エピソード3
最初は、鎧に反射した光だと思った。
けれど違う。
手のひらから淡い光が溢れている。
白とも、薄い緑ともつかない光。
それが細い糸のようになって、傷ついた兎の身体へ吸い込まれていく。
……なんだ、これ。
慌てて手を引こうとして――やめた。
理由なんて分からない。
でも。
悪いものではない。
そんな気がした。
光は少しずつ強くなる。
「……きゅ」
聞こえた。
腕の中の兎が反応する。
先ほどまで胸元にしがみついていた小さな身体が身を乗り出し、傷ついた仲間を見つめている。
「きゅっ……きゅぅ……」
呼んでいるのだろうか。
地面に伏した兎の耳が、
ぴくっ。
動いた。
よかった。
生きてる。
そう思った瞬間、光が一際強くなった。
抉れていた肉が――ゆっくりと塞がっていく。
血に濡れた毛の下で傷口が縮み、裂けていた皮膚が繋がっていく。
嘘だろ。
夢だから?
……いや。
今はもう、夢だなんて思えなかった。
傷は見る間に消えていった。
けれど。
折れた角だけは戻らない。
根元近くから無惨に折れた青白い角は、そのままだった。
やがて光が収まる。
森に静けさが戻った。
「…………」
僕は手のひらを見る。
何もない。
痛くもない。
疲れてもいない。
何をしたのかも分からない。
そのとき。
「……きゅ」
地面から聞こえた。
傷ついていた兎が、ゆっくりと前脚を立てる。
ふらつく。
倒れそうになって、また踏ん張る。
「きゅ……」
立った。
そのまま数歩こちらへ歩いてきて――
こつん。
僕の膝当てに額をつけた。
折れた角が鎧に触れて、小さな音を立てる。
「きゅぅ」
……よかった。
本当に、よかった。
そう思って背中を撫でようとした、そのときだった。
――ガチャン。
すぐ横から音がした。
狼だ。
忘れていた。
反射的に振り向く。
「…………」
狼はまだ伏せていた。
さっきまで獲物だった兎を見ている。
そして僕を見る。
また兎を見る。
もう一度、僕を見る。
その大きな耳が、ぺたりと後ろへ倒れた。
明らかに困惑している。
……そりゃそうだ。
自分が仕留めかけた獲物を、首のない鎧が光らせて治したのだから。
しかし狼は逃げない。
それどころか――
すん。
鼻先を地面につけた。
すん、すん。
血の匂いでも嗅いでいるのだろうか。
やがて鼻先が折れ角の兎へ近づいていく。
「きゅっ!」
僕の腕の中の兎が鋭く鳴いた。
狼の動きが止まる。
「…………」
「…………」
狼はそっと顔を上げた。
僕を見る。
そして。
ほんの少しだけ口を開き――
はっ、はっ。
……。
尻尾が。
ぱたん。
地面を叩いた。
ぱたん。
もう一度。
……まさか。
こいつ。
怒られたから、ご機嫌を取ろうとしてないか?
そう思った直後。
折れ角の兎が、狼の鼻先へ近づいた。
狼が固まる。
兎も止まる。
僕の腕の中の兎も、じっと二匹を見ている。
森の中に、なんとも言えない沈黙が流れた。
そして折れ角の兎は――
狼の鼻を。
前脚で、
ぺしっ。
叩いた。
「…………」
狼の耳が、さらに垂れた。




