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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第6章:ダービー編

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第110話:黄金の奇襲、奪われた聖域 ― 優勝戦、波乱のピット離れ ―

電子の神域「カササギ」が映し出す、二億人の黙示録

2029年7月11日、16時45分。

広島・宮島ボートレース場の水面は、安芸の神々が鎮座する厳島神社の鳥居を背に、不気味なほどの「凪」を湛えていた。しかし、その静寂は、暴風雨の前のそれよりも遥かに重苦しい。

公式YouTubeチャンネル**『カササギ』。

そのPVカウンターは、人類史上未踏の領域である「2億」**という数値を叩き出した。全世界の人口の約40人に1人が、今この瞬間に宮島の海面を注視している計算になる。デバイスを通じて送られてくる膨大な衆望マブイは、もはやデータ通信の域を超え、物理的な熱量となってピットの気温を数度上昇させていた。

誰もが、誠のイン逃げによる完全戴冠を確信していた。誠が、鳴門に続き、この神域・宮島をも統べる。その「予定調和」を望む声が、2億のマブイとなって誠の背中を後押ししていた。

しかし、ボートレースの神様は、最も残酷で、かつ最もドラマチックな「脚本」を最後に用意していたのである。



「最終第12レース、優勝戦。……待機行動開始ッ! ……ああっ、速水誠の出足が鈍いか!? 1号艇、ピット離れでわずかに遅れたぁぁぁ!!」

実況の絶叫が、2億人の鼓膜を震わせた。

あかりが徹夜で完成させた、衆望を反射し加速に変える特製「ミラー・プロペラ」。それは極限まで薄く、鋭く研ぎ澄まされていた。しかし、発走直前のわずかな雲の切れ間から差し込んだ西日が、ミラー表面の熱伝導率を計算外に上昇させた。さらに、宮島特有の急激な水温変化が重なる。

コンマ数秒。

39号機のクラッチが繋がる瞬間に生じた微かな空転。誠の「ピット離れ」が、王者にあるまじき鈍さを見せた。

その「隙」を、百戦錬磨の牙が見逃すはずもなかった。

「誠くん。君はまだ、勝負の神様に愛されすぎている……。だが、勝利をもぎ取るのは、運ではなく『執念』だ!」

河田元気。

彼の黄金のマブイが爆発的に膨れ上がった。22号機は猛烈な勢いで加速し、1号艇の誠を物理的なプレッシャーで外側へと押しやる。さらに、4号艇の宮本太一チームシャインと6号艇の平野一貴(山口の師匠)が、ベテラン特有の「前付け」の動きを見せ、内枠を狙って猛烈に殺到した。


激しい進入争いが繰り広げられる。

誠は必死に舳先を内へ向け、聖域である1コースを死守しようとする。しかし、横に並んだ河田の「黄金の引き波」が、すでに物理的な壁となって誠のコースを遮断していた。無理に割り込めば、発走前に他艇と接触し、失格となる恐れがある。

「(誠! 落ち着け、これ以上は無理だ! 無理に競れば、二人して深い進入(深イン)になり、加速がつかずに全滅するぞ!)」

膝の上でシロが鋭く吠えた。その冷徹な警告に、誠は我に返った。

誠が艇を引いたその瞬間、オレンジのブイを真っ先に回ったのは、白ではなく「黒」の艇――2号艇の河田元気であった。

「信じられない光景です! 速水誠、聖域を奪われた! 2コースへ回されたぁ! 1コースを奪い取ったのは岡山のエース、絶対王者・河田元気だぁ!!」


カササギのコメント欄は、文字通り「爆発」した。

「終わった」「河田のインなら鉄板だ」「誠、ここまでか」。絶望の声と、逆転を信じる祈りが入り混じり、サーバーは処理限界を超えて一時的に映像が乱れるほどの混沌に陥った。

3. 2コースからの「逆襲の波切」

「……あかり。謝らないでくれ。この景色、僕には見えてる」

誠は通信機越しに、静かに、しかし力強く告げた。

1コースを奪われ、2コースに押し込められた絶望の状況。しかし、誠の瞳には、これまで以上に深い「白銀の輝き」が宿っていた。

「河田さんが1コースを獲った。それは、僕が一番近くで、あの黄金の盾を『斬る』チャンスをもらったということ」

誠は深く息を吐き、水面のうねりに愛機の鼓動を同期させる。

1コースには、逃げの天才・河田元気。

2コースには、翼をもがれ、波を斬る術を得た若き王者・誠。

3コースには、マブイ0の光り輝くベテラン・宮本太一。

誠のマブイが39号機の深部へと集束していく。

これまでの全ての激闘。大峰の龍、西野の野獣、平野の静寂、そして河田の黄金。その全てが、今、誠の中で「双龍そうりゅう」の形となって昇華されようとしていた。

2029年7月11日 16時55分:からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新

> 「【衝撃】誠、イン奪われる! 河田元気、執念の1コース奪取! 2億人が目撃する優勝戦、波乱の展開でいよいよ大時計が動く!!」

>


大時計の針が、ゆっくりと、しかし確実に頂点を目指して回り始める。

全6艇が、それぞれの「志」をエンジン音に乗せ、スタートラインへと殺到する。

* 1コース:河田元気 ― 「黄金の盾」を内側に展開。逃げ切れば伝説の帰還。

* 2コース:速水 誠 ― 2コースからの「捲り差し」。黄金の核を一撃で貫く構え。

* 3コース:宮本太一 ― 二人が競り合えば、一瞬の隙を突く「光の差し」。

「(行くぞ、シロ。僕たちの『波切・双龍』、今ここで宮島の海に刻むんだ!)」

シロが咆哮する。誠の指先がスロットルを全開に叩き込んだ。

2億人の視線が一点に集束し、宮島の海が、白銀と黄金の光に包まれて爆ぜる。

コンマ01。

二人の王者が、同時に「神の領域」のスタートを切った。


河田元気が、1コースから最短の旋回軌道を描く。

「誠くん、これがインの重みだ! 黄金結界、展開ッ!!」

水面に黄金の防壁が築かれ、誠の進路を物理的に遮断する。通常、2コースの艇はこの壁に弾かれ、外へ流されるか、引き波に飲まれて沈む。

しかし、誠はハンドルをあえて逆方向に切った。

「斬る……。黄金の盾ごと、海を、運命を!!」

『奥義・波切なみきり双龍そうりゅう』!!

誠の機体は、黄金の引き波の「最も硬い部分」にあえて突っ込み、その内部にあるマブイの流動を逆に利用して、急激な反転旋回を見せた。二本の白い航跡が、龍の角のように黄金の盾を左右から引き裂く。

一瞬の静寂。

そして、黄金の粒子が霧散するように弾け飛んだ。

「抜けたぁぁぁ!! 2コースから速水誠! 王者・河田の懐を、文字通り『斬り裂いて』突き抜けたぁぁぁ!!」

バックストレッチ。

白と黒、二つの機体が完全に並んだ。

誠の39号機から立ち上る白銀のオーラが、河田の黄金を侵食していく。二億人の観衆が、立ち上がり、叫び、涙する。その熱狂が、誠の背中に「三度目の翼」を形作っていた。


最終周、第2マーク。

河田が最後の意地で内側から差し返しを狙うが、誠は「波切」を維持したまま、水面を滑るのではなく「掴む」ような旋回で、王者の追撃を完璧に封じ込めた。

「……負けたよ、誠くん。君が、新しい『理』だ」

河田の呟きが、無線のノイズに混じって誠に届く。

誠は無言で、ただ前だけを見つめ、チェッカーフラッグが待つゴールラインを駆け抜けた。

【G1宮島ダービー:最終結果】

* 1着:速水 誠(山口)

* 2着:河田 元気(岡山)

* 3着:宮本 太一(兵庫)

「決まったぁぁ!! 速水誠、優勝! コースを奪われるという絶体絶命の窮地を、新奥義で跳ね除けました! 宮島の神々を平伏させる、堂々の完全優勝です!!」

実況の声はもはや絶叫を通り越し、鎮魂の祈りのように響いた。

カササギのPVカウンターは、ついに2億5,000万を記録。一人の少年が「本物の王者」になった瞬間を、世界が、歴史が、記憶に刻んだ。

誠は機体から降り、愛犬シロを抱き上げると、夕陽に輝く厳島神社の鳥居に向かって、静かに一礼した。

その首には、宮島ダービーの栄冠である「金の盾」が輝いている。

しかし、誠の視線はすでに、その先にある「SGスペシャルグレード」の舞台を見据えていた。

シロが、誠の心を見透かすように、誇らしげに空に向かって吼えた。

カササギの画面には、次なる戦いの舞台を予告する文字が踊り、二億人の期待は、止まることなく次の海へと流れていく。

2029年7月11日 17時30分:からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新

> 「【戴冠】速水誠、絶望の2コースから逆転優勝! 累計PVは驚愕の2億5,000万を突破! 新時代の王者が誕生し、宮島ダービーは伝説となって幕を閉じる!!」



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