絶対領域
1つ傘の下で、お父さんと隣り合ってスーパーまで歩く。
2人で入るにはちょっと小さすぎるから肩が濡れちゃってるけど、その分自然と近くにいられる。
雨の日の絶対領域。
降りしきる雨を濡れた道路が弾いて足下に跳ねる。
お父さんのズボン、下の方が濡れて色を変えてる。
「傘一本だと、やっぱり濡れちゃうね」
「しかたありませんよ。出歩けるようになるだけで上出来です」
梅雨の湿気と身体から発せられる熱が不快な気温。
ムシムシした空気が、存在感を示してくれる。
夢のようなこの時間が、幻じゃないって教えてくる。
「ちょっと気になったんだけど……なんか喋り方、丁寧だよね。どうして」
前を見ながら疑問を投げてみた。日記だと丁寧な文体じゃなかったし、第一人称も俺だったし。だから最初、混乱したんだよね。
「ちぃちゃんは変な事を気にしますね」
「だって、奴隷のみんなが丁寧に話してる訳じゃないもん。寧ろ少数派だよ」
家のグレープだって丁寧語なんて使ってなかったし、誰も咎めようとなんてしてなかったし。
「コレは千羽様……と言うか僕の主が強要したんですよね。どうにも普通の喋り方がナマイキだったみたいで」
ははっと乾いた笑みを漏らす。
ちょっと、何やってるのお母さん。けっこう引いちゃうんだけど。って事は普段使えなかった分、日記で口調が戻ってたって事かな……闇、深くない。
「奴隷さん、大変だったんだね」
声に労いがこもっちゃうのも仕方ないよね。心もドンヨリ雨天気分。
「あぁ、そう言えば自己紹介がまだでしたね」
「……え?」
自己紹介って、お父さんと出会ってから一年ぐらい飛んでるよね確か。なのに今更。
「僕の名前は優太。優しく逞しく育つよう、母さんに願われ名付けられました」
ハッとして振り向くと、穏やかな笑顔が迎えてくれた。
そうだよ、終わってるんだよ。奴隷棒名の儀。お父さん、お母さんから名前をもらってるんだよ。
「うわっ……と」
反射的にお父さんに抱きついて、顔をおなかに埋める。
暑い、体温も湿度も不快だ。お父さんだって私の熱で蒸し苦しさを感じてるはず。服だって雨と汗で湿気ってる。でも止められなかった。やめられなかった。
「おめでとう、優太さんちゃんとお祝いした。まだだったら、今からでもやらなくちゃ」
私を見下ろすお父さんは、困ったような気恥ずかしいような、ゆるい笑みを浮かべていた。
「ありがとう、ちぃちゃん。でもお祝いなんて今更ですよ」
「そんな事ない。もー、お金と時間があったらパーティしてるのに。悔しいな」
今日が晴れてたら小躍りしてたと思う。でも雨だから、ギュって抱き締める事しか出来ない。
狭い絶対領域の中はきっと、私の嬉しさで溢れかえらんほどになってる。
「気持ちだけで嬉しいですよ。ただもし僕のワガママを聞いてくれるなら、暫く僕と一緒に時間を使ってほしいかな」
お父さんってば、そんなんじゃワガママにならないよ。
「しょうがないな。付き合ってあげちゃおう。時間の限り、ね」
スーパーまでの短い移動時間。私達は途中から、手を繋いで歩いたよ。




