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「メイドと紹介すればよかったじゃないですか。自慢の野良メイドだと」

 日曜日のショッピングモール。に併設してある映画館。シネコンである。

 春斗と菜摘はシアター6から出てきた。空になった紙カップをゴミ箱に捨てる。菜摘はさすがにメイド服ではなく、地味めなファストファッションに身を包んでいる。

「いやぁ、面白かったな」

「そうですね。そうはならんやろ、の繰り返しで飽きませんでした」

 口コミが良かった映画を観に行こうと思ったのだが、休みが合うのが日曜日しかなかった。おかげで人が多い。映画を観に行くときは平日を狙って行くので、こういう人混みは久々だ。

「貴方様、少々お花摘みに行って参ります」

「おー、ごゆっくり」

 菜摘がトイレに向かったので、一人になった春斗はロビーで時間を潰す。時間的に今から帰れば夕飯にはちょうどいい時間だ。

「あー、春ちゃんだー!」

 聞き覚えのある声がした。それも、あまり聞きたくない類の。ちらり、と目をやる。

 やはり、関わりになりたくない奴だ。聞こえなかったふりをして無視する。

「もー、なんで無視するのー? 久々に会ったのにー」

「……別にいいだろ。もう他人なんだからよ」

 声をかけてきた女。二十歳過ぎに見える、見た目は可愛い女。フリルのついた、俗に言う地雷系なファッション。

 三輪露香(みわ つゆか)。かつて、春斗と付き合っていた女。

「ひどーい。同棲してた仲じゃーん。久しぶりに会ったんだから、ちょっと話そうよー」

「連れを待ってるんだよ。もう帰るから」

「連れ? ひょっとして、彼女?」

 彼女ではなく、メイド。それも野良メイド。それを言うのも面倒だし、早く会話を終えたい。菜摘には悪いが、彼女ということにしておこう。

「そうだよ、彼女」

 嘘ではあるが、不思議と悪い気はしなかった。

「ふーん。見てみたいな、どんな子なのか」

「見てどうするんだよ。もう何もないんだから、早く帰りなよ」

 マウントでも取る気なのだろうか。確かに露香の見た目だけなら菜摘よりも遥かに良いが、中身はその逆だ。

 周囲を見渡すと、こちらを興味深そうに見ている菜摘がいた。

「やっと戻ってきたか。帰るぞ」

「あ、その子が彼女?」

「行くぞ」

 半ば強引に菜摘の手を引き、駐車場に向かう。菜摘はぽかんとした表情を浮かべると、露香に軽く会釈をした。

「もー。いつでも連絡してよねー」

 露香の声を無視して、駐車場に向かうのだった。


 駐車場の事前清算を済ませて、車に乗り込む。

「……悪かったな」

「どうなさいました?」

「彼女とか言ってよ」

「メイドと紹介すればよかったじゃないですか。自慢の野良メイドだと」

「誰がわかるんだよ、野良メイドとか」

 菜摘の声は普段の調子のままだ。一安心して、車を発進させる。

「先程のお方は?」

「……元カノだよ。今は何もないんだけどな」

「ああ。……あっ」

 菜摘は納得したような仕草のあと、口元を手で押さえた。露香との話は菜摘にはしていないが、この様子だと姉から聞いたのかもしれない。

「ひょっとして姉貴から何か聞いたのか?」

「まぁ。冬美様は嫌いだったと仰られていましたが」

「そうだな。姉貴は嫌ってた」

 露香の言動はぶりっ子めいたあざといところがあり、姉はあまり好いていなかった。

「両親に紹介するぐらい本気だったんだがな」

 姉は嫌っていた一方で、両親は割と好印象だった。別れたという話をしたら残念がられたものだ。

「……その様子だと、良くないことがあったみたいですね」

「ああ。同棲してたんだけどな」

 露香と付き合いだして半年ほどで、春斗は社員寮を出て同棲を始めた。露香は春斗が夜勤明けだろうとおかまいなしに色々予定を組んでいたが、そこは惚れた弱み。あばたもえくぼ、といったところだ。大変ながらも充実はしていた。

「遅番の残業予定の日があってな。1時まで仕事するやつだ」

 春斗の職場は交替で食事休憩に行っており、休暇者がいて操業要員が確保できないときは、早出もしくは残業で交替要員を確保している。その日は春斗が残業する予定だった。

「ああ、たまにやられていますね。わたくしはいつも先に寝てしまいますが」

「そっちのが助かるわ。で、その日は後工程がトラブったせいでうちのラインも止まったから残業も流れたんだよ。せっかくだからサプライズでもしようと思って、何も言わずに帰ったんだ。遅くまでやってるケーキ屋でケーキ買ってな」

「……なんだか読めました」

「予想通りだろうよ。帰ったら知らん男がいてな。そこからもう大喧嘩だよ」

 百年の恋も覚めた瞬間だった。それはお互いのことらしく、翌日に露香は荷物をまとめて出ていったのだった。浮気をされた側が愛想をつかされるというのも変な話であるが。

「それは災難でしたね」

「しかもあいつ、周りの奴らにあることないこと言いふらして、なんか俺が悪いみたいな感じに持っていきやがったし。しばらく仕事どころじゃなかったわ」

 春斗の勤務体系のせいですれ違っていたのが悪い、冷たくされる、家のことを何もしない、等々。別に冷たくしていた訳ではないし、家事も普通に折半でやっていた。それこそ夜勤や残業おかまいなしに。

 ともあれ、当時の焦燥ぶりは、上司から心配されるほどだった。今でも酒の席ではネタにされる。いや、ネタにでもしないとやっていけない思い出だ。

「なるほど……。それで女性恐怖症になったと」

「恐怖症っていうか、恋愛だとか彼女だとかに興味がなくなったわ」

 露香との一件以降、彼女が欲しいという気持ちにはならなくなった。だからこそ、菜摘にも下心を持たずに接することができている。

「あのアパートに住まれてたんですか?」

「ああ。寮に出戻りするのもかっこ悪かったしな。かといって引っ越す金もなかったし。記憶の底に封印して住み続けてる訳だ」

 信号で止まる。少しの沈黙。

「……まぁ、悪い思い出は上書きできてるけどな」

 嘘は言っていないが、なんだかこっ恥ずかしい。

「あら。メイドとの生活が忘れられなくなってきているのですか?」

「ああ。今は楽しいよ。昔のことを思い出さないぐらいにな」

 菜摘といれば、露香のことは思い出さなくて済む。そう思いながら、春斗は車を走らせた。

贅沢言わないからファミレスでメイドさんと映画の感想を語り合いたい。

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