黄金の盾と死の組
二〇二九年七月十日。ボートレース宮島――G1宮島ダービー予選最終日・第十二レース。
公式チャンネル「カササギ」のPVカウンターは一億九千万を刻み、画面の向こう側の熱狂は、物理的な大気圧となって宮島の水面を支配していた。
一号艇・河田元気さんは、アイドリング状態から黄金の粒子を霧のように噴出させていた。彼が編み出した絶対防壁「黄金結界」は、「絶対逃走」という元来の逃げの技術を宮島の干満差による水圧変化へと応用した進化系だ。背後の波を物理的な壁へと変質させる、まさに絶対の要塞。
対する二号艇・俺の三十九号機は、スーとのバイオリンクを極限まで深め、荒れた波の音をマブイの拍動として取り込んでいく。
宮島の干満差を逆利用する発想を、あかりと深夜に練り上げた新技だ。河田さんの環境操作を波ごと斬れば無効化できる——そう読んでいた。
大時計の針がゼロへと加速する。
「一号艇・河田元気――ST【.〇二】!!!」
「二号艇・速水 誠――ST【.〇三】!!!」
スリットを抜けた瞬間、俺はあえて河田さんが作り出した「硬い波の壁」に対し、機体のエッジを鋭角に突き立てる――「奥義・波切旋回」を敢行した。
だが、河田さんは不敵に笑う。
「甘いよ、誠くん! 私はこの瀬戸内で、何万回とこの気まぐれな波を越えてきた!」
河田さんがスロットルを握り込むと、黄金の粒子が潮流と共鳴。俺が波を斬ろうとした瞬間に、その頂点を巧妙にずらし続ける。
「なっ……波の座標が、逃げていく……!?」
これこそが、絶対王者が誇る「環境操作」の極致。コンマ数秒のズレだが、それはからくり競艇において絶望的なまでの「経験の壁」だった。
結果は二着。辛うじて準優勝戦への切符を手にしたが、勝てなかった。
夕刻、準優勝戦の番組表が発表される。第十一レース――それは「死の組」と呼ぶにふさわしい猛者たちの集結だった。
誠の白銀黒影を封じんと、二号艇に座する蔵野剛さんが冷たい笑みを浮かべる。
「速水誠……。お前が波を斬る前に、二コースからその水面ごと金の理で固め、お前の首を刎ねてやる。宮島の海は、広島のものだ」
カササギのカウンターは一億九千万を超えた。全世界が見つめる中で、誠の「真の王への試練」が、いよいよ幕を開けようとしていた。




