表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第7章:江戸川死闘編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

130/193

第130話:整備士の「祈り」と「魔改造」

江戸川競艇場の特性と「泥の王」への変貌

ボートレース江戸川(江戸川競艇場)は、日本のボートレース場の中で最も異質な場所である。その最大の要因は、全国で唯一**「中川」という天然の河川を競走水面として利用している**点にある。

通常の競艇場が「プールの延長線上」にあるのに対し、江戸川は「自然そのもの」との戦いとなる。

第一に、**「潮流」**の存在である。中川は東京湾に直結しており、潮の満ち引きによって水流の方向が180度変わる。上げ潮時には海から水が逆流し、下げ潮時には上流からの淡水が押し寄せる。この潮流とエンジンの出力が噛み合わない限り、ボートは直進することすらままならない。

第二に、**「風とうねり」だ。川幅が狭いため、風が吹けば対岸の護岸にぶつかった波が「跳ね返り波」となって戻ってくる。この不規則なうねりは、ボートを激しく上下させ、レーサーの腰や腕に凄まじい衝撃を与える。

そして第三に、「水質」**である。江戸川の水は泥を多く含んだ汽水であり、粘度が高い。この「重い水」をどうプロペラで掴むかが勝敗の鍵となる。

まさに「格闘技」としての競艇を最も象徴する場であり、ここを攻略した者だけが、泥にまみれた真の王者の称号を手にすることができるのだ。


2030年4月2日、午前5時。

江戸川競艇場のピットには、朝靄あさもやと共に重苦しい金属音が響いていた。

一晩中、不眠不休でレンチを振り続けたあかりが、最後の一本のボルトを締め上げ、力なく、しかし満足げな笑みを浮かべてその場に座り込んだ。

「……できたっす。これが、私の出せる答えの全て。機体と人間を、泥の一部に変えるための『最終合体』っす」

あかりの目の前に鎮座していたのは、かつて宮島で「天女の翼」と称えられた、あのスマートで流麗な白銀の機体ではなかった。

そこにいたのは、喫水線を深く下げるほどの重装甲を纏い、竜骨キールを太い超硬合金で補強した、武骨を絵に描いたような重戦車。**39号機・江戸川スペシャル、通称:『泥杭ドロクイ』**である。

拘束から解放された速水誠が、ピットの床に降り立つ。彼は恐る恐る自分の右手を動かした。昨夜まで彼を苦しめ、再起不能さえ予感させた激しい痙攣――異常振動症バイブレーション・シンドロームの震えは、嘘のように消えていた。

正確には、震えが止まったのではない。あかりが開発した**「衝撃減衰グリス」と、機体と誠の神経を直結する「バイオ・サスペンション・リンク」**が、機体から伝わる凶悪な振動を、誠のマブイを活性化させるための「心地よいリズム」へと変換・洗浄していたのだ。

「腕が……軽い。いや、重いんだけど、重さが『力』として指先に溜まっていく感覚だ。機体と完全に繋がっている……俺が川を掴んでいる感覚っす……!」

誠がハンドルを握ると、機体から黄金の蒸気が立ち昇る。

(ケッ、俺の野性のマブイをクッション代わりに使いやがって。マブイが全身を駆け巡ってかゆくて仕方ねぇぜ。だがよ誠、これなら江戸川の泥を心ゆくまで「殴れる」ぜ! 壊れることを恐れずに、あの泥水をブチ抜いてやろうじゃねぇか!)

シロもまた、泥に汚れた毛並みを逆立て、獲物を狙う野獣の瞳で中川の濁流を見据えていた。


「第5レース、予選! 昨日の落水失格から、奇跡の生還! ダービーキング速水誠が、4コースに構えます! しかし見てくださいあの機体! 昨日までとは明らかに違う重厚感、もはや別の生き物だぁ!!」

江戸川の堤防を揺らす実況の声。

公式YouTubeチャンネル**『カササギ』のPVは、誠の復帰という劇的なドラマに呼応し、ついに1億5,000万**を突破。チャット欄には世界中の言語で「誠」の名が躍る。

堤防の最前列では、弟・健吾が腕を組み、鋭い視線で4号艇を見つめていた。その隣には、競輪界の仲間たちも顔を揃え、異競技の王者にエールを送る。

対戦相手の1号艇には、昨日の「捕縛」で誠を泥に沈めた長谷川平士郎。

「機体を重くしたところで何になる。江戸川の泥は、重いものから順に飲み込むんだよ。昨日と同じく、鎖で繋いで引き摺り下ろしてやる!」

長谷川の目が、冷たく光る。しかし、誠はもはや彼の視線など見ていなかった。

見つめるのは、ただ一点。1マークの先にある、泥に濁った勝利の道。


「スタート……3、2、1……全速、杭打ち!!」

スリットライン通過、コンマ05。

誠の39号機『泥クイ』が加速した瞬間、江戸川の水面が爆発した。

これまでの「波切」が見せていた美しい飛沫ではない。それは、ドロドロとした濁流が巨大な「壁」となって左右に噴き上がる、暴力的な光景だった。

あかりが改造した**「超高圧噴射門ウォータージェット」**が、江戸川の重い泥水を圧縮し、後方へ秒間数トンの圧力で叩きつける。機体は沈むどころか、泥を反発材にして水面を滑走し始めた。

「なっ……なんだあの加速は!? 重戦車が、空を飛んでいるのか!?」

1マーク、長谷川が袖から「水縄」を放ち、誠のプロペラをロックしようと試みる。

しかし、誠の機体が発する激しいマブイの振動と、泥の衝撃波が、物理的に水中のマブイ網を粉砕した。

「『野性波切・泥杭ドロクイ』!!」

誠はハンドルをねじ込んだ。

だが、その旋回はこれまでの競艇の常識とはかけ離れていた。波の反発を待つのではない。機体そのものを泥の中に深く沈め、竜骨で川底の泥を「掴む」。

それは、競輪選手が超高速コーナーでバンクを蹴り、タイヤで地面を抉るような軌道。

旋回ターンじゃない……これは『削走』だ!!」

誠の39号機は、V字型にコーナーを立ち上がるのではなく、螺旋を描きながら泥を削り取り、直線的な加速へと繋げた。

『奥義:泥杭・螺旋連斬どろくい・らせんれんざん』!!

泥を掴み、泥を斬り、泥を投げる。

後方に放たれた強烈な泥の衝撃波が、追撃しようとした長谷川の機体を直撃。

「ぐあぁっ! 水が重い……機体が、動かない……!」

長谷川は誠が巻き上げた泥の壁に呑み込まれ、戦線離脱を余儀なくされた。


「【祝・200話】誠、驚異の復活! 江戸川の泥を味方につけた『ドロクイ』走法でトップ独走! 累計PVは1億8,000万を超え、江戸川死闘編、伝説は新章へ突入だぁ!!」

からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新

> 【衝撃】誠、泥を制す! 新形態『泥クイ』の圧倒的パワーに江戸川ファンも総立ち! 昨日の屈辱を100倍にして返した!!

>

独走態勢に入った誠の背中には、泥に汚れながらも、かつてないほど力強く輝く黄金のマブイが宿っていた。

【江戸川・第5R:確定結果】

| 順位 | レーサー | 備考 |

| 1着 | 速水 誠 | 決まり手:捲り。新奥義で江戸川を破壊。 |

| 2着 | 長谷川 平士郎 | 誠の衝撃波に巻かれ、機体が浸水。 |

| 3着 | 登 えりな | 「誠さん、怖すぎ……あれはもう人間じゃないっす」と震えながら生還。 |

ピットに戻った誠を出迎えたのは、満面の笑みのあかりと、堤防から力強く親指を立てる健吾の姿だった。

誠はヘルメットを脱ぎ、泥だらけの顔で笑った。異常振動の恐怖はない。ただ、機体と、シロと、江戸川と一体になったという確かな手応えだけがあった。

「あかり……。この機体、最高だ。泥を叩くたびに、力が湧いてくる」

「当たり前っす! 誠さんの根性と、私の技術、シロの野性……全部混ぜたら、江戸川の泥より濃いっすよ!」

一方、モニター越しに誠の走りを見つめていた大倉理恵は、愛犬りんの頭を撫でながら、不敵な、そして悦びに満ちた微笑を浮かべていた。

「……面白くなってきたじゃない。泥まみれの王様。貴方がその泥で世界を塗りつぶすつもりなら、私はその全てを『浄化』して、消し去ってあげる」

準優勝戦。そこには、更なる覚醒を遂げた東都の三神獣たちが誠を待ち受けている。

江戸川死闘編、反撃の火蓋は、今、盛大に切って落とされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ