表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第6章:ダービー編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

108/193

第108話:暗雲の三日目 ― 潮位と理(ことわり)の狭間で ―

電子の憤怒「カササギ」が映し出す、荒れ狂う神域

2029年7月9日、午前。広島・宮島ボートレース場の空は、昨日までの美しい夕映えを嘘のように塗り潰し、鉛色の巨大な雲が低く垂れ込めていた。公式YouTubeチャンネル**『カササギ』のPVカウンターは、この不穏な空気をも飲み込み、ついに1億8,500万**を突破。

しかし、画面越しに伝わる熱狂は、どこか「不吉な予感」を孕んでいた。気圧の急激な低下は、からくりエンジンの吸気効率を狂わせ、マブイ(精神エネルギー)の伝導率を極端に不安定にさせる。視聴者たちが投稿する数百万のコメントも、期待と不安が入り混じり、電脳空間にノイズとなって渦巻いていた。

これは、技術や気合だけで乗り切れるレースではない。宮島という「生きた水面」が、レーサーたちに牙を剥く、試練の三日目が幕を開けたのである。


「師匠、今日の潮は……最悪どころか、邪悪っすよ」

ピットに響く、弟子の野田あかりの掠れた声。彼女の目には、明らかな疲労と焦燥が浮かんでいた。昨日までの透明な水面は影を潜め、今日の中潮は、海底の泥を巻き上げるようにドロドロと濁り、不規則なうねりを伴ってうごめいている。

「潮位の変化が急激すぎて、さっきから吸水流速の計算がまったく合わないっす。おまけにこの気圧……39号機のコアが、息苦しそうに鳴いてるっすよ」

誠の傍らでは、誠の相棒であるペキニーズのシロが海面を睨みつけ、喉の奥から低く唸り声を上げていた。

(誠……。この水、昨日までの神様の水じゃねぇ。もっとドロドロした、敗北者たちの怨念と、名門連中の執念が混じり合って腐ってやがる。油断すんな、水面の下で何かが笑ってやがるぜ)


二日目を終え、山口勢の連勝街道に冷徹なストップをかけたのは、あの「完璧な秩序」を持つ藤島武士だった。

| ランク | レーサー | 状態・特徴 |

| 1位 | 藤島 武士(京都) | オール連対。精密機械の如き「理」で他を圧倒。 |

| 2位 | 河田 元気(岡山) | ドリーム制覇の加点が光る「逃げの天才」。 |

| 3位 | 速水 誠(山口) | 執念の2着・3着。首位を射程に置く。 |

だが、負傷欠場した大峰や西野の穴を埋めるべく、浅野家や蔵野家といった「地元勢」が、準優勝戦進出を賭けてなりふり構わぬ攻勢を強めている。地元の利、それは宮島の「生きた水」を味方につける術。彼らにとって、この荒天は山口の異端児を葬るための「慈雨」に他ならなかった。


この日のメインカードには、誠にとって最大の壁となるメンバーが集結した。

* 1コース:藤島 武士(京都) ― 完璧なる秩序の結界。

* 2コース:速水 誠(山口) ― 翼を封じられた王者。

* 3コース:平野 一貴(山口) ― 瓜生の師匠。誠の壁となるか。

* 4コース:和久田 新一(静岡) ― 親子鷹の父。カドから虎視眈々。

* 5コース:蔵野 剛(広島) ― 金の刃。地元で切り裂く。

* 6コース:石神 正広(大阪) ― 破壊の石神。一撃のダンプ。

発走前。藤島は相変わらず、荒れ狂うピットの隅で静かに抹茶を点てていた。その姿は、周囲の混沌から完全に隔絶され、鏡のような精神の静寂を保っている。

一方、誠とあかりは、プロペラを限界まで叩き変えていた。


2029年7月9日 15時:からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新

> 「【激震】予選得点ランクは大接戦! 誠、本日の12Rで怪物・藤島と直接対決! 天候悪化の宮島で、奇跡は再び起きるのか!? 累計PVは1億9,000万へ!!」

>


第12R。宮島の空はさらに暗く沈み、海面には「三角波」と呼ばれる、予測不能なうねりが支配していた。

誠の最大の武器である「空中旋回ウィング・ターン」。それは安定した気流と衆望の支えがあって初めて成立する神業。この不規則な突風の前では、それはただの標的に過ぎない。誠はやむを得ずチルトをマイナス0.5まで下げ、水面に這いずるような「屈辱」のセッティングを強いられた。

「(翼をもがれた鳥か……。皮肉なものだね、速水くん。君から『自由』を奪えば、残るのは未熟な操舵だけだ)」

藤島武士が、静かに誠を横目で見送る。誠の表情には、隠しきれない焦燥と、武器を奪われた者の脆さが浮かんでいた。


スタート。安貞から受け継いだ魂で、コンマ10の鋭い踏み込みを見せたものの、機体の伸びがない。チルトを下げたことで、最高速の伸びが死んでいた。

1マーク、藤島の完璧な先マイ。一点の乱れもない秩序の航跡に、誠は手も足も出ず、逆に藤島が意図的に残した引き波に足を取られる。39号機は激しくバウンドし、誠は一気に4番手まで後退した。

(誠! 集中しろ! 翼がねぇなら、足元の水を信じろ! この泥水は敵じゃねぇ、俺たちの『道』だ!)

シロが誠の膝の上で、冷たい波飛沫を全身に浴びながら吼えた。

道中、4コースの和久田新一が放つ「親子の絆」の引き波と、5コース蔵野剛の「金の圧力」にさらされ、誠の機体は何度も水面に叩きつけられる。カササギPVは、王者のあまりの苦戦に悲鳴のようなコメントが溢れ、カウンターの伸びが一時的に鈍化した。一億九千万人が、誠の「終わり」を予感したその時である。


最終周、第2マーク。

このまま4位で終われば、予選突破すら危うくなる

「……翼がないなら、波を『斬る』までだ!」

誠はあえてハンドルを深く入れなかった。荒れ狂う波の頂点ピークに、機体底部のステップを一瞬だけ当てる、極限の「点」の接地。

波に逆らうのではなく、波のエネルギーを自らの推進力へと変換する――かつて若き日の彼が、無我夢中で掴みかけていた、しかし今の強大なマブイを込めたことで進化した、異次元の走法。

『奥義・波切なみきり旋回』!!

「なっ……何だあの動きは!? 波の上を滑っているんじゃない、波を切り裂いて道を作っている!! 39号機が……水面と会話しているぞ!!」

実況が絶叫する。

波の谷間で加速し、山で跳ねる。不規則なうねりさえも「加速装置」に変えた誠は、2マークの出口で、3位の蔵野、2位の和久田を内側から一気に抜き去る「三枚抜き」を演じてみせた。

独走する藤島には届かなかったものの、翼をもがれた状態から、執念だけで2着をもぎ取ったのである。

2029年7月9日 17時:からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新

> 「【執念】速水誠、翼なき逆境で『波切』を披露! 絶望の4位から奇跡の2着浮上! 累計PVは1億9,500万を突破し、王者の底力に世界が震える!!」

>

12R 厳島特選:結果

* 1着:藤島 武士(京都) ― 終始完璧な独走。

* 2着:速水 誠(山口) ― 最終マークの「波切」による大逆転。

* 3着:和久田 新一(静岡) ― 親子の意地で食い下がり3着。

ピットに戻った誠は、全身ずぶ濡れになり、膝をガクガクと震わせながらも、駆け寄ったあかりに力強く告げた。

「あかり……わかったよ。この宮島、空だけ見てたら勝てない。明日からは……俺が、この『海』そのもののあるじになる!」

誠の瞳には、数々の死線を越えた「王者」としての深みが混ざり合っていた。満身創痍の2着。しかし、彼は最大の逆境の中で、失っていた野生の感覚――『波切』を完全に掌中に収めたのだ。

だが、その様子を暗闇から見つめる影があった。

広島の蔵野剛が、自らの機体に「ある特殊な装備」を装着しようとしていた。

「波を斬るというなら……その波ごと、『金』で固めてやろうじゃないか。速水誠」

勝負の四日目。宮島の波は、さらに高く、さらに鋭く、誠を試そうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ