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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第6章:ダービー編

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第101話:沈まぬ巨城と島根の犬 ― 二日目・浅野&堀尾の包囲網 ―

からくり競艇の狂騒を全世界へと伝播させる心臓部、それが公式YouTubeチャンネル**『カササギ』**である。

2029年現在、このチャンネルは単なる動画投稿プラットフォームの枠を超え、人類の「衆望しゅうぼう」を数値化し、物理的なエネルギーへと変換する巨大な触媒として機能している。チャンネル名である「カササギ」は、七夕の夜に織姫と彦星の間を繋ぐ架け橋の伝説に由来する。すなわち、現実世界とからくり競艇という異能の戦場、そして一億人を超える観衆のマブイ(魂)を繋ぐ唯一無二の「懸け橋」であることを意味しているのだ。

『カササギ』の最大の特徴は、動画の再生数(PV)がそのまま競技場に鎮座する「万魂石ばんこんせき」の出力に直結している点にある。視聴者が画面越しに放つ興奮、驚愕、祈りといった感情エネルギーは、独自のアルゴリズムによって収集され、リアルタイムでレーサーたちの機体(機獣)へとフィードバックされる。

画面の右隅に表示される「カササギPVカウンター」は、もはや単なる人気指数ではない。それは世界線の安定度を示すバロメーターであり、1億PVを超えた瞬間に発生する「衆望の加護」は、物理法則を容易に捻じ曲げる。速水誠の「チルト3.5」という神業も、このカササギを通じて集積された莫大な衆望のバックアップがあって初めて成立するものである。

今や『カササギ』は、世界で最も影響力のあるメディアであり、同時に最も巨大な「信仰の集積地」となったのである。


2029年7月8日。G1宮島ダービー二日目。

初日のドリーム戦、速水誠は宿敵・河田元気の黄金の逃げに屈し、辛酸を舐める2着に終わった。王者・誠の敗北に世界が揺れる中、次なる戦いの火蓋は、誠の同部屋であり親友でもある**瓜生俊樹うりゅう としき**の頭上で切られた。

第5レース。番組表が発表された瞬間、ピット裏には緊張が走った。

1コースの瓜生を包囲するのは、広島支部が誇る「鉄壁」と「剛腕」。地元勢による、情け無用の「余所者狩り」の陣容であった。

「……逃がさんけぇ。宮島の土は、安芸の神々に守られとる。余所者の細工で動かせるほど、この海は軽くはないわ」

2号艇に構えるのは、広島・浅野家の当主、浅野忠行。

浅野家は「忠義を貫き、決して退かず」という苛烈な家訓を数百年守り続ける、土属性の大家である。彼が愛機32号機にマブイを注入すると、周囲の水面がドロリと変質し、粘り気を帯び始めた。これは相手の機動力を物理的・霊的に拘束する浅野家秘伝の防壁――**『沈まぬ巨城マッド・フォートレス』**の展開である。

一方、3コースには「島根の雄」にして、全速ダンプの代名詞・堀尾大輔。

彼の傍らには、愛犬のチワワ・源助が座している。源助の瞳は金属性のマブイによって紅く発光し、主人の闘志と共鳴して低く、鋭い唸り声を上げていた。

「瓜生くん、悪いがここは大人の時間じゃ。源助も『行け』と言うとる。広島の厳しさを身に刻んで帰れ」

対する1号艇の瓜生俊樹は、相変わらず掴みどころのない男であった。

特筆すべきは、彼のマブイ数値である。コアマブイ0、外付けマブイ0。

からくり競艇において「マブイがない」ということは、燃料のないエンジンで走るに等しい自殺行為とされる。だが、瓜生は凪いだ海のような無表情で、膝の上のパグ・パスタを優しく撫でていた。

(フゴッ、フゴフゴッ!)

パスタが鼻を鳴らす。その瞬間、瓜生の周囲数メートルが、音も光も吸い込まれるような奇妙な静寂に包まれた。


大時計の針が頂点へと加速する。

一億五千万人を超えるカササギの視聴者が固唾を呑んで見守る中、スリットラインを全速で駆け抜けたのは、地元広島勢の気迫であった。

「『土遁・泥濘でいねいの波』!」

2コースから浅野が土属性のマブイを解放。

1コースの瓜生を飲み込むように、水面が物理的な泥沼へと変貌した。通常であれば、この粘り気にプロペラが取られ、機体は失速、転覆の危機に晒される。さらに外側からは、堀尾と源助が一体となった赤い閃光が、瓜生の側面を粉砕せんと「超速ダンプ」の軌道を描き始めた。

広島の誇る「土」の拘束と「金」の剛腕。

二つの絶対的な重圧が、中央の1号艇を押し潰そうとしたその時である。

2026年7月8日 11時:からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新

> 「【衝撃】浅野・堀尾の広島コンビ、瓜生を完全包囲! マブイ0の瓜生、この『泥沼』を抜け出せるか!? 累計PVは1億5,800万突破!!」

>

カササギのコメント欄には、瓜生の危機を叫ぶ悲鳴と、広島勢の凄まじい「地元愛」への驚愕が溢れかえった。しかし、ピットのモニターを見つめる速水誠だけは、静かに拳を握りしめていた。

「俊樹……。マブイがないお前にしかできない、透明な旋回ターンを見せてやれ」


宮島1マーク。広島の誇る重圧が最高潮に達し、海面が爆発した。

浅野の『沈まぬ巨城』が放つ泥のようなマブイが、瓜生の艇を完全に包囲したかに見えたその刹那、パグのパスタが天を仰いで大きく吠えた。

「ワンッ!!」

その咆哮は、時空の隙間を縫う「導き手」の合図であった。

瓜生俊樹の「マブイ0」という空虚な領域が、パスタの声を合図に反転した。

からくり競艇における攻撃や干渉は、相手の「マブイ」という存在感に反応して成立する。しかし、瓜生にはそれがない。

浅野が放った粘りつくマブイ、堀尾が叩き込もうとした剛腕のプレッシャー……それらすべては、干渉すべき対象を見失い、あたかも幽霊を通り抜けるように瓜生の艇をすり抜けていったのである。

無色旋回ゼロ・トランス・ターン』。

「なっ……機体が、掴めん!? 手応えが……消えただと!?」

浅野忠行が愕然とする中、瓜生の1号艇は摩擦を一切感じさせない透明な軌道で、泥沼と化した1マークを最短距離でくるりと回った。それは「速い」というより「そこに存在していなかった」かのような、物理学を無視した転換であった。

直後、堀尾の放った全速ダンプが、瓜生のいたはずの空間を空しく切り裂いた。

「逃がすかぁ! 源助、ブーストじゃ!!」

堀尾は即座に立て直し、チワワの源助と共鳴。金属性のマブイをプロペラに叩き込み、バックストレッチで瓜生を追走する。しかし、瓜生の機体はすでにその先にあった。

マブイを持たないからこそ、機体は極限まで軽く、立ち上がりは神速。

剛腕・堀尾の猛追をもってしても、もはやバックストレッチで2艇身のリードを広げた「無の影」を捉えることは叶わなかったのである。


「1号艇、瓜生俊樹! 広島の鉄壁を鮮やかに無力化! マブイ0のダークホースが、宮島の神域に静かなる衝撃を刻みました!!」

実況の絶叫が響き渡る中、瓜生は表情一つ変えず、淡々と、そして優雅にチェッカーフラッグを受けた。

宮島の海を覆っていた泥のようなマブイは霧散し、再び清らかな水面が戻る。

ピットに戻った瓜生は、駆け寄ってきた誠と静かに拳を合わせた。

「誠……。パスタが、潮の道が見えるって言ってた。……あいつら、強かったよ。マブイの熱で、海が沸騰してた」

「最高だったよ、俊樹。お前の『無』、世界が震えてたぜ」

誠は笑って瓜生の肩を叩いた。親友の勝利は、誠自身の闘志に再び火を灯した。

河田元気に敗れた痛みは消えない。だが、瓜生の勝利は、からくり競艇にはまだ「新しい可能性」が眠っていることを証明していた。

2026年7月8日 12時:からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新

> 「【波乱】瓜生俊樹、マブイ0の奇跡! 広島の名門二人を相手に堂々のイン逃げ快勝! 累計PVは1億6,000万を突破し、山口支部の勢いが止まらない!!」

>


二日目も半ばを過ぎ、宮島ダービーの勢力図は劇的な変容を見せ始めていた。

現在、山口支部は速水誠の2着、瓜生俊樹の1着という強力なスコアを叩き出し、シリーズの主導権を完全に掌握しようとしている。

対する広島勢は、守護神・浅野、雄・堀尾が相次いで敗北を喫したことで、未曾有の危機感に包まれていた。

「……若造め。広島の地を、これ以上荒らさせてたまるか」

ピットの奥深く、蔵野家の現当主・**蔵野剛くらの ごう**の瞳に、黄金の殺気が宿る。誠の「空」と瓜生の「無」。山口の若き天才たちを叩き潰すべく、広島の「金」の龍がいよいよ目を覚まそうとしていた。

一方、速水誠は後半戦に向け、野田あかりと共に再び整備室へと籠もっていた。

ターゲットはただ一人。絶対王者・河田元気。

「あかり、次のプロペラ……『裏の裏』を試してみようか」

「師匠、その調整は危険すぎるっす! でも……やるしかないっすね!」

一億六千万の衆望が渦巻く中、宮島の潮は再び満ち始める。

連覇を狙う誠の前に立ちはだかるのは、更なる混沌か、それとも新たなる神話か。

『カササギ』のカウンターは、止まることなく数字を刻み続けている。

それは、世界中の人々が「その先」を渇望している証であった。

(安芸の海に、再び白銀の翼が舞うまで――あと数時間。)


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