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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第6章:ダービー編

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118/193

第118話:湖王の暗転、ドジっ娘の咆哮 ― 準優勝戦、魔物が棲むスリット ―

2029年7月22日、宮島競艇場。

G1レディースダービーは、ついに運命の準優勝戦を迎えていた。ピットに漂う空気は、昨日までの予選とは明らかに一線を画している。そこには、選ばれた18名だけが許される「頂点への挑戦権」と、敗れればすべてが霧散する「非情な選別」の香りが混じり合っていた。

ここで改めて、彼女たちが戦ってきた**「得点率ボーダーライン」**という過酷な仕組みに触れておかねばならない。

ボートレースの予選では、着順ごとに得点(1着10点、2着8点……)が与えられる。4日間の合計得点を出走回数で割った「得点率」の上位18名だけが準優勝戦に進めるのだ。

兵庫支部の「転覆女王」こと竹下莉々華は、まさにその境界線上にいた。彼女の予選最終戦の条件は「2着以内」。19位の選手との差は、わずか0.01。その目に見えない薄氷を踏み抜き、彼女は大外からの「泥臭き粘り」で奇跡的に18番目の椅子を勝ち取ったのである。

しかし、準優勝戦・第11レース。

6号艇に座る彼女の前に立ちはだかったのは、予選を圧倒的トップで通過した「滋賀の湖王」近間伊織であった。


「11レース、準優勝戦。滋賀の絶対エース・近間伊織が1コース。そして大外6コースには、奇跡の予選突破を果たした竹下莉々華が構えます!」

公式YouTubeチャンネル**『カササギ』のPVカウンターは、この極端な格差マッチを煽るように激増し、ついに1億4,500万**を突破した。

世界中が近間の盤石な逃げを信じて疑わなかった。近間が放つ「紫金」のマブイは、重厚な引力となって宮島の水面を支配し、他艇の戦意を削いでいく。

しかし、大時計が回り、運命の1秒が刻まれようとしたその瞬間、異変が起きた。

満潮に向かう宮島の潮位と、近間の放つ高密度なマブイが、水中の特異な磁場と一瞬だけ「反発」を起こしたのだ。

「なっ……近間、遅れたぁ!! エース近間、完全に出遅れたぁ!!」

【1号艇:近間伊織 ST .25】

近間の機体の点火システムが、マブイの干渉によりコンマ数秒だけ沈黙した。それは、百戦錬磨の彼女にしてはあり得ない痛恨のミス。対照的に、何も考えずに「あおいさんに追いつきたい!」という一心でレバーを根元まで叩き込んだ少女がいた。

【6号艇:竹下莉々華 ST .01】

「行っけぇぇぇ! 私のボロレンチ、力を貸してぇぇ!!」


大外6コースから、莉々華の機体が「加速」という概念を書き換える。

チルトをわずかに上げたセッティングが向かい風を捉え、機体は水面を滑るのではなく、文字通り「跳ねながら」内側の5艇をごぼう抜きにしていった。

1マーク。莉々華は速度を落とさない。いや、パニックで落とせなかったのだ。彼女の脳裏にあるのは、守屋あおいから教わった「翼」のイメージだけ。

「『莉々華・ミラクル・アタック』!!」

制御不能に近いスピードで、莉々華の機体が近間の鼻先を掠める強烈な捲りを敢行。

莉々華の放つ「鈍色のマブイ」が、泥臭いエネルギーの奔流となって近間の引き波を粉砕する。近間は莉々華の作り出した巨大な航跡に揉まれ、万事休す。

「差しも捲り差しも関係ない! 6号艇・竹下莉々華、全員をなぎ倒しての捲り一発! 近間伊織、準優勝戦で散るのかぁ!!」

バックストレッチで独走態勢に入ったのは、なんと莉々華。

ピットで見ていた登えりなは腰を抜かし、誠は「莉々華さん、今のスタートは俺の記録を超えたぞ……」と驚愕。あかりは「計算上は空中分解するはずなのに!」と頭を抱えていた。


「1着、6号艇、竹下莉々華! 2着、2号艇、山本玲奈!」

歴史的大波乱。

カササギPVは、このシンデレラストーリーに1億6,000万を突破。

莉々華はゴールした瞬間、操縦席でまたしても号泣していた。恐怖でも、悲しみでもない。泥を啜り続けてきたドジっ娘が、初めて「世界の中心」に立った歓喜の涙だった。

ピットに戻ると、莉々華は機体から降りるなり足がもつれ、近間伊織の足元へスライディング土下座。

「近間さん、ごめんなさいぃぃ! 私、止まらなくてぇ!」

近間は悔しさに唇を噛みながらも、莉々華のヘルメットを力いっぱい叩いた。

「……あんた、最高のスタートだったわよ。優勝戦、私の分まで暴れてきなさい!」

準優勝戦・第11R:結果

| 順位 | 枠番 | レーサー | 決まり手 |

|---|---|---|---|

| 1着 | 6 | 竹下 莉々華 | 捲り(ST.01) |

| 2着 | 2 | 山本 玲奈 | 差し |

| 3着 | 1 | 近間 伊織 | ― |

4. 聖なる飛翔:水神祭の奇跡

「莉々華ちゃん、おめでとう! 最高の勝利だよ!」

駆け寄ったのは、第12レースで坂田結衣を破り、同じく優勝戦進出を決めた守屋あおいだった。

「さぁ、莉々華さん! G1初優出のお祝いっすよ!」

野田あかりと登えりなが、莉々華の腕と足を担ぎ上げる。

からくり競艇の伝統、**「水神祭すいじんさい」**の始まりだ。

「ええぇぇぇ!? 莉々華、また沈められるんですかぁぁ!?」

近間、あおい、えりな、そしてあかり。

女子レーサーたちの力強い腕によって、竹下莉々華の体は、夕暮れの宮島の空へと高く放り投げられた。

その瞬間、カササギのカメラが捉えた莉々華のポケットから、あの「泥だらけのレンチ」が滑り落ち、夕日に反射して黄金色に輝いた。

ドボォォォン!!

激しい水飛沫と共に、莉々華が宮島の海へと吸い込まれる。

その瞬間、カササギのPVはついに2億を突破。画面上には「莉々華おめでとう!」「ドジっ娘、神になる」という祝福の電子花火が打ち上がった。

水面に顔を出した莉々華は、泣きながら、それでいて最高の笑顔で拳を突き上げた。

ピットで見守る誠の瞳にも、熱いものが浮かんでいた。

「あかり……あれが、あいつの『翼』だ」


ずぶ濡れで引き上げられた莉々華に、坂田結衣が自らのタオルを無造作に放り投げた。

「……ふん。運だけでここまで来たんや。明日の優勝戦、死ぬ気で走らんと、今日の水神祭が『葬式』に変わるで」

「は、はいっ! 坂田さん! 莉々華、最後の一秒まで沈みませんっ!」

莉々華の返事に迷いはなかった。

泥だらけのレンチが繋いだ、天女とドジっ娘の奇跡。

明日はついに、最終決戦・優勝戦。

宮島の夜が明ければ、そこには誰も見たことのない「結末」が待っている。


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