波によって、一瞬にしてバックストレッチの彼方へと置き去りにされた。
「なっ……俺の風の圧力を、自分の翼に変えたというの!?」
水谷佳恵の唇が驚愕で微かに震えた。自身の真上を通過していった39号機の黄金の残光を見上げ、死神は初めてその操艇技術に恐怖というノイズを混ぜた。
【からくり競艇公式YouTube『カササギ』Template更新】
> 【異次元の空中戦】速水誠、初戦の2マークで死神の「風」を翼に変える驚異の空中エアターンを披露! 累計PVは一気に2億を突破し、世界中のタイムラインが完全大狂熱!!
【第1R:最終結果】
| 順位 | レーサー | マブイ消費/状態 | 備考 |
| 1着 | 速水 誠 | 80%(技術反転) | 1コース死守、水谷の空力をハックして逃げ切り。 |
| 2着 | 水谷 佳恵 | 0%(無の境地) | 「次は地上(水底の泥)に引きずり下ろしてあげる」 |
| 3着 | 西野 貴志 | 爆炎全開・オーバーヒート | 「空中戦は反則バイ! 焦げ付くところだったたい!」 |
| 4着 | 岡野 銀太 | 演算修復中 | 誠のV字軌道による二枚潮の乱れを解析しきれず。 |
ピットに帰還した俺を待っていたのは、割れんばかりの歓声――ではなく、押し潰されるような沈黙だった。あまりにも現実離れした勝ち方に、各支部の対戦相手たちは畏怖の念を抱いて硬直していた。
「誠、ナイスレース。だが、今の走りで石神の目が完全にロックされたぞ」
ボートを格納した俺のもとへ、守屋あおいが歩み寄る。その鋭い視線の先には、ピットの最奥、暗がりのなかで腕を組み、微動だにせずモニターを見つめる男の姿があった。東京支部・石神正広。コアマブイ数値53,000を誇る、今大会最大の怪物だ。
「分かっている。 Alexander だが、俺とスーがこの備前でやるべきことは変わらない」
俺は白銀のヘルメットを脱ぎ、額の汗を拭った。スーが俺の足元で「フゴッ!」と短く吠え、その黄金の瞳を戦闘モードのまま明滅させている。
「風が吹こうが、闇が包もうが、最短の構造を見極めて空を駆けるだけだ」
その時、「師匠ぉぉぉぉ!!」と、背中に「爆速ギャル」と刺繍されたつなぎを着た野田あかりが、両手にレンチを握りしめて血相を変えて突撃してきた。
「さっきの空中エアターンでピストンリングに熱歪みが出てるっす! 今すぐ39号機の心臓部を開けるっすよ!!」
あかりの叫びがピットの静寂を焼き払う。三連覇への第一歩は確かに刻まれた。俺はお前の執念をこの備前の空で絶対に証明してみせる。あかりのギャル魂の過負荷と共に、俺たちの本当の王路は、ここからさらなる異次元の熱量へと加速していくんだ。




