江戸川の執行人(グラビティ・アンカー)(2)
二〇三〇年、江戸川競艇場。
一年の空白を経て復帰した俺――速水誠を待っていたのは、江戸川狂信者たちの罵声パケットと、江戸川名物「ホワイトハンズ」の洗礼だった。
立ちはだかったのは、東京の若き執行人・長谷川平士郎。
「江戸川の荒波で足を取られた瞬間に、俺の縄で雁字搦めにしてやる」
平士郎の放つ捕縛マブイがメインプロペラを絡め取り、機体の回転数を強制停止させる。さらに堤防に反響する罵声とエンジンの不協和音が、俺の脳内に殺人的なノイズを打ち込む。
足元でスーが激しく唸り続けた。その唸りから俺は読み取った。恐れているのは江戸川じゃない、俺自身だ。
「あかり、すべてを捨てろ。この不快な耳鳴りを、推進エネルギーに変換してやる」
三十九号機のプロペラシャフトへ、捕縛マブイの振動数と真逆の超振動を叩き込む。鎖は、同じ周波数では断ち切れない。逆位相で打ち返せ——「砕錨」。
パキンという硬質な音と共に捕縛マブイが霧散。不協和音をエンジンの点火サイクルと完全同期させ、爆発的なトップエンド加速を開始した。
結果は二着。江戸川を地元とする大倉理恵さんに、ハナ差で先着を許した。
「……面白い場所だな。ここは、綺麗事じゃ勝てない」
泥にまみれ、ホワイトハンズに震える両手を見つめながら、俺は不敵な笑みを浮かべた。
さらなる深淵には、無音の怪物・石田健太郎が牙を研いで待っている。




