この大空に
千羽との最後の休日も呆気にとられるほどいつもどおりだった。
会社へ出勤するみんなと一緒に朝食を食べて、1人で勝手に出かけていく。
お昼には帰ってくるからご飯は用意しといてと言葉を残して。
掃除洗濯なんて毎日家事専属でやっていればそこまで仕事量は多くない。料理は時間がかかるけど、仕込みを覚える事と慣れでどうとでもなる。
コレに子育てまで入ってきたらソレこそ大変なんだろうけど、俺には望む事さえ許されない。
命のカウントダウンは始まっているんだけれど、不思議と時間を持て余してしまう。
果てのない青空、風に乗って流れてゆく雲。
地球にいた頃に覚えた数少ない歌を口ずさむ。
日本人なら誰でも知っている、大空と翼と自由の歌。
透き通るような歌声なんて持っていないし、リズム感だってあやふや。きっと脳内にメトロノームが足りなていない。
継ぎ接ぎだらけの記憶だけれど、それでも記憶に残っていた歌。
もう1つ覚えている歌があるとすれば国家ぐらいだろうな。後はカエルかな。
誰にも届くはずのない歌声が溶けるように空へ吸い込まれていく。
「ふぅん。優太のわりには、いい曲を歌うじゃないのよ。私にも教えなさいよ」
空から帰ってきた赤い影に、俺の歌声はバッチリ拾われていたようだ。
特に断る理由もないし、今日の時間はいつもよりゆったりしてるからのんびり歌詞を伝える。
輪唱して、魔女の文字で歌詞を書いてもらって、あやふやなリズムを整えていく。
楽器なんて使えないからアカペラだけれど、千羽と一緒に2人で歌う。
不思議とゆるやかな風が集まってくる。俺たちを中心に渦巻いている。
千羽の長くて赤い髪がユラユラと遊ぶ。普段よりも神秘的でいて、魅力的で、でも安心できて。
歌いきると、千羽の背中に赤く大きな翼が生えていた。
大きく広がっていて、どこまでも自由へ飛んで行けそうな力強さを感じさせる。
「この曲、凄いわね。気に入ったわ。まさか優太が魔法を使えるほどの力を秘めているなんてね」
へっ、と呆けてしまっている俺の背中へ、千羽を指差して促した。
振り向くと、俺の背中からもオレンジ色の翼が生えていた。とはいえ歪にボサボサで、とてもぎこちない翼だけれども。
「折角だからテスト飛行するわよ。優太は……まぁ自力じゃ飛べなさそうだから抱っこしてあげるわ」
そう言うやいなや、千羽は俺をお姫様抱っこして赤い翼を羽ばたかせた。
青空に映える赤。やわで華奢な身体から伝わってくる体温。空を切る風が火照った思考を程よく冷やしてくれる。
ホント、千羽はどこまでも身勝手で、予想外に振り回してくれて……魅力的に楽しませてくれる。
「いい、優太。たとえ飛ぶ事ができなくても翼を羽ばたかせなさい。きっとその足掻きが、優太の自由を切り開いてくれるから」
心強いや。
俺は今日包まれていた。大空に、自由に、翼に、そして千羽に。
空中散歩を終える頃には引っ込んでしまった俺の……オレンジの翼に、自由を誓った。




