泥沼の青黒
氷竜との最後の休日。
今日もみんなが出社して、お昼近くに氷竜は起きてきた。作られたニコニコ顔。
「もうすぐね~。ね~、やっぱり考え直さないかしら~。私~、優太ちゃんとはもっと一緒にすごしたいわ~」
お昼ご飯を食べ終え、両手でカップを持ちながらおねだりしてくる。
魅力的ではあるけれど、もう心は決めてある。例え氷竜のお願いでも、首を縦に振る事はできない。
「ふ~ん。そっか~」
納得なんて、してくれてないだろうな。
けど俺にとっても子供を作る最初で最後のチャンスなんだ。ここで生をとったら、一生後悔しながら余生を過ごさなきゃいけない気がする。
「まあいいわ~。私もやりたいようにやるから~」
決意の固まった冷たい笑顔。何か入っちゃいけないスイッチが入ったような気がした。
氷竜は最後の二人きりの休日だというのに、みんなが仕事を終えて帰ってくるまでいつも通りに過ごしていた。
違和感のある静けさ。まるで、今日が最終日じゃないかのように振る舞っている。
ただいつもなら絶対にやらない、庭での出迎えを氷竜と一緒にする事になる。どういう風の吹き回しだろうか。
子虎が最初に帰ってきて、次に亀夜が夕焼け空に映った時だった。
氷竜が水魔法を全力で亀夜へ放った。
瞬間移動で回避し、庭へ降り立った亀夜へ氷竜が全力で追撃を仕掛ける。
あまりの迫力と、殺意に俺も子虎も動けなかった。
亀夜が説得しながら対処するも氷竜は聞く耳を持たずに重い攻撃を放ち続ける。
あまりの猛攻に捌ききれなくなった亀夜が一発もらってしまう。
「そのまま死ね」
崩れたところへ全力の魔法ラッシュ。
あのままだと亀夜がマズい。どうしてこんな事に。助けを求めて子虎へ視線を送るんだけど、震えながら首を横に振られてしまう。
子虎じゃ止められない。
肩で息をしながらやりきった顔で嘲笑する氷竜。ズタボロに横たわる亀夜。
夕焼けに絶望が滲む中、亀夜がユラリと立ち上がった。
よかった。生きてた。けど……
どう見ても致命傷。フラフラだし、叶う事ならすぐにでも治療をしたい。けど今の氷竜が許してくれるはずがない。
「けっ。死に損ないが。次で命を終わらせてやる」
「……もう、やめ……だ」
命乞いにも聞こえたセリフ。だけど黒い瞳には確かな殺意が宿っていた。見ただけでゾクりと悪寒が走る。
「黙って……死ね」
黒雲が広がり夕焼け空を隠した。と思った次の瞬間には、巨大な岩塊が氷竜を目がけて降ってきた。
「なっ! はぁ!?」
驚いて逃げようとした氷竜の足が、ぬかるんだ地面に沈む。
亀夜が目隠しに黒雲を作って岩塊を宙へ設置し、逃げ道を塞ぐために地面を足が沈むほどやわらかくした。
相殺すべく水氷の魔法を遮二無二に空へ放つも、重力の法則を引き連れた強固な岩塊はビクともしない。
ならばと氷柱を作って受け止めようとするも触れた瞬間、粉微塵に瓦解する。
そして氷竜の叫びを黙らせるように、岩塊が押し潰した。
魔力を使い果たして消える岩塊。拉げたように感じられた氷竜の身体。けども奇跡的に、氷竜は立ち上がった。
足下がぬかるんでたおかげで、辛うじて致命傷にはならなかったんだろう。或いは……
2人とも後1撃でも受ければ絶命してしまうぐらいなのに、敵意と殺意だけは引っ込めずに対峙する。
意を決して動いた瞬間、帰宅した千羽が身体を真ん中にねじ込ませて2人を止めた。
「バカな事やってんじゃないわよ! 子虎も止めなくてどうするのよ! 刹那家の誰を失っても、優太が死ぬほど後悔すんのわかってんの!!」
全員の心に声が響いた。1番失いたくない物が何なのか、ハッキリとビジョンが浮かんだ。
後はもう、戦意を失った2人を病院へ運んで後始末をするだけ。
てんやわんやだったけど、無事に収拾がついてよかった。
後は、みんなで無事に婚礼生誕の儀を迎えるだけだ。
「もう、だいぶ終盤だね」
大雑把にページを捲ってみると、残りが1日分だってわかる。
「もうすぐお父さんの日記帳が終わるんだね。このまま続けちゃってもいいんだけど、明日は朝から亀夜ちゃんと図書館に行く予定だし、今日はこのくらいで切り上げよう」
待っててね、お父さん。お父さんが残した想い、ちゃんとお母さんたちにも届けるから。だからおやすみ、また明日ね。




