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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第7章:江戸川死闘編

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第125話:江戸川の牙、Vモンキーを砕く ― 誠、冷徹なる落水の洗礼 ―

2030年4月1日。江戸川競艇場は、一瞬の静寂の後、爆発的な罵声と嘲笑に包まれた。

「1R、江戸川選抜戦。トップ旋回を狙った2号艇・速水誠、まさかの落水! ダービーキング、復帰初戦は泥水の中だぁ!!」

実況の絶叫が、堤防に反響して誠の脳内に突き刺さる。

数秒前まで、誠は確かに「勝利」を確信していた。弟・健吾とのマブイ共鳴によって長谷川の『水縄』を螺旋の力で引き千切り、機体はかつてないほどの熱量を帯びていた。その勢いのまま、誠は1マーク、絶対的なイン逃げを計る大倉理恵の懐へと強引に機首を向けたのである。

だが、そこには江戸川という「魔物」が仕掛けた、目に見えない陥穽かんせいが待ち構えていた。


「ここで決める……! 濱田さん直伝、『江戸川流・Vモンキー』!!」

誠は江戸川特有の荒れ狂う「うねり」を、恐怖の対象ではなく、跳躍のための「踏み台」として捉えた。機体を極限まで傾け、波の反発力を旋回エネルギーへと変換。鋭角に、V字型にコーナーを立ち上がる、江戸川の暴走王・濱田一翔が誇る奥義の模倣。

しかし、誠は決定的な計算違いをしていた。

1号艇・大倉理恵が連れる白チワワ「りん」が放つ、**『浄化のマブイ』**の真の恐ろしさを。

大倉が旋回する軌道上、その周囲だけは「神の加護」によって不自然なほどなぎの状態になっていた。誠が波の反発を期待して突っ込んだその場所は、大倉が通り過ぎた直後、マブイの波動が一時的に打ち消された**「空白地帯ポケット」**と化していたのである。

「っ!? 波がない……!? 踏ん張りが利かない!!」

反発を予期して重心を極限まで外に投げ出していた誠の39号機は、頼るべき「うねり」を失い、スカッと空を切った。反発を失ったエッジは、代わりに荒れ狂う中川の濁流を深々と捉えてしまう。

その瞬間、江戸川の魔物が誠の腕を掴んだ。

激しい**「異常振動」**がハンドルを伝って誠の両腕を直撃する。

「ガガガガガッ!!」

骨を砕くような衝撃。制御を失った白銀の機体は、美しく舞うはずの翼をもがれ、まるで木の葉のように水面で激しくバウンドした。

「ああっ、誠! Vモンキー失敗! 立て直せるか!? ……ダメだ、完全にひっくり返ったぁ!!」

【速水誠 落水失格】


ドォォォン!! という重苦しい着水音と共に、誠の視界は茶褐色の濁流に覆われた。

冷たい、そして泥の臭いが立ち込める江戸川の水が、ヘルメットの隙間から容赦なく入り込んでくる。

「……っ、ごほっ……!」

水面に浮き上がり、激しくむせる誠。

救助艇のエンジン音が近づいてくるが、それ以上に誠の耳に届いたのは、堤防の上から降り注ぐ江戸川ファンの容赦ない「洗礼」であった。

「何がダービーキングだ! 江戸川を舐めんじゃねえ!」

「綺麗事のレースは宮島でやってろ! 練習し直してこい、ボケェ!」

「一千万返せ、偽物の王様が!」

かつて、二億人の期待を背負って輝いていた男に投げつけられるのは、鋭利な刃物のような罵詈雑言。

救助艇に引き上げられた誠は、震える自分の両手を見つめた。

異常振動の影響で、指先の感覚が完全に消失している。それだけではない。一年間のブランクと、宮島での栄光という「過去」が、今の自分を重く縛り付けていることを痛いほど実感していた。

一方、大倉理恵は一瞥もくれず、悠々と先頭でゴールを駆け抜けた。彼女の背後に広がる凪の水面が、誠には嘲笑しているように見えた。


からくり競艇公式YouTubeチャンネル『カササギ』PV更新

> 【衝撃】ダービーキング速水誠、復帰初戦でまさかの落水失格! 江戸川の『無のマブイ』にVモンキーを砕かれる! 累計PVは8,000万を超え、期待は失望の炎へと変わるのか!?

>

掲示板は阿鼻叫喚の嵐だった。

「誠、終わったな」「あおいちゃんがいないと何もできないのか」「江戸川の壁は高すぎた」

熱狂は一瞬にして冷ややかな失望へと転じ、その数字だけが虚しく伸びていく。

ピットに戻り、機体から降りた誠は、立っていることすらままならず膝をついた。全身から滴る泥水が、整備場の床を汚していく。

そんな誠にタオルを差し出したのは、いつになく厳しい表情をしたあかりだった。

「師匠……。今の江戸川で、ぶっつけ本番のVモンキーは自殺行為っす。波を読み切れてない、相手の能力も見えてない。……今の師匠は、ただの『焦り』で走ってるっすよ」

あかりの言葉は、冷たい水よりも深く誠の胸を刺した。

誠の肩で、黄金のマブイを弱々しく光らせるシロも、力なくこうべを垂れた。

(……悪ぃ。俺も、あおいの姉ちゃんの『羽衣』に慣れすぎてた。あの優しい風に甘えて、この川の『泥臭さ』……勝つためには相手を叩き落とすっていう執念を忘れてたぜ)


「……すまない、あかり。シロ」

誠は声を絞り出した。

指先の震えが止まらない。江戸川の「異常振動」は、誠のマブイ回路に深刻なノイズを刻み込んでいた。

かつての誠なら、シロの加護と『波切』で、どんな逆境も切り裂けたはずだった。しかし、この江戸川には「正解」がない。数分ごとに変わる潮、相手の放つ嫌がらせのようなマブイ、そして観客の憎悪。

【江戸川・選抜戦:確定結果】

| 順位 | レーサー | 決まり手・備考 |

|---|---|---|

| 1着 | 大倉 理恵 | 逃げ。完璧な「神の領域」のイン戦。 |

| 2着 | 濱田 一翔 | 差し。誠の失策を冷静に突く。 |

| 3着 | 長谷川 平士郎 | 誠に弾かれたが、執念で3着確保。 |

| 失格 | 速水 誠 | 落水失格。機体大破。精神的ダメージ甚大。 |

ピットの隅で、濱田一翔が鼻で笑いながら通り過ぎる。

「あーあ、俺のVモンキーを真似るからそうなるんだよ。ダービーキングさん。江戸川の波はなぁ、愛されてる奴にしか微笑まねぇんだよ」

誠は拳を握りしめた。

感覚のない指先に、じわりと熱いものが戻ってくる。それは怒りか、それとも屈辱か。

江戸川という魔物に飲み込まれた王者は、今、どん底の泥の中から、再び這い上がらなければならない。


その夜、宿舎の誠の元に一通のメッセージが届いた。

差出人は、守屋あおい。

『誠、大丈夫? 江戸川の波は、きっと誠に何かを教えようとしてるんだと思う。私は信じてるよ。泥にまみれた後の白銀が、一番綺麗だってこと』

誠はその画面を消し、暗闇の中で天井を見つめた。

「……泥にまみれた後の、白銀……」

「無音」の恐怖が、誠の壊れかけた精神をさらなる深淵へと誘う。

ダービーキングの称号を脱ぎ捨てた、一人の「泥臭い」男としての反撃が、ここから始まる。


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