流体の刃、女帝への肉薄
2030年4月18日、午後14時。
ボートレース江戸川――『マブイ開花賞』二日目・第7レース予選。
ピット裏は、死闘の余韻と、これから始まる激戦を待つ張り詰めた空気で満たされていた。俺の愛機・39号機『白銀黒影・改』の前に、長い影が落ちる。かつての難波の女帝、坂田結衣。彼女のフレンチブルドッグ小鉄が、鋭い視線を放ちながら俺を威圧していた。
「若手たちの勢いも結構だけど、少し浮かれすぎじゃないかしら?」
彼女の眼光はただの威嚇ではない。水面のわずかな乱れを見極め、引き波の隙間を解剖するメスだ。俺の右腕には、持病である異常振動症の予兆が走り始めていた。だが、俺はあかりが組み上げてくれた流体金属サスペンションを信じ、チルトを強引に跳ね上げた。
(誠、気負うな。こいつの眼は嘘をつかない。だが、泥の重さを知っているのはいつだって俺たちの方だろ!)
足元の相棒、パグのスーが、不敵な唸り声を上げて俺の闘志を鼓舞する。俺の右腕の痙攣が、逆に機体のジャイロを狂わせる予測不能なノイズとして機能する――あかりが仕込んだ、この極限のギャンブル。
「ああ、わかっている。……静と動、俺たちの走りで女帝の隙を突き抜けるぞ!」
スタートの号砲。俺の39号機は、誰よりも深く江戸川の重い泥を掴んだ。スリットラインを駆け抜け、1マークの激突へ。俺の全速モンキーが白銀の閃光となって水面を切り裂く。だが、坂田さんの最内差しは完璧だった。俺の跳躍地点を正確に先読みし、その真下へ冷徹に艇先を突き立てようとしていた。
その刹那、隣を走る5号艇・瓜生俊樹の気配が、霧のようにふっと消えた。
奴はマブイを外に放出しない。周囲の熱も、音も、全てを自らの内側へと吸い込み、無へと還る特異な旋回。坂田さんの精密な視線が、俺ではなく、隣の存在しないはずの影へと一瞬だけ引き付けられ、コンマ数秒の決定的な判断の遅れを引き起こした。
「俊樹、最高だ!! そのこじ開けた隙間、俺が力ずくでもらい受ける!!」
あかりのサスペンションが、右腕の痙攣を旋回推進力へと強制置換する。
奥義――『白銀・金剛錨打連斬』!!
俺のプレーン艇は、江戸川の重い泥水を鋭利な流体の刃へと変え、坂田さんの進路を遮るように強烈な引き波を格子状に刻み込んだ。上空からの俺の動、内側からの俊樹の無。山口支部が誇る、新旧王者の牙が女帝を袋小路へと追い込んでいく。
「なっ……何て連携なの……!」
歴戦の女帝が、ハンドルを一瞬だけ躊躇させた。その数ミリの隙間を、俺の39号機は白銀の翼を広げて完全に斬り裂いた。
【からくり競艇公式YouTube『カササギ』Template更新】
> 【新旧王者の牙】速水誠、瓜生俊樹の「無」の旋回と完全同期し女帝・坂田結衣をイン戦で完封! 累計PVは一気に1億8,000万を突破!!
ゴールラインを過ぎ、ピットへ戻った俺を出迎えたのは、血走った目でモニターを睨むあかりと、氷の霧を纏って立つあおいだった。
「誠、ナイスレース。だが、今日の江戸川で無駄に光りすぎよ」
あおいの『天衣・改』から鋭い冷気が漏れ出し、ピットの床がパキパキと凍りついていく。
「あ、あおい……! あれは必要な勝負だったんだ!」
俺が慌てて言い訳をする背後で、あかりがニヤリと笑った。
「誠師匠、安心するっす! あの氷結は、誠師匠のマブイ周波数にだけ自動で溶けるよう、隠し調整を入れておいたっすから!……あ、でも他の女子と喋ってたら容赦なく凍らせる仕様っすけどね!」
「あかり……余計な細工をするな!」
笑い声が響くなか、俺の視界の端に、あの愛知の死神――水谷佳恵が映った。彼女はチルト3度のプロペラを睨みながら、不敵に呟いた。
「速水誠、お前の白銀、次は空の上で叩き落とすわ」
水谷のチルト3度という不敵な宣告。二日目の激闘を終えた俺たちの黄金の翼は、ここからさらなる死線――コアマブイ53,000の怪物・石神正広の神威重力が待つ予選最終日の大決戦に向けて、最高速度でプロペラが回転を始めるんだ!




