第117話:ど根性ドジっ娘、宮島に奇跡を呼ぶ ― 莉々華、涙の予選突破 ―
2029年7月21日、夕刻。
G1宮島レディースダービー四日目、予選最終日の第10レース。西日に照らされた宮島の水面は、安芸の神々が撒き散らした金粉のように輝いていたが、その輝きの下には、予選突破を懸けた女子レーサーたちの「殺意」にも似た執念が渦巻いていた。
公式YouTubeチャンネル**『カササギ』のPVカウンターは、守屋あおいの劇的な空中旋回による復活劇を経て、すでに1億2,500万**という未知の領域に突入していた。世界中の視聴者が固唾を呑んで見守るのは、もはや王女たちの華麗な舞だけではない。
その視線の先には、兵庫支部の「歩く放送事故」「水面の転覆女王」の異名をとる竹下莉々華の姿があった。
得点率ボーダーライン、5.83。彼女が準優勝戦、すなわち「予選突破」という未踏の聖域に足を踏み入れるためには、この最終戦で「2着以内」に入ることが絶対条件。
デビュー以来、大舞台での実績はおろか、無事故で予選を終えることすら珍しい彼女にとって、それは天を突くほどに高いハードルであった。
第10レース、メンバー構成は過酷を極めた。
1コースには、初日の屈辱をエネルギーに変え、機体を黄金色に研ぎ澄ませた女王・鎌倉明奈。対する莉々華は、最も遠い大外、6コース。
「莉々華。……あんた、昨日から珍しく一度も沈んでないじゃない。その粘り、本物かどうか見せてもらうわよ。私の引き波は、昨日よりも『硬い』わよ」
ピット離れの間際、隣を通り過ぎる鎌倉の冷徹な挑発。女王の放つマブイは、もはや物理的な質量を持って莉々華の華奢な肩を押し潰そうとしていた。
しかし、莉々華はヘルメットの中で、鼻水を派手に「ずびっ」とすすり上げながら、震える声で叫び返した。
「ひぐっ……あ、あおいさんが……あんなにかっこよく飛んだんだもん! 私だって、莉々華だって! 一回くらい、かっこいいところを山口の師匠(誠)やあおいさんに見せたいですぅぅ!!」
その瞬間、莉々華の放つ「鈍色のマブイ」が、彼女の愛機43号機・ステンノーと奇妙な共鳴を始めた。それは洗練された王者の光ではない。何度も転び、何度も泥を啜った者だけが持つ、粘りつくような「生の執念」であった。
「最終予選第10レース、待機行動開始! 1号艇・鎌倉、盤石の構え! 注目は6号艇、予選突破を狙う竹下莉々華だぁ!!」
大時計の針が回り、スリットラインに向けて6艇の咆哮が重なる。
鎌倉がコンマ07の完璧なトップスタートを放ち、1マークへ先制攻撃を仕掛ける。内側の艇が我先にと殺到し、水面には複雑な引き波が幾重にも重なり、地獄のような乱気流が発生した。
莉々華は最外枠から、目を剥き出しにして絶叫した。
「もりもりもりやぁぁぁーーー!!(※守屋あおいへのリスペクトを込めた彼女独自の気合)」
全速。莉々華はブレーキを捨てた。
1マーク、激しい競り合いの渦中に突っ込む6号艇。鎌倉の放つ「黄金の引き波」と他艇の衝撃が莉々華を襲う。ステンノーの機首が、まるで目に見えない巨人に突き上げられたかのように、垂直に近い角度で跳ね上がった。
「ああぁーーーっ!! 竹下莉々華、今度こそダイブか!? 舳先が真上を向いている! 空を飛んだぁ!!」
実況が絶叫し、1億3,000万人の視聴者が「やっぱり無理だったか」と目を覆ったその時、奇跡が起きた。
跳ね上がった拍子に、莉々華がパニックで思い切り踏み込んだ右足。それが偶然にもカウルの端を理想的な角度で押し下げ、機体の重心を「一瞬だけ」完璧な位置で固定したのだ。
さらに、彼女のポケットには、昨日あおいから譲り受けた「泥だらけのレンチ」が入っていた。その古びた金属が放つ素朴なマブイが、暴走する莉々華のエネルギーを機体の中心へと強引に繋ぎ止める。
「落ちない……莉々華は、今日こそ落ちないんだからぁぁ!!」
機体は水面を滑るのではなく、波の頂点を激しくバウンドしながら進んだ。一回、二回、三回。まるでピンポン玉が水面を弾かれるような、物理法則を度外視した挙動。
『奥義:莉々華・ピンポン旋回』!!
荒波を「避ける」技術を持たない彼女が、荒波に「叩きつけられる反動」を推進力に変えた瞬間だった。競り合う2号艇と3号艇が引き波に足を取られるのを尻目に、莉々華は鎌倉のすぐ後ろ、奇跡の2番手の位置をもぎ取ったのである。
「1着、鎌倉明奈! そして……信じられるか宮島! 2着は、最後まで耐え抜いた、竹下莉々華だぁぁ!! 彼女にとってデビュー以来初、G1準優勝戦進出、確定ぇぇぇ!!」
ゴールラインを通過した瞬間、宮島競艇場は優勝戦をも凌ぐ大歓声に包まれた。
莉々華は操縦席に突っ伏し、「わぁぁぁん!」と子供のように号泣。その涙はヘルメットのシールドを曇らせ、彼女の視界を塞いだ。
カササギのPVは、この絵に描いたようなシンデレラストーリーに爆発的な勢いで1億3,500万を突破。コメント欄は、世界中からの祝福で埋め尽くされた。
「莉々華、おめでとう!」「ドジっ娘卒業か!?」「あのレンチが守ってくれたんだな」
一人の少女の「諦めないドジ」が、世界中の人々の心を揺さぶった。
2029年7月21日 17時:からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新
> 「【大金星】竹下莉々華、女王・鎌倉に続く2着で予選突破! 泥だらけの完走劇に宮島が涙。累計PVは1億3,500万を超え、熱狂は準優勝戦へ!!」
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ピットに戻った莉々華を、仲間たちが総出で迎えた。
真っ先に駆け寄ったのは、同部屋でいつも彼女の面倒を見ていた登えりな、そして昨日命懸けの空中戦を見せた守屋あおいだった。
「莉々華ちゃん、やったね! 本当に、本当に頑張ったね! 私、見てて心臓が止まるかと思ったよ!」
あおいが莉々華の泥だらけの肩を抱くと、莉々華はさらに激しく泣きじゃくった。
「あおいざぁぁぁん!! 怖かったですぅぅぅ!! 水面が、水面が莉々華を怒ってるみたいでぇぇ!!」
その感動の輪を、坂田結衣が愛犬・小鉄を引き連れて悠然と横切った。
「……ふん。運も実力のうちや。けどな、お嬢ちゃん。準優は運だけじゃ死ぬで。あおいの真似事も、ドジのまぐれも、そこから先は一切通用せんと思いや」
坂田の言葉は厳しかったが、その去り際の口元には、微かな、本当に微かな笑みが浮かんでいた。
【G1宮島レディースダービー:準優勝戦進出メンバー(確定)】
| レーサー | マブイ属性 | 前評判 |
| 近間 伊織(滋賀) | 紫金の湖王 | 圧倒的得点トップ。負ける姿が想像できない。 |
| 鎌倉 明奈(大阪) | 氷華の威圧 | 女王の逆襲。莉々華の走りに火をつけられた。 |
| 守屋 あおい(山口) | 氷の天女 | 空飛ぶ翼。リベンジに燃える。 |
| 坂田 結衣(大阪) | 漆黒の鉄槌 | 非情のベテラン。全てを粉砕する構え。 |
| 山本 玲奈(京都) 紫の理 | 優雅な刺客。隙を突く天才。 |
| 竹下 莉々華(兵庫) | 鈍色の幸運 | 奇跡のラッキーガール。 |
いよいよ準優勝戦。
天女のリベンジか、女王の威厳か、それともドジっ娘のさらなる奇跡か。
宮島の夜が明ければ、そこには誰も見たことのない「結末」が待っている。




