金剛錨打(ダイヤモンド・アンカー)
二〇三〇年一月三十日、十六時五十分。ボートレース江戸川――プレミアムG1『 G1江戸川選抜戦』、最終日・第十二レース優勝戦。
公式チャンネル『カササギ』のPVはレース開始前にもかかわらず、すでに【二億三千万】を突破。
一号艇の石田健太郎さんは、消音プロセッサー『ミヤビ』の出力を臨界まで引き上げ、絶対零度のステルスマブイを排気口から噴出させていた。
対する六号艇――大外枠からの出走となる、俺(誠)。あかりが夜を徹して施した『生物工学サスペンション』により、相棒であるパグ機獣・スーの強靭なマブイ出力が、流体金属の緩衝材として三十九号機『白銀黒影・改』のフレームへ完全同期していた。
(……誠、準備はいいか。こっから先は人間様のスポーツじゃねぇ、生存競争だぜ。俺様の白銀の魂を、全部そのプロペラシャフトへ叩き込んでやる!)
「ああ、分かっている、スー。山口の海で、あおいに誓ったんだ。こんな東都の泥沼の底で、俺の足が止まってたまるかよ!!」
大時計の針が動き出す。スタートの号砲!
インから鋭利に旋回を仕掛ける石田さん。その瞬間、俺の電算世界から一切の音と反響が完全消失した。
【限界結合奥義:『ナイトサイレンサー・真』】
歓声も、三角波の衝撃音も、俺自身の心臓の鼓動さえも吸い込まれる絶対零度の虚空。意識ジャイロが暗黒の底へ沈みかけた、その刹那――俺の頭上で、スーが東都の夜空を仰いで狂暴に咆哮した!
「ウォォォォォォォォォォォン!!!」
マブイそのものを物理的な電磁サージとして震動させる絶対防御のカウンターパルス!
【固有特性強制駆動:『古代機獣の咆哮』】
クリア・シルバーの衝撃波が、石田さんの作り出した無音の結界を内側から木っ端微塵に粉砕! 再び東都の爆音と泥の臭いが脳内へと暴力的な質量で流れ込んでくる!
「……俺たちの内部打音は、お前の静寂ごときじゃ、一ミクロンもハメ殺せないんだよ!!!」
江戸川の狂暴な異常振動の九割を流体金属サスペンションがスーのマブイへと強制還流し、推進エネルギーへと変換!
【限界結合最終奥義:『野性波切・金剛錨打』】
スーの重力波バランサーを最大駆動させ、三十九号機の直下を流れる下げ潮の泥水を一瞬にしてアスファルトのごとき強固な固体オブジェクトへと強制相転移!
水面を滑る概念を覆し、江戸川の川底そのものを直接全速滑走するような神速の立ち上がり加速!
「なっ……泥の質量の上を、機体が直接走っているというのか……!?」
驚愕する石田さんの静寂コードを完全に焼き切り、バックストレッチに出た瞬間、一本の白銀の閃光となった俺の機体は、東都の絶対王者を突き放して先頭へ躍り出た!
『カササギのPVカウンターは人類史上未踏の【二億五千万】をロックオーバー!!!』
最終ターンマークを旋回し、ホームストレッチの直線。
「泥水を啜り、不条理の逆境をすべて喰らい尽くして、俺はここまで戻ってきたんだぁぁ!!」
スロットルを引き絞ると、三十九号機から放たれた衝撃波が、江戸川の濁流を左右真っ二つに美しく一閃! 舞い上がった泥飛沫が、スーの光を浴びて白銀の星屑へと変貌していく。
敗北を確信した石田さんは、あえて俺の残した巨大な引き波へと正確にカウルを合わせた。後続の猛攻を完璧にブロックし、新たなる王の再誕を最前線で祝福する、老狼としての美しき「盾」の旋回。
「……見事だ、速水誠。山口の若き龍よ。この江戸川の王座、今ここで、君に完全に譲ろう」
『速水誠、今トップでゴールイン!!! プレミアムG1江戸川死闘編――完全制覇!!! 累計PVは驚愕の【三億パケット】を完全突破!!!』
泥だらけの勝負服のまま表彰台に立った俺は、詰めかけた観客たちに向けて深々と頭を下げた。
「山口支部、速水誠です。皆さんの浴びせてくれた激しい罵声のパケットがあったからこそ、俺はもう一度、本物の勝負師として水面に戻ってこられました!!」
一瞬の静寂の後、東都の魔窟が、地鳴りのような割れんばかりの拍手と「誠コール」の大歓声で応えた。
ピット裏では、あかりが「山口支部の威信を完全に証明してみせたっす!!」と顔を涙でグシャグシャにしながら、戦い抜いた愛機のカウルを何度も何度も抱きしめていた。
どれほど泥にまみれ、不条理に叩き落とされようとも、一瞬で自らの錨を打ち込んで立ち上がる、本物の「勝負師の野性」という名の、壊れぬ強さを、俺たちは掴み取ったのだ。




