福岡の洗礼、崩れた同期の絆
第12話:福岡の洗礼、崩れた同期の絆
2027年8月13日(金):福岡競艇場・お盆特選レース初日
「都市高速の下をくぐり抜ける」という全国屈指の難所、福岡。うねる水面と、上空を走る高速道路の圧迫感が、レーサーたちの精神を削っていく。
1. 馴染まぬ「神調整」
ピットで39号機を始動させた誠は、違和感に冷や汗を流していた。
横西茜が施した「神調整」は、間違いなくエンジンの限界出力を引き上げている。しかし、引き上げられすぎたがゆえに、誠の1000しかないコアマブイでは、エンジンの「呼吸」と自分のマブイが全く同期しない。
「……くっ、馴染まない! マブイがエンジンに吸い込まれて、自分の感覚が追い付かない!」
2. 女王のプレッシャー
「大時計、始動!」
1号艇には、大阪の女王・鎌倉明奈。
彼女が放つ70,000マブイの波動は、福岡の狭い水面で乱反射し、誠の機体を物理的に押し潰さんとする「壁」となって立ちはだかった。
「誠くん。借り物の力では、私の前は走れないわ」
鎌倉の冷徹な一言が、ジャミングのように誠の脳内を揺さぶる。
第1ターンマーク。誠は勝負を賭けて「チルト3.0」のレバーを引こうとするが、横西の調整で鋭敏になりすぎたエンジンが、誠の焦燥したマブイに過剰反応し、不規則な爆発を起こした。
3. 轟沈
「……あっ!」
制御を失った39号機が、鎌倉の引き波に捕らわれる。
いつもならシロの吠え声でリズムを取り戻せるはずが、今の誠にはその声すら聞こえない。
機首が大きく跳ね上がり、横転。
ドォォォォン!
激しい水柱と共に、誠の体は真夏の福岡の海へと叩きつけられた。
「誠くん!!」
ピットで見守っていた守屋あおいの悲鳴が、エンジン音にかき消されていく。
2027年8月14日(土):福岡市内の病院
福岡の激しい海面、女王のプレッシャー、そして自分に合わぬ「神調整」。すべてが噛み合わなかった代償は、全身の打撲と左腕のヒビ、そして何より深い心の傷だった。
窓の外では福岡の入道雲が湧き上がっている。
誠が目を覚ますと、そこには憔悴しきった守屋あおいの姿が
「……誠くん、気がついた?」
「あおい……。俺、負けたんだな。あんなに無様に」
あおいは誠の手を握ろうとして、一瞬躊躇してから、ベッドの縁を強く握り締めた。
「負けたんじゃないわ、落水よ。……でも、怖かった。誠くんの反応が消えた時、私……」
言葉を詰まらせるあおい。彼女にとって誠はもう、単なる倒すべきライバルではなく、失うことが耐えられない存在になっていた。
そこへ、ノックもせずに飛び込んできたのは横西茜。
「……バカ! 誠のバカ!!」
彼女の目には涙が浮かんでいた。
「あんたの器(マブイ量)を考えずに、あたしが勝手にエンジンをいじったせいよ。あたしが、あんたを殺しかけた……!」
「違うよ、横西。それを受け止めきれなかった俺の……」
「いいえ! エンジンは、レーサーの魂に寄り添わなきゃ意味がない。あたし、大事なことを忘れてた」
群馬のエンジン天才少女は、自身の慢心を深く恥じ、病室の床に膝をついた。
その時、ベッドの足元から「クゥーン」という鳴き声が。
病院側に「セラピー犬」として特例で許可を得たシロが、誠の動かない左腕にそっと鼻先を押し当てていた。
シロは誠から漏れ出す「恐怖」や「焦燥」という濁ったマブイを、一晩中浄化し続けていたのだ。誠の体温が少しずつ戻っていく。
「……みんな、ごめん。でも、分かったよ。俺は名門のやり方でも、神様の調整でもない……自分なりの、山口の『持たざる者』の走りを見つけなきゃいけないんだ」




