↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第5部:グランプリへの道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
126/185

魔境の女王(きょうめんざし)


 二〇三〇年四月二十三日、午前九時十分。ボートレース江戸川――SG『江戸川王座特区戦』二日目・第二レース予選。

 山口支部の幽霊・瓜生俊樹が上げ潮を完全制覇したあの『サイレントターン』の衝撃から、わずか三十分後。

 提示された電子番組表(グリッド)は、重量級の実力者たちが激突する緊迫の布陣。

 一号艇には、昨日の予選特選で悔涙を飲んだ福岡の策士・西野貴志。二号艇には、プロペラを極限まで叩き上げた佐賀の絶対王者・大峰幸太郎。そして、三コースには「山口の深海」と畏怖される三号艇――塩田まなみ。

「誠くん。見てなさい、山口の女の差しがどれだけ痛いか」

 ハイドロヘルメットを被る直前、まなみ先輩は不敵に口角を上げた。俺(誠)の勝負師の心に、先ほどの瓜生の「無」の勝利、そしてまなみ先輩の放つ圧倒的な「静」のオーラが、新たなる進化への火種を冷徹に吹き込んでいく。

 スタートの号砲! 進入に一ミクロンの乱れもないガチンコの超高速激突!

 第一ターンマーク、二コースの大峰さんが師匠のプライドを懸けた全速捲りを敢行するが、西野さんはカウルの排気口から『爆炎マブイ』の過負荷熱量サージを至近距離から逆噴射! 物理的衝突を伴わぬまま大峰さんの流体回転軸を内側からハッキングして磨り潰し、外側へと無残に膨らませた。西野さんの機体も大きく失速するが、それによってイン枠の最内座標に、ぽっかりと泥の死の空白地帯が生まれ出た。

 お互いの進路を潰し合う混沌の水飛沫の中、ただ一筋の、鏡のように透き通る航跡が静かに描かれた。

「……甘いね。男の子たちは、すぐに水面で熱くなるんだから」

 【固有結合奥義:『鏡面差し(きょうめんざし)』】

 爆炎と煙幕の狭間に一瞬だけ生じた「波の完全なる凪(ポケット)」を、まなみ先輩の機体は糸の穴に針を通すような工学的精密さで滑らかに潜り抜けた! 圧倒的な空間解剖能力により、ハミング音一つ立てずに最速最短のスピードで通り抜けていく!

「なっ……いつの間に、最内のイン枠を綺麗に抜かれたんじゃい!!」

 驚愕の声を上げる西野さん。バックストレッチに出た瞬間、三号艇の塩田まなみは既に三艇身以上の圧倒的な独走態勢を築き上げていた。

「……まなみさん。ハイドロエッジを『メス』の刃に変えて、江戸川の水面そのものを美しく解剖するために使っているんだ」

 ピット裏のモニター前、俺はその勝負師の眼を細め、女王の旋回データを凝視していた。

(……お前が空を斬る『攻め』、俊樹が全てをすり抜ける『無』なら、あの姉御の持つ『圧倒的経験』こそが、山口の要塞の大黒柱だ。覚えとけ、誠。女王の怒りの引き波は、江戸川の泥よりも遥かに深いぜ)

 俺の足元で、相棒のパグ機獣・スーもまた、その静の技術に本能的な畏怖を抱き、紅い瞳(ビースト・アイ)を真剣に点滅させていた。

『カササギの累計PVはインフレのギヤを上げ、【三億二千万パケット】をロックオーバー!』

 ドックへと回航してきたまなみ先輩は、防寒服のポケットから取り出した「ナノ・メンソール・カートリッジ」を白い歯でパキリと噛み砕き、冷徹なミントの粒子を白く吐き出した。

「誠くん。山口の女の往く路はそんなに甘くないってこと、これで少しは分かってくれたかしら?」

 俺に向けて投げかけられた不敵なウィンク。俺は先輩の佇まいに深い敬意を込め、静かに拳を胸に当てて笑ってみせた。

「……ああ、まなみさん。最高の進化の数式を、その背中で見せてもらった」

 山口支部の怒涛の二連進により士気は最高潮へ。しかしその歓喜の輪から少し離れた陰で、愛知のチルト三度の支配者・水谷佳恵さん、そして昨日のハナ差の勝者・宮地明の二人の怪物のプロセッサーが、俺の首を毟り取らんと静かに牙を研いで待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。