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首を括った先は、デュラハンでした。  作者: from_Uta
始まり

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27/28

27人間視点 首のない騎士

「……首が、ない?」


男は書類から顔を上げた。


ドレヴィク・カルゼン辺境伯。


王国の辺境に広大な領地を持つ貴族であり、長年にわたって北方の治安と領政を担ってきた男である。


執務机の前には、一人の騎士が片膝をついていた。


「はっ。森に隣接する村からの報告です。全身を鎧で覆った、首のない大男が目撃されたとのこと」


「顔を隠していたのではないのだな?」


「はい。首から上が存在しなかったと」


「ふむ……」


辺境伯は書類を置いた。


「デュラハンか」


「その可能性がございます」


「馬は?」


「……馬、でございますか?」


「そうだ。デュラハンであれば、馬を伴うという伝承があるだろう」


「いえ。馬は確認されておりません」


「では、徒歩だったのか」


「それが……巨大な狼を連れていたそうです」


「狼?」


「はい。人を背に乗せられるほどの大きさだったと」


辺境伯は眉をひそめた。


「首のない騎士が、馬ではなく狼を連れていたと?」


「さらに、角を持つ小動物が二匹、同行していたとのことです」


「……何だ、それは」


騎士は答えに窮した。


「武装は?」


「剣らしきものを所持していたとのことですが、詳しい形状までは確認できておりません」


「盾は?」


「不明です」


「鎧の特徴は?」


「全身を覆う大きな鎧であったと。色や紋章については、報告に記載がございません」


「ふむ」


辺境伯は顎に手を当てた。


「首のない鎧の魔物など、ほかにも考えられる。動く鎧、死霊騎士の類い……。それだけでデュラハンと決めつけるのは早計だな」


「おっしゃるとおりです」


「それで、誰が目撃した?」


「村の娘です。森で迷い、魔物に襲われていたところを、その騎士に助けられたと証言しております」


「……助けられた?」


辺境伯の指が止まった。


「はい」


「その首なしにか?」


「はい」


「馬鹿な」


思わず漏れた言葉だった。


デュラハン。


魔王候補に数えられる、恐るべき魔物。


古い記録には、遭遇した兵がことごとく命を落としたとある。並の騎士では傷一つつけられず、魔法さえ通じないと記した文献も存在する。


そのような怪物が、人間の子どもを助けたというのか。


「娘は何歳だ」


「まだ幼い子どもとのことです」


「見間違いではないのか?」


「その可能性もございます。しかし、娘は一貫して助けられたと申しており、村の近くまで狼に乗せて送られたとも」


「狼に乗せて……」


「母親を含め、複数の村人が巨大な狼を目撃しております」


「首なしも見たのか?」


「母親は森の方角に大きな人影を見たそうですが、距離があったため詳細は不明です」


「なるほど。確かなのは巨大な狼が現れたこと。そして、娘が無事に帰ったことだけか」


「はっ」


辺境伯はしばらく考え込んだ。


「被害は?」


「確認されておりません」


「村人の死傷は」


「ございません」


「家畜は?」


「被害の報告はありません」


「……奇妙な話だ」


辺境伯は椅子に深く腰掛けた。


「娘の証言は、引き続き確認させろ。ただし、乱暴な真似はするな」


「はっ」


「怪物に惑わされている可能性もある。だが、ただの見間違いなら、騒ぎを大きくする必要はない」


「承知いたしました」


「それから、村長には当面、森への立ち入りを控えるよう伝えよ」


「かしこまりました」


辺境伯は机の上に広げられた地図へ視線を落とした。


広大な森。


長年、人間の侵入を拒み続けてきた土地である。


過去には開拓隊も調査団も送り込まれた。


だが、森の奥地へ踏み込んだ者の多くは、成果を得られずに引き返している。


道に迷う者。


魔物に襲われる者。


進んだはずの道を、いつの間にか戻っていたという者。


理由は定かではない。


それでも、森には人の手が及んでいない土地が広がっている。


希少な薬草。


未知の魔物。


良質な木材。


そして、その奥に眠ると噂される鉱脈。


どれも、領主にとって無視できないものだった。


「……もし本当にデュラハンであれば、放置はできんな」


「王都へ報告いたしますか?」


「無論、いずれはな。しかし、まだ確証がない」


辺境伯は地図の端を指で叩いた。


「近隣に滞在する勇者に使いを出せ。まずは調査への協力を求める」


「勇者様を、でございますか?」


「魔王候補の疑いがある以上、通常の騎士だけで調べさせるわけにはいかん」


「承知いたしました」


「それと、ガレスにも知らせろ。兵の準備をさせておけ」


「はっ!」


騎士が立ち上がる。


「待て」


辺境伯は呼び止めた。


「商人ギルドの代表にも使いを出せ」


「商人ギルド、でございますか?」


「そうだ。それから、過去の森林調査に関する記録を集めておけ」


「……討伐のためでしょうか」


「当然だ」


辺境伯は静かに答えた。


「相手が魔王候補なら、相応の戦力が必要となる。兵を動かせば金がかかる。遠征が長引けば、さらにかかる」


「はっ」


「ならば、その費用をどこから捻出するか考えねばならん」


辺境伯は再び地図へ目を向けた。


森の入り口。


かつて開拓が断念された場所。


そのさらに奥。


「危険を取り除くことができれば、これまで手の届かなかった土地にも調査の道が開けるだろう」


「なるほど」


「もっとも、まだ何も決まったわけではない。まずは事実を確かめることだ」


騎士は深く頭を下げた。


「かしこまりました」


扉が閉じられた。


一人になった執務室で、辺境伯はしばらく地図を眺めていた。


やがて、森の一角へ指を置く。


「……魔王候補、か」


厄介な存在だ。


本物であれば、領民を危険にさらすことになる。


討伐にも莫大な費用が必要だろう。


だが、王国の安全を守るための遠征であれば、王都も費用の負担を拒みにくい。


勇者が参加すれば、遠征の名目はさらに確かなものになる。


そして、もし森への道が開けたなら。


「……悪い話ばかりではないな」


辺境伯は小さく笑った。


しかし、その笑みはすぐに消えた。


「まずは、商人どもの話を聞くとしよう」


机の上には、かつて提出された森林調査の記録が残されていた。


その最後の頁には、こう記されている。


『奥地への進入は困難。原因不明の現象が頻発するため、継続調査を断念』


辺境伯は、その一文を指でなぞった。


「今度は、どうなることやら」


⸻


王国北方、騎士団訓練場。


「甘い!」


木剣が激しく打ち合わされた。


次の瞬間、若い騎士の足が払われ、身体が地面へ叩きつけられる。


「ぐっ……!」


「立て!」


怒声が響いた。


「敵が待ってくれるとでも思っているのか!」


戦士長ガレス・オルディン。


数多の魔物討伐を経験してきた歴戦の戦士である。


その顔には古傷が走り、鍛え上げられた腕は太く、長年剣を振るってきた者特有の迫力を備えていた。


「相手が魔物なら、今ので死んでいるぞ!」


「も、申し訳ありません!」


「謝る暇があれば剣を構えろ!」


若い騎士が慌てて立ち上がる。


そのときだった。


「ガレス戦士長!」


訓練場の入り口から、一人の伝令が駆け込んできた。


「辺境伯閣下より、緊急の知らせです!」


「何だ。魔物でも出たか」


「はっ! 森に、デュラハンと思われる魔物が出現したとのこと!」


ガレスの動きが止まった。


「……何だと?」


「首のない鎧の大男が目撃されました。巨大な狼を連れていたそうです!」


「デュラハン……」


ガレスはゆっくりと木剣を下ろした。


その名は知っている。


魔王候補。


並の魔物とは比較にならない力を持ち、時には一国の軍勢さえ退けるという存在。


もし本物ならば、北方領にとって重大な脅威となる。


「確かな情報か」


「いえ、現在確認中とのことです。ただ、辺境伯閣下より、万一に備えて準備を進めるよう命じられております!」


「そうか」


ガレスは木剣を傍らの騎士へ投げ渡した。


「全員、訓練を中止しろ。装備の点検を始める」


「戦士長!」


「まだ出撃命令は出ていない。だが、備えておくに越したことはない」


騎士たちが一斉に動き出す。


ガレスはその背中を見送りながら、拳を握り締めた。


「……魔王候補か」


胸の奥で、何かが熱くなる。


長い間、幾多の魔物を斬ってきた。


だが、魔王候補と剣を交えたことはない。


その力がどれほどのものなのか。


自分の剣が、どこまで通じるのか。


確かめてみたい。


そんな思いが、抑えようもなく湧き上がってくる。


「……ふん」


ガレスは自嘲するように笑った。


「歳を取っても、こればかりは治らんな」


しかし、すぐに表情を引き締める。


「おい! 遠征用の食糧と医薬品も確認しておけ!」


「はっ!」


「魔王候補が本物なら、剣の腕だけでどうにかなる相手ではない。負傷者を運ぶ手段も用意しろ!」


戦いを望む気持ちと、部下を生かして帰す責任。


その両方が、ガレスの中にはあった。


⸻


同じ頃。


騎士団の宿舎から少し離れた貴族用の客館で、一人の青年が報告書を読み終えていた。


ラグナス・フェルディオ。


貴族の家に生まれ、若くして勇者の称号を得た男である。


剣術に優れ、魔法の才にも恵まれていた。


その実力は決して見せかけではない。


だが、彼には不満があった。


勇者と呼ばれながら、いまだ歴史に名を残すほどの魔物を討伐したことがない。


与えられる任務は、街道の警備や小規模な魔物討伐ばかり。


人々から感謝されることはあっても、王国中にその名が響き渡るような功績には程遠かった。


「……デュラハンの疑い、か」


ラグナスは報告書を机に置いた。


「本物ならば、面白い」


口元が緩む。


魔王候補。


過去の勇者たちは、そうした存在を討伐することで歴史に名を刻んできた。


魔王を倒した勇者。


国を救った英雄。


人々から称えられ、王より褒賞を与えられた者たち。


彼らと同じ場所に、自分も立てるかもしれない。


「ようやく、機会が巡ってきたというわけか」


青年は立ち上がった。


壁に飾られた剣を手に取る。


磨き上げられた刀身が、窓から差し込む光を反射した。


幼い頃から、剣を握ってきた。


魔法を学び、身体を鍛え、幾度となく魔物を討伐した。


その努力が、ようやく報われる。


「魔王候補を討伐したとなれば……」


爵位。


領地。


王からの褒賞。


そして、貴族たちの称賛。


想像するだけで胸が高鳴った。


「……いや、待て」


ラグナスは報告書を手に取り、もう一度目を通した。


そこには、こう記されている。


『首のない鎧の大男。デュラハンの可能性あり。ただし、詳細不明』


「可能性、か」


彼は小さく舌打ちした。


「ただの動く鎧では、話にならんな」


そのとき、扉が叩かれた。


「ラグナス様。辺境伯閣下より、正式な召集が届いております」


「分かった」


青年は剣を鞘へ納めた。


「すぐに参る」


扉へ向かいながら、ふと足を止める。


「そうだ。一つ聞きたい」


「何でございましょう」


「その首なしは、何か被害を出しているのか?」


「いえ。現時点では、被害の報告はございません」


「……そうか」


ラグナスは少し考えた。


そして、肩をすくめる。


「まあ、まだ現れたばかりなのだろう」


「はっ」


「魔王候補であれば、いずれ本性を現す。そうなれば討伐する理由もできる」


青年は笑った。


「もっとも、被害が出てからでは遅いがな」


その言葉には、確かに一理あった。


もし本当に魔王候補が現れたのなら、早期に対処することは人々の安全に繋がる。


しかし青年の胸を占めていたのは、村人たちの安否ではなかった。


魔王候補を討伐したという、輝かしい功績。


それを手に入れた自分の姿だった。


「さあ、行こうか」


ラグナスは胸を張り、客館を後にした。


彼はまだ知らない。


その首なしが、森で迷った少女を助けたことを。


そして何より。


彼が討伐しようとしている存在が異質であることを。

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