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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第7章:江戸川死闘編

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第131話:泥まみれの神聖、覚醒する野性の刻印 ― 準優勝戦、激突 ―

江戸川競艇場の特殊性と「準優勝戦」の魔力

ボートレース江戸川(江戸川競艇場)における準優勝戦は、他のどの競艇場とも違う、極限の「生存競争」となる。

江戸川の準優勝戦、第10レースから第12レースが行われる時間帯は、ちょうど潮位が大きく変化するタイミングと重なりやすい。上流からの淡水と、東京湾から逆流する海水がぶつかり合う**「塩の境界線」**が水面に現れ、そこには巨大な目に見えない壁のような「うねり」が生じる。

多くのレーサーがこの「壁」に撥ね返され、転覆や失格の憂き目に遭う中、勝ち残った者だけが「優勝戦」という聖域への切符を手にすることができる。

特に準優勝戦では、インコース(1号艇)の勝率が極めて高いボートレースの定石が、江戸川においては通用しないことが多い。なぜなら、1号艇が背負う「水面を切り開く責任」が、荒れ狂う江戸川では最大の足枷となるからだ。

泥にまみれ、川を憎み、それでも川を愛した者だけが、準優勝戦の深淵を突破できる。今、速水誠はその「深淵」の入り口に立っていた。


2030年4月3日、15時45分。

江戸川競艇場、準優勝戦・第10レースのピット。そこには、これまでの予選とは全く異なる、重苦しくも熱い空気が渦巻いていた。

出走を控えた大倉理恵は、いつになく緊張した面持ちで愛犬「りん」を抱きしめている。彼女の纏うオーラは、不純物を一切排した純白の輝き。対する速水誠は、昨日の死闘で浴びた「返り泥」をそのまま機体の装甲に焼き付けたかのような、不敵で野性味溢れる笑みを浮かべていた。

「……誠くん。あなた、随分と泥臭い走法を見つけたわね。昨日、その『泥杭ドロクイ』で長谷川を沈めたのは見事だったわ。でも……神の領域は、そんな汚れた力では届かないのよ」

大倉が冷徹に告げると、膝の上の白チワワ「りん」が、氷のような鋭い光を放った。誠は39号機のハンドルを握り直し、隣のシロを見つめる。

「神様でも、泥棒でも、誰でも連れてくればいいっす。俺とシロは、この泥の中にしか道がないって気づいたから」


「第10レース、準優勝戦! スタートしました! 1号艇・大倉、2号艇・誠、ほぼ同タイのスリットライン!!」

実況が絶叫する中、大倉理恵の1号艇が、まるで水面を滑る白鳥のような優雅さで1マークへと吸い込まれていった。

彼女が機体を傾けた瞬間、江戸川の濁流、不規則なうねり、吹き付ける風、そのすべてが「停止」した。

『奥義:神聖浄化・鏡面凪きょうめんのなぎ』!!

大倉の機体を中心に、半径数十メートルの水面が、完全に静まり返った「凪」の空間へと変質したのだ。泥水は透き通るようなクリスタルへと変わり、うねりは消え、摩擦係数が極限まで低下した「鏡の水面」が出現する。

誠の『泥杭ドロクイ』走法は、重い泥の反発力を利用して機体を無理やり旋回させるものだ。しかし、大倉が作り出したこの「凪」の中には、掴むべき泥も、蹴るべき波も存在しない。

「くっ……泥が……掴めない! 氷の上を走っているみたいだ、凪の空間に吸い込まれる!!」

誠の39号機は、推進力を失い、空回りするプロペラが虚しい音を立てた。速度が急激に低下し、独走態勢に入る大倉の背中が遠のいていく。


その時だった。

誠のヘルメットの上で、これまで不敵に笑っていたシロが、突如として激しい痙攣を起こし、絶叫に近い咆哮を上げた。

「……シロ!? どうした、大丈夫かっすか!!」

(……っぐ! 誠……! 上が……体が、熱い……! 腹の底から、見たこともねぇ『化け物』が這い上がってきやがる!!)

誠が驚愕してシロを見上げると、そのペキニーズとしてのふわふわした白い皮膚の下から、溶岩のような赤金色の血管が脈打ち、複雑な古代の紋様が浮き上がってきた。

それは、機獣ペットという存在がまだ兵器ではなく、大地の守護獣としての神性を持っていた頃の、**「真の刻印」**であった。

シロの瞳が黄金色に染まり、その体から噴き出したのは、黒鉄色の重力波と金色の純粋マブイが混ざり合った、この世の理を超えた異質な波動。

その波動はあかりが組み込んだバイオ・サスペンションを導線として、39号機の全身へと伝播した。

「シロの紋様が、機体に……!?」

機体の装甲に、シロの体に浮かんだものと同じ紋様が刻まれ、超高熱を発する。

この力は、大倉の「凪」を拒絶した。正確には、大倉が消し去った「摩擦」と「重力」を、シロが周囲から強引に吸い寄せ、39号機の周囲だけに「超・高密度」の泥空間を強制的に再構成したのである。


シロから発せられる圧倒的な熱量と、狂気的な振動。

誠の腕を襲っていた「異常振動症」は、シロの紋様と同調した瞬間、破壊的な痙攣から「爆発的な推進エネルギー」へと反転した。

もはや、誠の腕は機体の一部であり、機体はシロの肉体そのもの。

「凪の中なら……その凪ごと、ブチ壊せばいいだけだっす!!」

誠は逃げる大倉の背後、凪の空間の最も「静かな」中心部へ向けて、機体そのものを巨大な杭に変えてダイブした。

『究極奥義:真・野性波切:大地崩落ダイチホウラク』!!

39号機が水面を叩いた瞬間、物理法則が逆転した。

シロが一点に凝縮した重力エネルギーが一気に解放され、大倉の美しい鏡面凪が、ガラスが砕けるような音と共に粉砕された。その直後、川底に眠っていた数十年分、数百トンもの泥が、噴火のように水面へ爆発的に噴出した。

「ああっ!? 私の神聖空間が、引き裂かれた……!? なんで、ただのボートが『重力』を操れるのよ!!」

大倉は、噴出した泥の柱に煽られ、大きくバランスを崩して後退する。

誠は、その泥の濁流を自らの翼に変え、垂直に近い角度でコーナーを立ち上がった。


「【衝撃映像】誠の機体から放たれる『金色の紋様』! 神聖凪を粉砕する真の野性! 累計PVは2億を突破!! 世界が、江戸川の奇跡を目撃したぁ!!」

からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新

> 【神殺し】速水誠、大倉理恵の絶対領域を力で粉砕! シロの真の覚醒により、江戸川は今、古代の戦場へと変貌した!!

>

2億人の観衆が、泥を纏いながら黄金に輝く39号機の姿に、神話の再来を見た。

【江戸川・準優勝戦:第10R結果】

| 順位 | レーサー | 備考 |

| 1着 | 速水 誠 | 決まり手:抜き。凪を破壊し、トップでゴール。 |

| 2着 | 大倉 理恵 | 衝撃で立て直せなかったが、技術で2着を死守。 |

| 3着 | 濱田 一翔 | 泥の噴火に巻き込まれ、あわや転覆。 |

ピットに戻った誠の元へ、あかりが飲みかけのタピオカドリンクをボトッと落とし真っ先に駆け寄る。その顔は驚愕と、整備士としての好奇心で引き攣っていた。

「師匠! シロが……! この紋様、私の計算にも、メーカーの設計図にもなかったっす! これ、機体そのものが『生き物』に書き換えられてるっすよ!」

シロは誠のヘルメットの上で、肩で息をしながらも、ニヤリと牙を見せて笑った。紋様は少しずつ消えかけているが、その瞳に宿る野生の輝きは失われていない。

(……ケッ。あの犬っころの神様パワーも、俺様の『本気』の前ではゴミ同然だぜ。……誠。俺の真の力、こんなもんじゃねぇ。江戸川の優勝戦で、この川ごと飲み込ませてやるよ)

誠は自分の手を見つめた。

もはや、震えてはいない。

シロの鼓動が、自分の血液を回しているような、奇妙な全能感。

「ああ……。行こうぜ、シロ。優勝戦、俺たちがこの川の、本当のぬしになるんだ」

江戸川死闘編、ついにクライマックス。

優勝戦に進出した誠を待つのは、もはやレーサーだけではない。江戸川の闇、そして自分自身の限界との、最後の戦い。


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