第120話:友情の防波堤、兵庫コンビの凱歌 ― 優勝戦、2周目の鉄壁 ―
2029年7月23日、16時55分。
G1宮島レディースダービー、優勝戦。バックストレッチ。
宮島の空を焼き尽くさんばかりの夕映えの中、世界中が目撃していたのは、事前予想のすべてを無に帰す、一隻のからくり機艇と、それを守護する桃色の航跡だった。
公式YouTubeチャンネル**『カササギ』**のPVカウンターは、もはや制御不能な加速を見せ、2億2,000万を突破。
それはかつて速水誠が「絶望」の中で打ち立てた記録を、女子レーサーたちが「希望」と「絆」によって塗り替えた瞬間だった。
「12レース、優勝戦! 1マークを衝撃の『4カド捲り』で制したのは竹下莉々華! しかし、その機体からは不規則な白煙が上がっている! 無理な加速の代償か、リミッターを外したマブイの過負荷かぁ!!」
莉々華の愛機ステンノーは、限界を超えた熱量を放出し、金属が軋む悲鳴を上げている。しかし、独走態勢に入った彼女の背後には、誰もが予想し得なかった「鉄壁の盾」が立ちふさがっていた。
「莉々華、そのまま行け! 後ろは私が全部止めてあげる!」
2番手に浮上したのは、登えりな。
彼女は莉々華の最大の理解者であり、教習所時代から同部屋で、莉々華が転覆しては泣き、整備に失敗しては落ち込む姿を誰よりも近くで見てきた。登のマブイは、莉々華の激しい炎を優しく包み込むような、深く澄んだ碧色の輝きを放っている。
登は、インコースから死神のごとき速度で肉薄する守屋あおい、そして『鉄槌』を構える坂田結衣の進路を、ミリ単位の位置取りで封鎖した。
「(あおいさん、坂田さん……悪いけど、今日は莉々華の日なんだ。あの子が初めて見つけた『翼』、誰にも折らせない!)」
登の放つマブイが、水面に強力な「多重の引き波」を形成する。それは、あおいの空中旋回に必要な「滑らかな揚力」を奪い、坂田の重厚なターンを翻弄する、計算し尽くされた防衛結界。
「登ちゃん……! ありがどうぅぅ、私、頑張るからぁ!!」
莉々華は鼻水をすすり、涙で歪む視界を無理やりこじ開けて2マークへ突入。登が後続を引き波の迷宮へと誘い込み、あおいの天女旋回さえも、二人の連携が作る乱気流にその浮力を削ぎ落とされた。
「信じられない光景だ! 兵庫の若きコンビ、莉々華とえりながラインを組んで宮島の水面を支配している!!」
実況の絶叫は、もはや悲鳴に近い。
「次期女王候補・守屋あおいも、浪速のベテラン・坂田結衣も、この二人の『絆』が作り出す聖域に近づくことすらできません! 競艇の常識を超えた友情の防波堤だ!!」
カササギのコメント欄は、1秒間に数万件という速度で更新され、世界中の言語で「RIRIKA!」「ERINA!」という文字が氾濫している。
かつて莉々華を笑っていた者たちも、今は彼女の不格好な、しかし必死な走りに涙し、画面越しに「莉々華コール」を送っていた。
PVはついに2億3,000万を突破。
電子の海が生み出す巨大なエネルギーが、宮島の水面とシンクロし、莉々華の止まりかけたエンジンに「熱い鼓動」を再点火させる。
レースは二周目。
莉々華の機体は、今にも爆発しそうな異常振動を繰り返している。カウルは歪み、シリンダーからは異音が響く。しかし、莉々華の右手はスロットルを緩めない。
その背後では、登えりなが「芸術」とも呼べるブロックを続けていた。
滋賀の意地を見せる高橋祥子が内を突こうとすれば、登はその進路を計算し尽くした引き波で塞ぎ、山本の差しを外へと弾き飛ばす。
ピットでその姿を、固唾を呑んで見守っていた野田あかりが、震える声で呟いた。
「……マブイの出力や、ペラの精度じゃないっす。あの子たち、お互いを信じる力だけで、機体の『不具合』を無効化してるっすよ。物理法則を、友情という名のバグで捻じ曲げてるっす……!」
誠もまた、その光景を魂に刻み込んでいた。
かつて自分が一人で背負った「2億」という重圧。それを、彼女たちは二人で、あるいは観客を含めた全員で「熱狂」へと変えたのだ。
「さぁ、レースはファイナルラップ! 最終周回へと突入しました!!」
2029年7月23日 17時05分:からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新
> 「【兵庫の絆】竹下莉々華、登えりなの鉄壁ガードで独走! 2周目に入りリードはさらに拡大! 累計PVは2億3,000万を突破し、奇跡の瞬間へカウントダウン!!」
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【優勝戦:最終周・隊列】
| 順位 | 枠番 | レーサー | 状況 |
| 1位 | 4 | 竹下 莉々華 | 悲願の初優勝まであと3マーク。機体は満身創痍。 |
| 2位 | 6 | 登 えりな | 完璧なサポート。莉々華を守り抜き、2番手を死守。 |
| 3位 | 5 | 高橋 祥子 | 滋賀の意地で肉薄。わずかな隙を狙う。 |
| 4位 | 1 | 守屋 あおい | 猛追。しかし、兵庫ラインの絆を崩せず、4番手。 |
あおいは、先行する二人の背中を見つめ、ヘルメットの中で微笑んだ。
「(莉々華ちゃん、えりなちゃん……すごいよ。今のあなたたちは、誰よりも『綺麗』だよ。……でもね、私も最後まで、あなたたちの『壁』に挑ませてもらうよ!)」
あおいの機体が、最後にして最大の眩い(まばゆい)氷の輝きを放つ。
しかし、その先を行く莉々華の瞳には、すでに「ゴールライン」の向こう側、自分を信じてくれたすべての人たちの笑顔が見えていた。
「莉々華、行きますぅぅぅ!!」
最終1マーク。
蒼き稲妻と、それを守る碧の盾。
兵庫の若き蕾たちが、宮島の水面で、最大の大輪を咲かせようとしていた。




