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奴隷日記  作者: 幽霊配達員
白の書
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109/110

絶対領域

 1つ傘の下で、お父さんと隣り合ってスーパーまで歩く。

 2人で入るにはちょっと小さすぎるから肩が濡れちゃってるけど、その分自然と近くにいられる。

 雨の日の絶対領域。

 降りしきる雨を濡れた道路が弾いて足下に跳ねる。

 お父さんのズボン、下の方が濡れて色を変えてる。

「傘一本だと、やっぱり濡れちゃうね」

「しかたありませんよ。出歩けるようになるだけで上出来です」

 梅雨の湿気と身体から発せられる熱が不快な気温。

 ムシムシした空気が、存在感を示してくれる。

 夢のようなこの時間が、幻じゃないって教えてくる。

「ちょっと気になったんだけど……なんか喋り方、丁寧だよね。どうして」

 前を見ながら疑問を投げてみた。日記だと丁寧な文体じゃなかったし、第一人称も俺だったし。だから最初、混乱したんだよね。

「ちぃちゃんは変な事を気にしますね」

「だって、奴隷のみんなが丁寧に話してる訳じゃないもん。寧ろ少数派だよ」

 家のグレープだって丁寧語なんて使ってなかったし、誰も咎めようとなんてしてなかったし。

「コレは千羽様……と言うか僕の主が強要したんですよね。どうにも普通の喋り方がナマイキだったみたいで」

 ははっと乾いた笑みを漏らす。

 ちょっと、何やってるのお母さん。けっこう引いちゃうんだけど。って事は普段使えなかった分、日記で口調が戻ってたって事かな……闇、深くない。

「奴隷さん、大変だったんだね」

 声に労いがこもっちゃうのも仕方ないよね。心もドンヨリ雨天気分。

「あぁ、そう言えば自己紹介がまだでしたね」

「……え?」

 自己紹介って、お父さんと出会ってから一年ぐらい飛んでるよね確か。なのに今更。

「僕の名前は優太。優しく逞しく育つよう、母さんに願われ名付けられました」

 ハッとして振り向くと、穏やかな笑顔が迎えてくれた。

 そうだよ、終わってるんだよ。奴隷棒名の儀。お父さん、お母さんから名前をもらってるんだよ。

「うわっ……と」

 反射的にお父さんに抱きついて、顔をおなかに埋める。

 暑い、体温も湿度も不快だ。お父さんだって私の熱で蒸し苦しさを感じてるはず。服だって雨と汗で湿気ってる。でも止められなかった。やめられなかった。

「おめでとう、優太さんちゃんとお祝いした。まだだったら、今からでもやらなくちゃ」

 私を見下ろすお父さんは、困ったような気恥ずかしいような、ゆるい笑みを浮かべていた。

「ありがとう、ちぃちゃん。でもお祝いなんて今更ですよ」

「そんな事ない。もー、お金と時間があったらパーティしてるのに。悔しいな」

 今日が晴れてたら小躍りしてたと思う。でも雨だから、ギュって抱き締める事しか出来ない。

 狭い絶対領域の中はきっと、私の嬉しさで溢れかえらんほどになってる。

「気持ちだけで嬉しいですよ。ただもし僕のワガママを聞いてくれるなら、暫く僕と一緒に時間を使ってほしいかな」

 お父さんってば、そんなんじゃワガママにならないよ。

「しょうがないな。付き合ってあげちゃおう。時間の限り、ね」

 スーパーまでの短い移動時間。私達は途中から、手を繋いで歩いたよ。

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